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第70話 村長の依頼

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「この村の北東の森に、はるか昔に廃棄された小さな城跡がありましてな。どうもそこに魔物が住み着いたらしいのです」


「らしい、とはハッキリしませんね。被害は?」


 コリンズ子爵領エブールから王国東方の国境にあるゴズフレズ侯爵領への旅路。出発して十日程が経ち、旅程的にも大体半分くらいだろうか。間に三つある他領の二つ目に入りケニエという名の小さな村に到着した。


 本来ならばここはルート上からは外れた村だ。というのも、この村の東は魔物の領域となっておりメインとなる次の町への街道は大きく南へ迂回している。遠回りはなかなかの距離なので東へ突っ切ってのショートカットを目論んだのだ。

 ついでに立地条件的に行商も美味しいかと荷を持ち込んでみたところ、村長から魔物に関する相談を切り出されてしまった。


「畑の作物が少しと、ごくまれに家畜がやられます」


 ……人的被害は無しか。よくある獣害じゃないのか? 依頼料だって貧しい村には厳しいだろう。まだ冒険者に頼むような緊急事態でもない気がするが。


「どうも狼や猿などではないようです。というのも、森に何らかの気配や、ただの獣とは思えないような痕跡は見つかるのです。が、姿は見せず村人が襲われるようなこともまだありません。しかし……どうも大きさからすればおそらく知恵のある魔物ではないかと」


 存在は確実らしい。今は被害が小さくとも近くに魔物が出没しているとなれば、村人の不安は募るばかりとのことだ。

 うん。冒険者ギルドのある町にも遠く、僻地のために旅人の来訪も少ないのなら困っていることは理解できる。


「できれば討伐をお願いしたい。もしも難しければせめて調査と、その上で東の町の冒険者組合(ギルド)への報告と討伐依頼代行をお頼みしたいのです」


「……わかりました。退治まではお約束できませんが、できるだけの状況の調査は引き受けましょう。荷は預かっていただけますか?」


「はい。その荷車は責任を持って保管しておきます」


 村長の案内で村の広場へと移動する。小さな村だがすぐ東の森は魔物の領域だ。広場の中央にはそれなりの物見櫓(ものみやぐら)が備えられていた。いい物があるじゃないか。


「……あそこね」


「ああ。あれか。今からでも日が暮れるほど遠くはないな」


 櫓に登れば、視界は周囲の木々の高さを超えて快適に開ける。村の全景を見渡すことも可能だ。それぞれの家には小さな畑があり、家畜の世話や農作業にいそしむのどかな村人の姿も見える。

 村は強固な柵で守られており、入ってきた道のある西以外は森に囲まれている。村長の話の通り北東の遠方には、森の中の高台に石造りの建物の残骸があった。


「うーん。村の周囲には特に不審な点はないか。おし、行ってみよう」


「ほいさ。腕がなるわね」


 今回の仕事はギルドを通してないから、もらえる報酬はまるまる俺達のものだ。それほど高額を提示されたわけではないが気分は乗る。

 クロもここ数日のつまらなそうな荷車引きと比べれば、魔物狩りはテンションが違うな。




 森の中を古城へ向かって進む。周囲に危険な大きさの魔力反応はない。

 村の人達は南側の森から生活の糧を得ているようで北東側に人の手は一切入っていない。昔はたぶん村から城への道もあったのだろうが、今ではそれらしい痕跡はわからない。


「……」


「どうした? 何か匂うのか?」


「……いや。ないけど……なんかヘンね」


 魔物なら索敵は俺の魔力智覚(まりょくちかく)が、獣ならクロの鼻がある。俺達の不意を突くのはそう簡単には――


()けてッ!!」


 クロの叫びに即座に左に飛ぶ!

 ボッ! という音とともに歩いていた位置の草と土が跳ね上がる!


 矢ではない……石か!

 魔力反応無しにこの威力の投石だと!?


 飛んできた左後方に対して樹を盾に身を隠す。抉られた地面の穴は二か所。クロも回避に成功している。

 二の矢はない。周囲に気配もない。


「……当たらないとは、思ってなかったのかしら?」


「!」


 来る! 上だ。

 木々の葉に身を隠して何者かが樹上を駆け、俺に近づいてくる。速い!


「レノ!」


 ああ。どうやらゴブリンよりは知能も戦闘力も高いようだ。しかし俺の身体強化ならそのくらいの速さは対応できる!


『土よ弾けろッ!』


『グハッ!?』


 上から飛び掛かってくる敵に対して足元の地面を吹き飛ばして対空迎撃だ。

 もちろん火属性ではない爆発の衝撃は土や石、草や落ち葉を三メートル以上巻き上げる。


「クロ後ろだッ!!」


 詠唱と同時にクロの方向へ地を蹴り、もう一方の無音の襲撃者へ剣を突く。


『チッ!?』


 飛んできた石は二つあったし、陽動があからさま過ぎだ。


『兄貴!』


退()くぞ』


 俺の剣を(かわ)した敵は、クロのお返しの投石を食らった肩を押さえている。


 ……あッ!! 獣人、ではない! 耳だけでなく顔が完全に狼だ!

 上半身は服ではなく長い毛に覆われている!


「あっ、伏せて!」


「うおっ」


 しまった! 驚いた隙に後方から石が飛んでくる!

 地面に手を着いて躱したが、その一瞬で二体の獣は森に消えた。


「初めて見たわ。人狼族(じんろうぞく)よ。……このまま追いかけるのはちょっと危ないわ」


「獣人とは違うのか?」


「別物よ。どっちかというと魔物のほうね」


 人狼族……、狼男(おおかみおとこ)か。俺も初耳だ。

 人間に耳と尻尾がついた獣人と違ってかなり獣寄りだったな。ボロボロのズボンを穿いて裸足の脚は狼に似ていたが、上半身は筋肉質な人間の身体に青灰色の長い体毛。ちょっと聞こえた話し言葉は……なんか詠唱言語に似ていたな。


「言葉も通じないし、東の獣人族でも対話するより喰われた仲間のほうが多いって話よ」


 おいおい、あんな小さな村の近くにめちゃくちゃヤバい魔物じゃねえかよ。よく滅ぼされなかったもんだ。


 それに俺が土魔法で吹き飛ばしたほうには一瞬濁った魔力が感じられたが、斬りつけたヤツは魔力反応を完全に隠していた。

 魔力があって意思疎通ができて、そんな(わざ)まで持ってるとは、魔物というよりは魔族という感じのカテゴリだろうか。獣人が魔力を備えていると考えたらかなりの高スペックだ。


「……あの二匹以外に仲間がいたらちょっと面倒ね」


「古城に住み着いてるってのが本当なら、仲間はまだいそうだな。ここからは気を引き締めて進むぞ」




 森の中の高台に建つのは小さな石造りの、古い城の残骸。

 遠目にはわからなかったが、近づいてみれば周囲にも城壁跡があった。随分と昔のものだろう。完全に打ち壊されて森に飲み込まれた瓦礫の山は、無残な負け戦を想像させる。


「村のほうから見たらツタに覆われてて草生え放題の廃墟なのに、裏側はけっこう手入れされてるわね」


「住んでるな。南側はまるでバレちゃあマズいみたいな偽装だな」


 あれから人狼の襲撃はない。城を守る兵の姿などもあるわけがなく、廃棄された古城は静かに眠っている。


 近づいてみれば城というよりは砦かな。ほとんどの建物は屋根もなく、崩れた壁や朽ちた柱、わずかな遺構(いこう)を雨ざらしにしている。メインの建物、主塔(しゅとう)部分くらいしか住めるような場所はない。それも二階以上は崩れてもう無いから探索に時間はかからないな。


「レノ」


 おっと。来たな。

 気配を消すことをやめたのではなく威圧する気だ。


『止まれ。そこへ近づくことは許さん』


 えーと。


『人の率いるものが命ずる。(くら)き魔を消せ』


『……』


 これ通じてんのか?

 

「レノ、あいつらの言ってることわかるの?」


「内容は聞き取れる。建物に入るなってさ。こっちの話が伝わるかは知らん」


 ッ! 後方に魔物の魔力反応! やる気だ!


「来るぞクロ!」


 突然、後ろの石壁の裏からクロに向かって駆ける青灰色の狼!


「ふんっ」


『なっ!?』


 鋭い右手の爪による一撃をクロは難なく躱し、そのまま腕を取って背負い投げに叩きつける。俺にやられたのを覚えたか。


『がはっ!!? ……ちっ!』


 追い打ちの下段突きを転がって避けた狼は距離を取る。

 驚いただろう。身体強化かかってるからさっきより強えぞ。


 今の爪の一撃で切り裂かれたフードが邪魔らしく、クロはマントを脱ぎ捨てた。

 あーあ、フルクトスで買ったばかりのいい革の新品だったのに。


 最初の警告の声の主は姿を見せない。どこだ?

 ……出てこないのならコイツ二対一でボコろうか。


 ――っと! おりゃ!


『くっ!?』


 頭上からの強襲に反応して振った剣は身を(ひね)った相手の足を(かす)った。やはり主塔の上にいたか。

 あっちの狼に魔法を打ち込む素振りを取って背を見せれば仕掛けてくるよな。


『兄貴ッ!』


『来るな! その混ざり(・・・)を押さえてろッ!』


 おっと、そっくりだからご兄弟か? さっきならともかく、今ならたぶんクロのほうが強いぜ……って、げっ!


 兄狼の蹴りが俺の腹に食い込む!


 ぐっは! 痛え!


「レノ!?」


 速い! しかも足が人間と違うから余計に見えん!

 こりゃ接近戦は分が悪い。蹴り飛ばされた勢いで後ろに飛んで離れる。


『右手の魔力よ盾となって熱を防ぎ、炎となって吹け!』


『やかましい』


 がッ!? 危ねッ!


 炎を貫いて飛んでくる拳大の石を辛うじて剣の腹で弾き飛ばす! 無駄に太い剣で助かった!

 詠唱言語がわかるから聞こえたら何をやるかバレるのか!


 えーっと! どうする!? こいつ強えな! 炎を避けて距離があるうちに……


「追加で強化の魔力をちょうだい。あっちと交代よ」


 おおっ! いつの間にか横にクロがいる。その手があったか!

 よし、お前がコントロールできる限界をくれてやろう、間に合え。


『我が魔力によってその身の力を増せ』


『ちっ、押さえてろと言っただろうがぁッ!』


『く、くっそォッッ!!』


 おっと。弟狼よ、お前の相手は俺だ。お前になら勝てるぜ。

 ふはは、犬とでも畜生とでも呼べ。



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