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第69話 修行の道

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 時刻は昼を少し回り、穏やかな春の陽気の中でフルクトスの町の南東の門を出て東への街道を歩く。こちら側も町の南にはゆるやかな丘に広がる緑の畑が美しい。


 クロが引くリヤカーくらいの大きさの荷車には……小さな酒樽や小分けの酒瓶、塩壺と食料日用品がけっこうな量積まれているが、町を出る時の荷物検査は入る時よりも短時間で済んだ。


『我が魔力によって、その身の力を増せ』


「……はーぁ。やっぱり奴隷ってこうなるのね」


 門を離れたところでクロに身体強化の付与を行い、荷車を一人で引かせる。

 不満気な表情だが、魔力を扱う訓練には付き合うという約束だろ? 引っ張っている荷には自分の飯も積んでんだから。


 荷車は俺が前にエブールの町まで引いた荷馬車よりははるかに軽い。元々の獣人の身体能力もあるので、魔法をかければそんなに鬼畜な奴隷労働ではないはずだ。

 町のそばは道も悪くはないし、お前がうまくコントロールできれば負荷は大したことないだろう。その状態を長く維持する消費効率のほうが重要だぞ。






「なるほど。これはずいぶんラクだわ……まあまあね」


「やるやる。すごいじゃないか」


 荷を引きながらも早足以上の速度は保ち、フルクトスを離れて隣村に着いたのは午後のオヤツ時だった。


 ここにも広く美しい果物畑や麦畑があり、村と言ってもかなりの規模だ。店も人も多く、軽食を取って休憩するには困らなかった。

 ここで宿を取るのも魅力的だが、もうちょっと進んでみよう。


 村の人の話によると、もう少し東に行けば小さな川に掛かる橋があるというので今日の野営はその辺だ。少しペースを上げて陽が暮れるまでに川を目指す。


 大きな村の宿屋を避けて川での野営を目論んだ理由は……そう、風呂だ。


 しばらくぶりにそろそろ湯舟を使いたい。あんまりどこででも熱湯を大量に出すわけにはいかないからな。客の多い宿では目立つから川辺で風呂を作って沸かせば消費魔力も抑えられる。


 賑わう村の中心を離れるとだだっ広い農地が広がり、さらに街道を進めば草原は荒地に変わっていく。


 景色の色合いが寂しくなるにつれ、周囲にはぽつぽつと魔物らしき魔力の反応が増える。ここからは少し警戒が必要か?


「……大丈夫よ。狼とかなら魔物でも獣でも、あたしがいるから。こっちから何かしなければ寄ってなんか来ないわ」


 獣人というのは()の獣にとっては完全に上位種ということか。


 ……うむ。確かに俺達の動きに対して距離を取るような反応が目立つ。よっぽどデカい魔力反応でもない限りは危険はなさそうだ。旅の護衛に獣人ってすごい便利なんじゃね?

 



 さらにしばらく進み、夕日を背に歩く荒野の先には徐々に雑木林が増え始めた。目的の川が近いようだ。

 現在、荷車は俺が引き、クロは積み荷の上で寝転がって休んでいる。


 身体強化によって肉体的疲労は軽減されていても、集中して魔力をコントロールする精神的な疲労は軽くならない。身体の怠さややる気の出ない感じ、酷くなると思考がまとまらなくなるところまで行く。

 強化が効いているうちは自覚症状はないが、限界を超えた状態で魔力が切れるとそれが一気にどっと来るのだ。


 ……さっきまでは慣れてコツを掴み、効果時間も伸びたため「楽勝じゃん」などと強気だったが今はダウンしてこのザマだ。

 しんどいだろうが、魔力の扱いに長けるには気力も鍛えなければならない。限界の把握やこの症状からの回復も訓練のうちだ。初日にしてはなかなかの成果だぞ。


 街道に交差する小さな川。日暮れの近いこの時間ならそろそろ通りかかる旅人もいなくなるだろう。今晩の分の薪はしっかり道中の林で拾ってある。

 道からちょいと向きを変え、交わる川の上流方向に。荷車を引いても無理のない場所を選んで移動する。近くにはやっかいな魔物の反応はない。


 平地の小さな川では見つけるのは難しいかと思ったが、道からそう遠くない距離の岸辺に大きな岩の転がる(さわ)があった。小さな石を削って積み上げるよりは大きいモノをくり抜いて浴槽にするほうが早いからな。




「おーい、寝ちゃったか? 風呂用意したぞ」


 日もとっぷりと暮れた夜の川辺。焚き火のゆらめく明かりに照らされた荷車からむくりと起き上がるクロ。

 すぐ近くの沢に用意した岩の露天風呂に立ち込める湯気を見て、無言で服を脱ぎ始める。


「おい、見えるぞ。いいのか」


「服。洗うんでしょ。着替えは?」


「お、おう。これ」


 魔力の修行で無理をさせ過ぎたか、色々とぶっ飛んでいるようだ。半開きの目で服を受け取る。バスタオル用の布を渡しても隠さない。

 ……足取りはしっかりしてるから転んだりはしなさそうだ。


「飯用意しとくから、ゆっくりしてこい。寒かったら呼べ」


「ありがと」


「つかったまま寝るんじゃないぞ」


 ……さて。ちょっと驚いたが、危険と隣り合わせの外での野営だとあんまりそういうスイッチは入らないな。体調も心配だし。気を取り直して鍋の用意だ。


 俺のレシピは焼くか煮るしかないが、今日は町で買った材料も色々とある。煮るのにワインとか使ってもうまくなるらしい記憶があるな。

 とりあえず味見をしながら色々ぶち込んでみよう。火の通りそうな大きさに切ることぐらいはできるし、生じゃなければ食える食える。


 木組みに吊るして煮える鍋下の火の具合を見ながら、風呂から上がったクロの頭と尻尾に(クシ)を通し風の魔法でドライヤーをかける。

 しっかりキレイにしてやるのは十日振りくらいかな。うむ、いい感じだ。


「あっ。お前、もうちょっと待てよ」


 こいつ自分でよそって食い始めた。……人前だとちゃんとしてたのに二人の時は行儀悪いなあ。

 ちっ、まあ今日はいいか。待てはまた元気な時に躾けよう。


「どうだ? うまいか?」


「…………」


 ご主人様が作ってんだから、何か一言くらいコメントしてもいいんじゃないか? 村の暮らしならこれかなりの御馳走なんだぞ。


「……俺が風呂入ってる間は、起きて見張りしててくれよ?」


 ……しかし俺の願いも空しく、戻ってきた時にはクロは焚き火の前で横になっていびきをかいていた。


 マントだけじゃ寒いか? 毛布もう一枚着せとくか。




 夜が明けた。結局夜のうちにクロが目を覚ますことはなかったので見張りの交代はできなかった。仕方がないので夜通し一人で槍の練習をした。

 片手剣に魔力で作成してつける鉄の()はもう真っ直ぐに作れるようになったが、瞬時に作り出すと表面処理がまだまだ甘くて使いづらい。


 たっぷり睡眠を取ったクロはその分体調が回復していたので、俺は午前中クロが引く荷車の上で寝ることにした。


 道? 分かれ道があったら太い方へ行って大丈夫だ。旅人がいたら聞け。






 こんな調子で身体強化した獣人の脚で街道を進み、道中の村で泊まったり狩りをして野営したりしながらフルクトスを出て五日目の昼、魔物の領域に近いケニエの村に到着した。

 大きな町へと繋がる街道は魔物の領域を迂回して南へ曲がっていたが、その支道を東へ入ってしばらく進んだところだ。


 クロも長時間の魔力の扱いに馴染み、倒れるまで精神力を摩耗させるようなことはなくなった。相変わらず燃費は悪いが、短時間であれば俺を上回る力も出せる。


 森に囲まれたケニエの村は規模も畑も小さく、街道を外れているため旅人の来訪もほぼないらしい。村の人口は俺の生まれたラタ村よりも少ないようだ。


「今までの村と違って、宿屋や酒場なんかはないみたいね」


「こういう所なら、俺達が持ってきた酒でも買ってくれるかな」


「欲しい人はいてもお金持ってるかは別なんだけど」


 他所者の珍しい村ではまず警戒心を解くことが肝要だ。行き会う村人達に笑顔で挨拶して村長の居場所を尋ねる。村人は特に外の人間に排他的ということもなく、快く村長の家を教えてくれた。




「私が村長です。いやいや、ようこそおいでくだすった。この村に客人というのは珍しいのです。貧しい村ゆえ、たいしたもてなしもできませんが、どうぞゆっくりしていってください」


 おお。いいぞ。交流の少ない村なら外との交易も少ないだろう。俺の持ってきた品も売れるんじゃないか。

 まずは身分証を提示して自己紹介、それから売買交渉だ。


「ええっ!? 冒険者に加えてそのお若い身で行商もされておられるのですか? そんな方がなぜこのような辺鄙な村に?」


 村長の話によると、どうやらこの世界では商人というのは思っていたより地位が高いらしい。

 駆け出しの行商人といえども、商売には元手と人脈が不可欠であり、当然能力のない者には始めることすらままならない。農村の村人から見れば自由に旅をして金を稼ぐエリート、憧れの職業ということだ。

 なるほど。日本人の感覚とはけっこう違いがあるな。覚えておこう。


「おおっ、酒もありがたいですが、塩をお持ちですか! 助かります! しかし、わざわざこんな田舎の村に持ち込んで儲けになるので? 今の時期この村には特に目ぼしい物は……」


 おっと。すごい好感触じゃないか。俺の読みは当たったな。実は商売系の隠れた才能があったりしてな。

 通り道の行き掛けの駄賃だから吹っ掛ける必要もない。ちょっと運び賃で利ザヤを出せれば十分だ。


「そのくらいの値でしたら定期の行商人よりも安いくらいです。ありがとうございます」


 ふはは。ウィンウィンというやつだ。なんだ商売って楽勝だな。


「……あなた様は力のある冒険者様とお見受けいたします。行商人においでていただくのもありがたいのですが、実はこの村では冒険者のほうに危急のお願いがあるのです……」


 ん?



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