第68話 セリフに片仮名使わない縛りはやるべきではない
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「すいません、この鶏の丸焼きをもう一つください。あと豆の煮込みと兎肉の野菜炒めを」
「卵の、むぐむぐ……やつも」
「はいはい。この具だくさんの卵焼きもおかわりでお願いします」
「はーい! ありがとうございまぁす!」
えーと、これでだいたい……何人前だ?
耳を隠していても周りの冒険者にはコイツが普通の人間でないことはバレたな。
まあ仕方ない。滞在していた果樹園の集落では遠慮して普段より食事量を抑えていたようだから、ここでは働きを労う意味でも食いたいものを食わせてやろう。金の心配もないしな。
「こちらお先の山羊の乳です。あと依頼受付のほうから、計算が終わりましたのでお食事が済みましたらお声かけくださいとのことです」
「ああ。ありがとうございます」
やっと話がついたか。
ここはフルクトスの町の冒険者ギルドの酒場だ。
持ち込んだ緋蜂の大物、近衛蜂の頭三つに討伐報酬を請求してみたところ、レア過ぎてすぐには金額が出なかった。
だいぶ時間がかかりそうな雰囲気だったのとカウンターをふさいでただ待つのももったいないので、ギルド内の酒場に移動して少し早い昼食にした。
「おかわりよけいだったわね」
「いいさ。商人のおっさんの面倒が片付いてるからな。またしばらくこんな料理は食えないかもしれんぞ。食いだめしとけ」
「ひゃっほう」
食事が終わってから再度受付カウンターに向かい、受け取った報酬は……近衛蜂の頭一つにつき銀貨三枚。そこからギルドの処理手数料が一割、領主への税二割をひかれて合計銀貨六枚だった。
最初の巣よりは安いけど十分ボッタクリだな。しかもあの近衛蜂一匹が銀貨三枚って安すぎない? ゴブリンの耳五つ持ってきたらそっちのほうが高いよ。ここのゴブリンの報酬単価が違ってたら知らんけど。
職員の話によると、ここのギルドでは過去に女帝蜂の巣の討伐隊の記録は残っているが、近衛蜂単体での討伐報酬は出ていなくて前例がわからないらしい。
一応希少種なので研究のため、破損のない死体なら上乗せがあり、生け捕りなら倍額とのことだ。……もし今後捕獲に成功した奴がいたら報酬額にクレームがつくこと間違いなしだな。
なお、近衛蜂討伐の状況についても聞き取りが行われ、昨日の昼の、冒険者の四チームが群れに遭遇してからの一連の経緯を全て説明した。
ギルド側も発見されたと思われる女帝蜂の巣への対処と、大量の緋蜂の襲撃から町を防衛せよという領主の緊急依頼は受けていたようである。しかし結局夕方まで何も起こらないまま事態収束の報告が入り、状況の把握は何一つできずにその日の業務は終了したらしい。
俺の報告は複数の職員が事情聴取にあたったが、極めて事務的に書類を作成するだけだった。みっちり時間をかけて聞かれたにも関わらず情報提供としての報酬はたったの大銅貨二枚。
聞き取りにあたった職員からは後日調査の上、有用な情報とわかれば追加報酬が出ることもあるので、この町へ戻ってきた時には確認してほしいとのこと。
……これはあんまり信じてもらえてない感じがするな。
まあ、地元民ではなく他所からの旅人の話だ。持ち帰ってきた近衛蜂の頭も報告と数が合わないし、女帝蜂の巣は残らず燃やしたから証拠もない。
そりゃあこれだけ冒険者がいれば魔物発見のタレコミなんかは毎日何十件も入るのだろう。いちいち内容に驚いたり真偽を疑ったりは後回しで、まず淡々と記録を取ることが仕事というわけだ。
俺は自分の責任は果たしてるからどうでもいいや。こっちの報酬は最初からアテにしていない。
「あ。東の方角で、冒険者組合のある町ってのはどう行けばいいですか? 最終の目的地はゴズフレズ侯爵領なんですけど」
「それでしたら……この町ですね」
地図を確認したところ、このフルクトスと同じ領地内にある次の大きな町は少し北の方角なので、東方領域へ最短距離を行くのなら東隣の領地に入ったほうが近いということだ。
その町へのメインとなっている街道は隣の領地へ入って少し進むと、魔物の領域を避けるため南に迂回するような道になっている。領主が違うのでここにはあまり詳しい情報はないらしい。
縮尺の正確ではない地図だが、見る限り南向きの街道ルートは次の町へはかなりの遠回りになるようだ。
うーむ。曲がる直前には村があるようなので、そこを拠点に魔物の領域の様子を見て、いけそうなら東へショートカットしてみるか。
「その町へ向かわれるのでしたら……こちらの手紙の配達を引き受けてはいただけませんか?」
ああ。そんな仕事もあったな。
俺の能力的には信頼度は低くないらしい。手紙は、報酬銅貨一枚の届かなくても文句は言えないレベルの依頼から、大銀貨がもらえるほどの重要書類、紛失すれば引き受けた冒険者もごめんなさいでは済まなそうなものまであった。
「……ちょっと今回はやめておきます」
一度は検討した依頼だが、今は道中で他にやりたいこともできたので手紙の配達は断る。もののついでと言われても、仕事であるからには片手間に引き受けることは性分的にできない。
「よおし、クロ。荷車を買うぞ。魔力操作と身体強化訓練だ」
「……荷物運びは仕事として聞いてないけど」
「訓練は付き合うっつっただろ。食料も積めるからさ」
「むう」
とりあえずの目的地とした村は魔物の領域に近く、南へ迂回する街道からは少し東に外れており、人の行き来の少ない小さな村だという。
そこへ向かうにあたってクロのトレーニングがてら行商人の真似事に挑戦だ。
まずは冒険者ギルドで紹介してもらった道具屋へ向かい、手頃な大きさの荷車を購入する。旅の野営に必要な諸々の日用品もついでに買おう。まとめて色々買えば値引きも交渉できるしな。
それから食い物を扱う店にも行き、日持ちがしてどこへ持って行っても捌けるであろう塩や酒と食料を買おう。多少は重いほうが逆に好都合だ。
前と違って今回は買い物にも口を出すクロ。意外にも道具に対する目利きは、俺よりも彼女のほうが確かだった。
工業の未発達なこの世界では全ての品が一つ一つ職人による手作りだ。値段の割に買わないほうがいいような品はクロが止めてくれた。直接店主と交渉するのは俺だったが。
聞けばあの行商人に買われる前には、別の人間のもとで道具屋で働いていたこともあるという。色々と目端が利くのはそういうわけか。どうやら齢のそう変わらぬ獣人の少女にこの世界での社会人としての経験は完全に負けているようだ。
「よし。次は酒と塩を買いに行くぞ」
「あっ。そっちはわかんないからあてにしないでね」
「ああん? これに積めるだけの樽の酒と塩が欲しい? お客さん、そいつは……どこかの町で卸すつもりかい?」
「ええ。それなら割とどこでも仕入れたい人はいますよね?」
「身分証と金は? ……鉄札冒険者か。まだ若いのに稼いでんなあ。まとまった量の商品を取引するんなら、品物の保証がなけりゃまっとうな店は取り合っちゃくれねえぜ?」
「え? 何ですかそれ」
「どこからやって来たのかもわからん冒険者の持ち込む酒なんぞ、危なっかしくて商売にゃあ使えねえよ。そのへんの旅人や、村ででも個人相手にちまちま売るなら知らんがな」
おおう。時間もかかるし、金のない奴なんかには値切られそうだし、くそ面倒で割に合わない感じはすぐに理解できる。
「お店に買い取ってもらうのなら、フルクトスのこの店で買った品だという証明がいると。つけてもらえないんですか?」
「安くねえぞ? 何のために商業組合があると思ってんだ。腕っぷしの強え冒険者にそうホイホイ売り買いされちゃあ、行商人なんざ飢え死にだ」
世間知らずの小金持ちの冒険者を上客と踏んだのか、酒屋の店主は色々と教えてくれた。
商売人というのも、やはりまずは小さい頃から親戚縁者の伝手で下働きや丁稚をやる。真面目に働いて店や商会ときちんとつながりを持ち、能力を認められてから商業ギルドに登録だ。もちろん金がないと話にならない。
同業者や先輩商人ともうまくやりながら、荷物を背負って身一つで地道に近場の客を渡り歩いて金を貯め、高価な馬や馬車を手に入れてやっと行商人だ。基本的には長く積み上げた一定のルートで、付き合いのある町や村を回っているらしい。
行商人と言えども、何でもどこにでも売り買いに渡り歩いているわけではないんだな。魔物もいるし、知らない土地へ踏み込むのはリスクが高い。
むむむ。町から町、近辺の村へ行商するにもやはりコネか。商業ギルドに仁義を通さない品物の保証書はバカ高い金額を要求された。これじゃあ儲けが出るような値付けをしたら買うやつはいない。
「ま、欲しいヤツはいるから、時間をかけりゃ捌けるだろうよ。あ、腐らねえとか思ってちゃあダメだ。塩も酒も扱いの悪いのは味が落ちる」
……温度湿度の管理は魔法で何とでもなるな。何事も勉強だ。やってやろうじゃないか。最悪酒は自分で飲めば損にはならない。




