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第67話 商人の嗅覚

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「レイノルドです。確か一昨日(おととい)緋蜂(ヒバチ)の巣の報酬を預けてあるはずです。全額出金でお願いします」


 フルクトスの町の冒険者ギルド、やっと順番の回ってきたそのカウンターで受付の男性職員に鉄札(てつふだ)の登録証を差し出す。


「はい。少々お待ちください」


 ここのギルドも窓口の造り自体はエブールの物によく似ている。

 カウンターの向こう側は関係者以外立ち入り禁止の広い事務所だ。前世の銀行や職安を思い出すが、石造りの壁に木製のテーブルや本棚書類棚、ランタンで採っている灯りが、日本とは違い中世的な雰囲気を醸し出している。


 ……さっきの職員は別の職員と随分話し込んでるな。まあ無理もない。


「お、お待たせしました。金貨一枚と大銀貨五枚、それと明細になります」


「……!!」


 俺を中心に周囲の冒険者とギルド職員達が一瞬固まった。後ろに並んでいる奴は露骨に覗き込んでるようだ。気配が近い。クロ、足でも踏んどけ。


「こちらその時、預けに来た鉄札冒険者のガストンからの一筆の文書です。あなたの指示で四分の一を出金した旨も記載しています。間違いがなければ受取の署名をお願いします」


 ……ふむふむ。

 おー、あいつウソはついてなかったようだな。言ってた通りだ――えッッ!!?


「うっわ。何この税と手数料。えぐいわね」


 お、クロお前明細書読めるの? じゃない、何じゃこりゃ!


 報酬額――素材の買い取り価格は金貨四枚! 計算よりだいぶ多かった蜂の子と(さなぎ)や成虫、巣自体も状態の良かったモノには値がついている。


 問題はそこじゃない。そこから、領主へ納めた税が三割! ギルドの処理手数料が二割だと! 半分持ってかれてるじゃねえか!

 エブールじゃあそれぞれ五分五分の一割が引かれる計算だったが、フルクトスは五割かよ!! これ冒険者死ぬんじゃないか?


「レ、レイノルド様はこちらでは初依頼でしたね。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。よろしければ積み立てなどは……」


「これ、三割二割はあんまりじゃないすかね? これ冒険者逃げませんか?」


「ほ、報酬額が大きいほど領主様への税は増えるんですよ。て、手数料のほうも、あれだけの量の緋蜂の幼虫、(ナマ)モノですからね。当然生きてるうちにですね、無駄にならないよう、手早く現金化しなければなりません。我々組合(ギルド)側も、人手と時間はかなりかけておりますです!」


 しどろもどろになりながら、続けて緋蜂の危険性について説明してくれる。いやまあだいたいわかるから。やましいことがある奴は口数が増えるよな。


「……すげえ。おい見ろよ、金貨だぜ」


「まじか。昨日の騒ぎのアレか? 誤報じゃなかったのか」


 いかん。目立ってしまったか。周囲の冒険者達のざわめきが大きくなる。説明を止めさせ、素早く書類にサインをして金をしまうと見るからに安心する職員。


 ……目的は果たしたので早くこの場を離れたいが、昨日のこれもせっかく持ってきたから聞くだけ聞いてみよう。


「これは討伐証明にはなりませんか? 報酬が出ればもらいたいんですが」


「ひっ!? ……これは、緋蜂ですか? 大きい……」


「その大物、近衛蜂(このえばち)の頭です」


 女帝蜂(じょていばち)の巣を処分しに行った際、おそらく二十匹くらいは討伐したが、ギルドに持って行って報酬をもらうことを思い付いたのは最後のほうだった。とりあえず頭だけ三つ拾って持ってきたけど、どうだろう。


 羽根と脚の生えた胸と真っ赤な腹の部分は大きさもあって気持ち悪かったが、頭だけだとちょっとカッコイイ。特撮ヒーローのフィギュアの頭部パーツにも見えるが、それにしてはちょっとデカすぎるか。


「こっ、これが噂の……。私、この組合(ギルド)に勤めて五年ほどにはなりますが、初めて実物を見ます……。報酬額も、そもそも出るのかもわかりませんので、ちょっと上と相談してきます。少々お待ちください」


 ちっ。しばらくこのままか。後ろからの視線が痛い。

 クロも俺の後ろで手を振って周囲の人間を散らそうとしているが、身体が小さいせいか舐められている。顔を隠してるフードを取れば一発だろうけどな。




「おい! 邪魔だ! 散れ。道を開けろっ」


「レイノルド殿はおられるか!?」


 俺の立っているカウンターから後方のロビー、入り口の扉の方角から野太い声が聞こえる。言い返そうとした冒険者達の声は最後まで発せられずに小さくなった。何だ何だ?


 振り向くと行列の体をなさず左右に押し分けられた人垣。遮るものの無くなった広いロビーの向こうに複数の男達がいた。

 あ。後ろにくっついているのはガストン一味じゃないか。


 俺を見つけてゆっくりと近寄ってきた集団の、中央にいる男はかなり上等な身形(みなり)をしている。俺の知っている最も裕福な町民であるエブールの奴隷商人ホルダンと比べても、明らかにこちらが上だとわかる。


(わたくし)はグルコス商会のノリスと申します。あなた様が……冒険者のレイノルド様で間違いありませんかな?」


 喋り方も、身に纏う雰囲気もなかなかのものだ。前世が日本人の庶民だった俺ではぞんざいな態度は取れず、自然と背筋が伸びてしまう。


 すごい。今までに出会った人達の中では、最大の横幅だ。小さな丸い帽子の質感は見たこともない高級品だな。幸せそうな丸顔には、金色の八字髭(はちじひげ)と顎鬚が小さく三つ生えている。恵比寿様かよ。


「……はい。昨日(さくじつ)はお世話になりました。ご挨拶もせず……」


「ほほっ。なんのなんの。私は商人でございます。レイノルド様は大口のお客様。そのようなお気遣いは無用にございます」


 おっと。この人もそんな人か。油断ならない系だな。……お、クロのやつ荒事にはならないと踏んでか、完全に気配を消してる。このタイプには唸ったりはしないのか。


「先ほどは……自らの足も運ばずに呼びつける、などというご無礼を致しました。お許しください。いや、町を離れる前に間に合って良かった」


「いえ。それで自分にどのようなご用件でしょうか?」


「私、この後ろの冒険者ガストンとは少々縁がございましてな。この町においでてからのあなた様のご活躍は、全て聞き及んでおります。いや素晴らしい」


 ふん。まあそうだろうな。


「旅の冒険者ということですが……どうでしょう。ここで少し腰を落ち着けてみては。必要なものは全て私めが用立てましょう。ここはあなた様のご出身のエブールにも劣らぬ良い町ですよ」


 もちろんお世辞だよ。大きさも豊かさも全く違うからな。完敗だ完敗。


「……ノリスさんの商会の、専属の冒険者になれ。ということでしょうかね」


「おや。ご聡明だ。話がお早い。では回りくどいのは逆効果でしょうな。その通りです。いかがでしょう?」


 おお。絶妙にこう、いい所をくすぐる物言いをするね。このおっさん。この笑顔と雰囲気でうまくおだてられたら悪い気分じゃあない。


「あなた様の魔法のお力ならば、そうですね……町の北東地区の良い所に、屋敷を用意してもかまいません。おそらく緋蜂の時期に限らずとも、そのぐらいの価値はある。我々と同じく敬虔な信徒であるとも聞いております」


 ……ガストンって言うほど無能か? ギズモンド爺さんあんまりに過小評価じゃないか?

 しかし部屋でも家でもなく屋敷と来たか。見た目的には子供二人組なのにその辺には触れずになかなかの条件を積むなあ。


 ここでクロと二人で暮らすのも悪くないかな……って、そうはいかんよ。どんな好条件でもまだ落ち着くことはできない。旅の理由まではガストンには言ってないからな。


「私から大聖堂の司教様にお目通り願うことも可能で――」


「すごくいいお話……なのですが。自分と連れは……あてのない旅というわけではありません。実は東のほうの貴族の方に呼び出されていましてね。失礼のないように大急ぎで向かっている途中なのです」


「ほう。さすが。すでに貴顕(きけん)とも(よしみ)を通じられておいでか。しかし、私としても。その程度で引き下がるのはあまりに惜しい。当方、貴族の方とも少々懇意にさせていただいております。いったいどこの家の方ですかな?」


「はい。東の国境のゴズフレズ侯爵家様です。こちらが召喚状です」


「げえっ!! ゴッ……!!」


 ギルドのロビーなんて公共の場を長々と占拠するのはよくない。さっさと交渉を終わらせるためにも、もうちょっと喋ってしまおうか。この人なら弁えているから大丈夫だろう。

 周りには聞こえないように近づいて小声で話す。


「ご存知かと思いますが、後ろの連れは奴隷です。手に入れた時に少々面倒がありまして、自分が奴隷環(どれいかん)を魔法で焼いてしまったのですよ。家紋を焼かれたと知った貴族様が話を聞きたい、と」


「……はぁ!? えっ? ゴ、ゴズフレズの紋章を……!?」


「なので申し訳ありません。腰を落ち着けるどころかゆっくりもしていられないのです」


「……、……そ、そっそそそそそ、それは大変、ですな。いやお引止めして申し訳なかった!」


「そうだ! このフルクトスは果物で有名のようですね。先方に上等な葡萄酒(ワイン)などを、ご挨拶に贈るというのはどう思われます? ノリスさんなら最適な品をご存知では?」


「ひっ!? そ、そうですな。このフルクトスの葡萄酒(ワイン)ならば、きっと喜ばれるでしょう。あ、あいにくと私、酒の取り扱いは専門外でしてな。食料組合(ギルド)の知り合いに詳しい者がおります」


「ああ、それはぜひ紹介していただきたい。予算としては、いくらぐらいが適当でしょうか?」


「いっ、いえいえっ、お急ぎなのでしょう? こちらで万事手配をしておきます。お支払いについても今度、ご()……謁見が終わってから、こちらに寄られた機会でかまいません!」


「それは助かります。いやあ、あなたとお近づきになれて――」


「おっとっと!! もうこんな時間ですな! いや申し訳ない! 私、後の予定をすっかり忘れておった。これで失礼させていただきます! では!」


 最初の余裕の振る舞いはどこへやらだな。ノリスはガストンを引っぱたいてから速足でギルドを出て行った。

 さっきまでニコニコしていたガストンはなぜ殴られたかわかってないみたいだ。俺達に軽く挨拶してからノリス達の後を追って行った。


 ……しかし。マジかー。


 ゴズフレズさんって……そんなに怖いの?



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