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第65話 百グラム銀貨二枚って高すぎない?

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 果樹園の南西の森にあった巨大な緋蜂(ヒバチ)女帝蜂(じょていばち)の巣を無事に処理した俺達四人はダッシュで集落へと戻った。帰りは襲ってくる緋蜂もほとんどおらず、ギズモンドさんも非戦闘時はネロに背負われていたので夕方までには到着することができた。


 駆除した近衛蜂(このえばち)は二十匹近く。その巣も、中の女帝蜂ごときれいさっぱり燃やし尽くしたので、果樹園とフルクトスの町の危機は去った。おそらく来年以降の巣の発生も落ち着くだろう。


 爺さんから報告を受けたニコルさんと集落の住人達は大喜びし、すぐさま獣人の伝令によって町にもそのことが伝えられた。ちょうど礼拝堂に避難していた冒険者のケガ人達も目を覚ましたようで、自分達が助かったことと、事態の速すぎる収束に二重に驚いていた。


 伝令に走った猫の親父さんには、今日の夕方には荷車を返す予定だったガストンにもすぐ集落へ来るように伝えてもらったから、今から無理に狩りに出かけなくても晩飯の心配はないだろう。


「しかし、やっぱりこの蜂の子、直接食べても魔力は回復しませんね」


「当り前じゃ。ま、それでも滋養たっぷりで疲れにもうんと効く。値段にさえ目をつぶれば子供のオヤツにも最高じゃ」


 うん。見た目に反して味もかなりいい。帰り道に少し取ってきたが、つまみ食いをOKしたらクロとネロが食べ過ぎてしまったので、ギルドに持ち込むような量はもうない。ま、いいけどね。






「……こ、これは……本当にいただいてよろしいのですか?」


「はい。昨日果樹園周辺の森で獲った巣の素材を換金したものからです。こちらにも喜捨を行うのが筋かと」


「そんな方は初めてです。……それもこんなに。ありがとうございます」


 到着したガストンが荷車に積んできた食料は荷車山盛り三台分だった。種類別の麦の粉に蕎麦粉、野菜と果物は干したのも生のも。豆類、塩、香草、肉に魚の保存食、油も酒もあるな。なんて量だ。


 ……集落に借りた荷車は蜂の巣を運んだ一台だけだったはずだが。ガストンの腕を捕まえて納屋の裏に回る。


「お前、他人(ひと)の金だと思ってどんだけ買ってくれてるんだ」


「い、痛いっス! 言われた通りっスよ! 組合(ギルド)に兄さん名義で預けた金の四分の一までしか買ってませんや!」


「……え? あの荷車の蜂の巣いくらになったの?」


「兄さんの金は金貨二枚っス。買い物は大銀貨五枚だけしやした」


 なん……だと……。


 いや、両手一杯の蜂の子が大銀貨一枚だとしたらおかしくはないか。あまりその辺計算はしてなかったけど、とんでもない額だ。この仕事めちゃくちゃ美味(ウマ)いな。


 しかしこの買い物はやりすぎだなあ。確か宿屋や町の飯屋から計算すると、大人一人が一月に使う食費がだいたい銀貨四枚足らずだ。それも並み以上の贅沢で。

 大銀貨五枚ってのは雑に計算して、この集落の人数だけで考えると半月分くらいの食費だ。実際には一月でもそんなには使ってないだろうけど。


 こいつ買ってておかしいと思わなかったのかな。言われたことしかできないバカなんだな、本当に。


 ……あっ。いや、そういうことか。バカもバカなりに必死だな。

 ちゃんと上限を決めておかなかった俺が悪いか。


「な、なんかマズかったっスか!?」


「……はあ。いいよもう。今更引っ込められないしな」


「レイノルド君。その大銀貨五枚、我々で持とう」


「えっ?」


 声に振り向くと後ろに冒険者のおっさんが立っていた。


「……すまない。盗み聞きをするつもりじゃなかったんだが、我々も仲間を救ってもらった礼をしたいと思っていたんだよ。なあに、割れば一人頭一枚程度だ。それくらいで命が救われたのなら我々の大儲けだよ。……大聖堂に行ってれば銀貨では済まんからな」


 最後はニコルさんに聞こえないように小声になった。


 ……よぉし。そういうことなら。


「ガストン、あの食料の山は冒険者さん達の驕りになった。助かったことを祝って今から集落も冒険者さんもみんなで宴にしよう。お前らも飲んで食ってけ。今夜に使ったぶんはまた俺が買い足すから」


「え! いいんスか!!」


「お前らの世話になってる商人の旦那にもよろしく言っといてくれ。たった一日でこれだけ用立てるのは、大変だっただろう?」


「げっ。……いや、へへへっ。かないませんや」




 突然の宴会の開催に喜んだ集落の人達は、人間も獣人も種族の区別なく協力して準備に取り掛かった。

 四チーム十四人の冒険者達も、今日の所はケガ人の大事を取って集落に滞在するので食事の用意は必要であり、俺の提案は管理者のニコルさんにも喜ばれた。

 俺も依頼に失敗した彼らが金を出してくれるとまでは思わなかったので、一度は覚悟した出費も抑えられてラッキーだ。


「ほっほっ、しばらくは美味い飯と酒が飲めそうじゃ」


「兄ちゃんあんなに買っちまって大丈夫か? 金がいるんだろ?」


 集落中央の広場には大きな火が焚かれ、それを囲むように構えられたテーブルには俺達四人が席に着く。ネロとギズモンドさんは本日の功労者であり、料理の準備を免除されたようですでに飲み食いを始めている。


「気にすんな。金はまだある。爺さんの講師料としちゃあ安いモンだよ。この(わざ)、きっちり鍛えれば東で危ないことになっても何とかなりそうだ」


「言いおる。防護以外にもまだ教えられることはあるが……急ぎのようじゃしな」


「ギズモンドさん本当にありがとうございました。楽しかったです。名残惜しくはありますが……明日にはフルクトスを離れます」


「助かったのはこっちのほうじゃ。面倒が片付いたらまた顔を見せに来い」


「春に緋蜂が増える頃には必ず来ますよ。ここの依頼は美味(ウマ)すぎますから」


「ネロ! ほら取っておくれ!」


「ネロ兄ちゃん、できた!」


 後ろからかかる声は馬獣人の奥さん、と猫耳少女だ。

 配膳用のトレイに湯気が上がる木製食器が並んでいる。他の人達も大鍋を火にかけたり、酒やコップ、料理を並べていく。


「おっ。ありがとなノマ! よし、冒険者のおっさん達を呼びに行くか!」


「うん!」


 ……おや。クロのやつ、こんな顔もするのか。今まで一度も見たことのない表情で二人の背中を見つめている。


 そういや年齢差は、そんなもんだったか。ふふっ。






 明けて翌朝。まだ朝露が匂う畑のあぜ道を、俺とクロはガストン達と連れ立って集落からフルクトスの町へと帰る。


 ネロには一応、シロガネさんを探す旅だけど一緒についてくる気はないかと声をかけてみた。が、返事はやはりノー。すでに彼にとっては爺さんや集落の仲間達が家族であり、群れの男として守るべき存在ということだ。

 まあ俺も小さい頃は似たようなことを言ったことがある。気持ちはよくわかるので声をかけただけ野暮だった。


「ガストン、お前らにも分け前っつうか、二日分の人足の日当だ。とっとけ」


 冒険者のおっさんからもらった大銀貨を一枚渡す。


「えッ!! こんなにいいんスか!?」


「五人でも人足なら相場の三倍近いですぜ」


「細かいのがないんだよ。それともう他所者だからって、金巻き上げるのはやめろよな。魔物も増えるだろうし、それで装備整えて、身体鍛えて真面目に稼げ」


「へ、へえ! 肝に銘じやす!」


「兄さんのおかげで商人の旦那への借金もだいぶ減りましたしね」


「あっしら心入れ替えて真っ当に働きます!」


 よしよし。後は宿屋で荷物を回収して、ギルドに預けてある金を受け取ったら、東の次の町の情報収集だな。金も増えたしまた馬車を使おうかな。


 町の南門が近づくと、入場しようとする大勢の行列が目に入る。

 うへえ。朝は多いな。明日安息日なのと関係あんのかね。


 大人しく列に並ぶと、ほどなくして門の方向から衛兵が走ってくる。


 何だ何だ。クロの耳はちゃんと隠してるぞ。

 もうすでに一回あれだけの面倒を済ませてるんだ。俺の顔くらいは普通にわかるだろ? 地元のガストン達も一緒にいるんだし。


「レ、レイノルド様! こちらへっ! お並びいただく必要はありませんっ」


 お。怒られるんじゃあないっぽいな。



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