第64話 ごめん昆虫食は動画勢
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「……うひゃあっ、これとんでもねえなっ」
「刺されないから楽だけどうっとおしいわね!」
始めのうちは棒切れを振り回して叩き落としていたが、キリがないと悟ったクロ達は体力を温存し、顔周辺にまとわりつく緋蜂だけを握り潰していく。
「片っ端から始末したいところじゃが……今は大物優先じゃ。無理は禁物じゃぞ。レイノルド、近衛は来ておらんか? わしらに気づけばまず襲いかかってくるはずじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
俺は周囲に集る蜂が気持ち悪くて我慢できないので、手先の火を振り回して焼き落としている。生えてる草木なら火事にはならない程度の大きさの火だからあまり効果的ではないが。
わんわんと耳にまとわりつく羽音はうるさいし、根源的にある蜂に対する恐怖はぬぐいきれない。刺されなくてもこの数は生理的に無理だ。
俺達は今、人間を狙う巨大な雀蜂の魔物、通称近衛蜂を誘き出して迎え撃つため森の中を南西に向けて歩いている。おそらく火に頼らずには戦えないので、木々が密集し過ぎて戦いにくい場所はできるだけ避けて進む。
うがー、集中はしているが魔力反応が多すぎて感知がしんどい。でかいのも一匹かと思えば塊だったりして判別がつかない。
うーんと……おっ。
「明らかにあれだわ」
「うおっ、でっけえなあ!」
午後の木漏れ日に揺れる枝葉に、浮遊する赤い影が二つ。ぱっと見では小鳥にも見間違えそうな大きさだが、通常よりもさらに不愉快な羽音を響かせてホバリングするその凶悪な面は完全に魔物だ。
「来よるぞッ!」
近衛蜂の出現により、雑魚緋蜂の動きが変わった!
周囲を飛んでいた無数の赤い粒は集まって楕円の塊となり、うねるように俺達に向かって飛んでくる。
甘いな。
「アズキ! 右へ飛びなさい!」
『両手の魔力よ、炎となって燃え広がれッ!』
咄嗟に魔力を練り始めると指示はできないが、お前ならわかってくれると思っていた。ナイスだクロ。
爺さんを背中に庇いながら、獣人達が開けた前方至近の広範囲に炎を放って迎撃する。まともに火炎に突っ込んでばらばらと草むらに落下する緋蜂。時季的に湿度も多少あるので一瞬だけの大火力なら火事にはならないでくれ。
どうだ、やったか?
「上だ兄ちゃん!」
ちっ。
「奴らの毒針は強い魔力を帯びておる。防護でも防ぎきれんかもしれん!」
二匹の近衛蜂の魔力は健在だ。五メートルほどの上空で細かく位置を変えながら飛んでいる。兵隊蜂をけしかけながら隙を窺っているのか?
……くっそ。十センチを軽く超える大きさでその速さは物理的におかしいだろ!
しかもコイツどうやら俺の態勢を見て、後頭部頭上の視認しづらい死角に位置を取ってやがる。雑魚緋蜂に気を取られて目を離そうものなら、一気に襲いかかってくるつもりだな。
「戦いにおいて背後頭上を取られることは死を意味する」というのは聞いたことがあるが、背中を狙う空中の敵を見上げながら戦うのがこんなに面倒くさいとは!
あの速さだと、通常の炎の矢では簡単に避けられてしまうだろう。えーと、追尾をかけたいが、あの近衛蜂を優先して狙うには……
「--、昏き魔を捉えて焼け、じゃ!」
爺さん察しがいい! 耐熱魔法は森に入ってからかけっぱなしだ!
『右手の魔力よ、炎の矢となり昏き魔を捉えて焼けッ!!』
……余裕で避けるよなあ。でも当たるんだよそれ。まず一匹だ。
躱したはずの炎を後ろから食らい、羽と脚が焼け落ちた黒い塊が落ちてくる。
よし、もう一匹……
――っと何ッ!? 背中につかれたッ!! やばいっ!
「あっ。……真っ黒こげにしちゃった?」
すぐ背後に取り付いた濁った大きな魔力反応を感知して振り返ると、クロが蜂に集られながら立っていた。右手に生きたままの近衛蜂を鷲摑みにして。
ウネウネと動く赤い腹とその尻のぶっとい針がくっそ気持ち悪い。近くで見たら二十センチあるぞこれ。
「……お、おまっ。それ捕まえたの?」
「これね、背中の肉がすっごい美味しいの。羽の付け根のとこ」
「クロ姉ちゃん俺を囮にすんだぜ。動くなってヒドいよ。あー怖かった」
「あたしよりあんたを狙ってたから仕方ないでしょ。あんたも昔これ喜んで食べてたの覚えてないの?」
「こらおぬしら後にせんか! ええい、こりゃ何ともならん。レイノルドよさっきのデカいので残りの群れも焼いてしまえ!」
「あっ。じゃあ、みんな離れててください。……あ、もっと向こうへ」
よし、危ないボスがいなければ少し集中して魔力が練れる。この二匹の近衛蜂が集めたと思われるここら一帯の雑魚緋蜂は、火事にならないように高温の水蒸気で始末しよう。
「あ。これ美味しい! ほらアズキ」
「……うーん。俺はやっぱり生の歯応えのほうが好きだな。兄ちゃんは?」
「お前ら獣人はアゴが強すぎなんだよ。俺は一番最初の、しっかり焼いたやつじゃないとダメだ」
「あれは焼き過ぎ」
「ぐずぐずのふにゃふにゃだったよ」
もらった肉片を加熱して爺さんと分ける。これくらい大きいとけっこう食える所もあるな。飛ぶのに使われる筋肉は締まっててうまい。火を通したシャキシャキ感と濃厚な風味は超上等なエビに似ている。生だとクッソ固いが。
「わしも固いのは好かんな。しかしこりゃ蒸留酒が欲しくなるわい……って阿呆か!!」
お。ノリツッコミはこの世界にもあるのか。
「近衛蜂十六匹、ほぼ全部を生け捕って食っちまったじゃと? そんな話法螺でも聞いたことないわい! レイノルド、おぬしの魔力はなんぼほどあんのじゃ!! いくら霧状だからってあの熱さであの効果範囲はおかしいじゃろ! しかもあんな大技いったい何発撃てるんじゃ!?」
最初の二匹を倒してから再び南西に進んだところ、まあ出てくる出てくる、群れを率いた巨大な蜂ども。しかし俺は爺さんを守ってほぼ見てるだけ。
どうも獲物の中でも、魔力の強力な個体を狙って攻撃する習性を持つようだ。俺に向かって頭上から飛んでくる近衛蜂を、身体強化に馴染んだクロとネロがそれを上回る速度でばしばしと摑み取りにした。
指揮官を失った残りの雑魚緋蜂は俺が魔法の水蒸気で広範囲を加熱処理して一網打尽。途中で切れた身体強化をかけ直してからの二人はさらに手際が良くなった。
ちなみに爺さんは俺の魔法をかなり評価しているが、あれは近くにまとわりつく小さい虫だから効果があるだけだ。必要な水の量も水蒸気なら大したことないし、高温を保てるのは一瞬だけ。大きい魔物や装備を着込んだ人間なら目眩ましくらいにしかならないだろう。
……こんだけ緋蜂を駆除したらたぶん生態系が変わるな。いなくなってる小動物系の魔物が激増しそうだ。
「防護魔法なんかなかったと思うんだけど、昔のシロガネはどうやって捕まえてたのかしらね」
「なー。さすがに小っさいのに刺されながらは獲れないぜ」
近衛蜂が周辺の緋蜂をかき集めて統率していたのだろう。大方の駆除が終わったようで周りを飛ぶ蜂は最初に比べてかなり少なくなった。たまーに飛んでくるのをクロとネロがぺしぺしとハタキ落とすくらいだ。
……そう言えば巣もしばらく前から見てないな。ま、そっちはたぶんこれのせいだろう。
「もうそろそろ見えるはずです」
「……おう、あそこか。景色が違っとるな。まさか、こんな簡単に辿り着けるとは思いもせなんだ」
蜂除けに被ったままの革のマントのフードが前方から吹き込む風に煽られる。
ここまで代わり映えなく続いてきた深い森の緑は行く手の先で途切れ、傾き始めた日差しにあらがって色味を保つ青空が広がる。
「うお。すっげえきれいな川。こんなとこまで来るのははじめてだ!」
「……アレがなかったら夏に水遊びするには最高ね」
目の前には、太陽の見える西から南の方角へ、森を断ち割るように走る崖の下に緩やかな流れの川があった。足元の崖も数メートルほどの高さしかなく、ルートを選べば手前の河原へ降りるのは難しくない。
川幅も深さも十分なエメラルドの静かな水面。こりゃあ釣りやキャンプなんかのレジャーにはもってこいの素晴らしいロケーションだ。
……ちょうど正面で目に入る、対岸の岩壁の窪みに塗りたくられた巨大な泥の山さえなければ。
「この辺はもうとっくに魔物の、緋蜂の領域じゃ。並みの冒険者程度の足と力じゃ町からこんな所までは来れんよ」
「あのバカでっかい巣。どうやって獲るの?」
「……川の向こうじゃからのぅ。舟もないし、持って帰るには人手も、荷車も、道すらもない」
果樹園からここまでは数時間、森の中を緋蜂と戦いながらではあったがけっこうな距離を移動してきている。
「今でこそ兵隊蜂は数を減らしとるが、近衛も南にはまだおるやもしれんし、数日開ければ山ほどの蛹が羽化して元通りじゃろう」
「幸い崖の下、水辺なので、燃やすのは難しくない感じですね」
「カッカッカッ! ここにもしも大聖堂の薬師や、組合の素材担当でもおったら泡吹いてぶっ倒れとるな! ちーっともったいないが、あれを処分しておけば当分は果樹園は安泰じゃ」
……ま、仕方ないか。持ち帰る袋もないし、爺さんがそう言うのならばぱぱっと魔法で焼いてしまおう。
あの大きさの巣だ。仕掛ければ数はこれまで以上に出てくるだろうが、ここは森ではないので戦いやすさは段違いだ。
陽が暮れる前には帰りたいし、蜂の巣ならまだ他にもあるしな。




