第63話 果樹園の危機
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「ああ! ギズモンドさん、大変です! な、南西の森に女帝蜂がいます!」
「なんじゃと!」
「彼らが巨大な蜂に遭遇したそうです! 逃げてきた冒険者達を追って、この集落まで緋蜂がやって来るのは時間の問題です!」
集落の柵の門を通ってすぐ、俺達を見つけた修道士のニコルさんが血相を変えて駆け寄ってきた。
彼の後ろ、農作業の道具や荷車を保管する大きな納屋の表の軒下には、何人もの冒険者が座り込んでいるのが見える。
俺達が狼煙を見て戻ってくるまでに、すでに薬によって可能な限りの解毒処置は受けたようだが、ムシロに寝かされている者達は意識を失う重症だ。
「先に彼らを診ます!」
「あ! おいレイノルド! 何をする気じゃ!?」
大量の緋蜂の群れに襲われたのは果樹園の南西に探索に入っていた複数のチームだった。
通常緋蜂は単独か少数で狩りを行い、大きな獲物を仕留めると群れの仲間を呼ぶらしい。しかし冒険者達はそれぞれのチームがほぼ同じタイミングで突然大量の蜂の群れに遭遇したという。
もちろん彼らも森に探索に入っている以上、対策を備えていないわけではない。即座に薬草や樹木の皮を材料とする対緋蜂用の燻煙材を使用し、煙幕を張って退却した。が、大量の緋蜂の攻撃を全て躱すことはできず、危険地帯を離脱するまでには仲間を何人か犠牲にせざるを得なかったらしい。
重症の数名も全身を無数に刺されて昏倒はしているが、この前のカトルさんほどの酷いダメージを負った者はいない。巨大な蜂に直接刺されてはいないようだな。ならば逃げて来られた人達は俺がここで治療すれば助かるだろう。
「……ありがとう。君もここにいたとはな。俺達はネーナさんの宿屋で君の魔法を見ていたよ。班に誘おうかと思ってたがあれから会えなかったのでな。助かった。こいつもまだツキがあったな」
「レイノルド、おぬしは……魔力伝導で解毒までできるのか……」
「おお! 素晴らしい! 神が私達にお授けになられた御力を、私は目の当たりにしています……」
「クロ姉ちゃん、この兄ちゃんすげえな!」
「ふふっ、まあね」
……よし、何とか全員解毒は完了したが、体力までは回復できない。しかもこの集落に危機が迫っているというのならまだ気を緩める状況ではない。
「おぬしら、女帝蜂の巣を見つけたのか?」
「いや、巣は見てひないが、群れの中に巨大な緋蜂がひたんだ。あれが噂に聞く近衛蜂だろう。ならば女帝も南西にひるとみて間違ひなひ……」
返事をした冒険者は顔面の左半分をかなり腫らしており、右半分は痛みに歪んでいる。やはり起きている者には俺の魔力による鎮痛は効かなかったようだ。詠唱があれば違うのかもしれんな。
「やはりおったか……! 今年の巣の増え方はおかしいとは思っとったんじゃ。……しかも近衛が兵隊を率いるとなると、群れの恐ろしさは何倍にもなるのお」
ギズモンドさんと冒険者さんの話によると、緋蜂もそのほとんどは通常の雀蜂と変わらず、兵隊蜂は冬を越すことなく寿命を迎える。しかし極々希に、様々な要因が重なりなおかつ豊富な魔力を栄養とできた場合、女王蜂と何匹かの兵隊蜂は成長を続けて大型化し、共に冬眠して越冬する。
一年二年と成長と繁殖を続けたそれらは他の緋蜂よりも大きな体と魔力、そして蟲に似合わない知恵までもを有してさらなる脅威となるらしい。見た目にも明らかに他の個体より大きいため、それぞれ女帝蜂、近衛蜂と呼ばれているとのことだ。
「ほ、本当に近衛蜂ならば冒険者が逃げる方向を見て、追撃をかけてくる可能性は高いです。数が多ければこの果樹園だけでなくフルクトスの町にも被害が……!」
修道士のニコルさんが声を震わせる。
……蜂のくせにそんなことまで考えてやってくるのか。怖すぎるだろ。
なんか南西の森で今日一気に活動を起こしたようだけど、俺が昨日いっぺんに巣を大量に駆除したことと関係があんのかな。……俺のせいじゃないよな?
「近衛は……数はそれほどおらんはずじゃ。そいつらを全て駆除できれば、雑魚は統率を失う」
「兄ちゃんとクロ姉ちゃんがいればやれるんじゃね?」
「やるしかないですね。急いで迎撃に向かいましょう!」
ギズモンドさんが手早くニコルさんに今後の指示を出す。
緋蜂の群れが北にやってくれば屋外を逃げるのは危険だ。果樹園の奴隷達、負傷した冒険者達は全員が家にこもる。建物の隙間も可能な限り塞いでおく必要があるな。そして足のある獣人、馬の奥さんか猫の親父さんが町へ連絡に走る。町の南で農作業をしている人達も避難させなければならない。
「精一杯わしらで引きつけるつもりじゃが、陽が落ちるまでは油断するでないぞ?」
四人で果樹園の道を南西に走る。爺さんはネロに背負われているので走っているのは三人だが。
実は俺達が来たことにより、爺さんは昨日今日と予定外の魔力を消耗している。暦からしても安息日は明後日なので、言うなれば今日は金曜日。週六勤務の五日目ともなれば一番しんどいタイミングだ。かといってこのピンチは爺さんの指揮無しでは凌げない。
「うわ。この匂い久々」
畑の外周部が近づき、クロの鼻が冒険者の散布した燻煙材の匂いを拾う。
「……多少は足止めになっておるかの。よし、この道沿いに煙の壁を作るぞ。」
うん。つきっきりで火の番はできないから、森に面した道から燻せば中でよりは火災の危険を減らせる。風で火元が飛ばないようにしないとな。
……南西の方角には緋蜂らしき魔力反応を多めに感じる。いるな。
俺が風の魔法で道を等間隔に、ちょっと深めに抉り、クロがカゴに入れて担いできた燻煙材を放り込んだところにネロと爺さんが火をつける。量に限りがあるので煙の厚みも壁の長さも大したことにはならないが、この匂いだけでもないよりマシだろう。……ちょっと東西に風で煽っておこう。
「……裾や首元はしっかり縛ったな? さらに念のためじゃ、わしらの服にも煙をつけておこう」
獣人達の鼻は利きにくくなるが、近衛蜂を捉えるのは俺の魔力智覚の役割だ。
刺されはしなくても服の中に入られたら集中できなくなるしな。さすがに爺さんも今回は頭から手袋まで革のフル装備だ。
「よしレイノルド、刺突防護を用意せい。森に突入するぞ」
「あ。ちょっと一回試してみてもいいですか? 時間はいりません。ネロ、こっち来な?」
「?」
「……ほお。なるほどな。いやしかし、そりゃいくらなんでも…………」
お。できたわ。
「……ウッソじゃろぉ!?」
刺突防護+身体強化二倍。強化はなくてもいいかもしれんが念のためだ。持久力も上げといたほうがいいだろう。
「気分はどうだ?」
「……なんかヘン。でも大丈夫! 我慢できるよ。しかもこれ、爺ちゃんのよりかだいぶ持ちそう!」
よし。これなら爺さんには自分の防御と俺達への指示に専念してもらえる。要所で魔力が切れて、ぶっ倒れられたら大変だ。爺さんの作戦はできるだけ魔力大事に、だな。
「……誰にでもは、かからないんじゃなかったの?」
「ネロよ……。お前はそんなヤツじゃったのか……」
たぶん性格も影響しているんだろうな。この子はえらく器用だ。もう俺の魔力が馴染んでいる。
「ねえ! こっちも早くしてよ」
おっと、急がないとな。……うん? クロの魔力の通りが悪くなったような? おいおいこの非常時に勘弁しろよ。お前ただでさえネロより燃費悪いんだからな?




