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第61話 魔法の習得(魔力付与)

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 果樹園に発生する雀蜂の魔物、緋蜂(ヒバチ)の駆除。初めての魔物かつ危険性も高い仕事だったが、現地の協力者、魔法使いの爺さんギズモンドさんと狸獣人ネロの力添えもあり、無事ケガもなく大量の巣の回収に成功した。


 爺さんとネロはこの危険な魔物と相対するにあたって、なんと獣人には使えないはずの身体強化、それも防護魔法(ぼうごまほう)をネロに付与して蜂の攻撃を防いでいた。


 他者へは影響を及ぼしにくい魔力の特性上、簡単ではないだろうが存在しうると思っていた技術。駄目元で伝授をお願いしたところ、集落の獣人奴隷達への食糧の供給と引き換えに教えてもらえることになった。


 あまりゆっくりもしていられない東への旅の途中だが、手に入るのなら俺達には絶対に必要な代物だ。




 集落の獣人達の歓迎を受け、爺さんの家に泊まった翌朝。質素な朝食を済ませた俺達四人は果樹園東側の森へ入っていた。

 南側で畑に近い蜂の巣は大体さらって終わったし、西はもしも他の冒険者と競合にでもなったら面倒だからな。


「ギズモンドさん、昨夜(ゆうべ)のお酒は大丈夫ですか?」


「あんなもん()んだうちに入らんわい。わしぐらいになれば二日酔いごとき魔力で回復するのは容易(たやす)いことよ」


 アルコールを分解する肝臓機能の強化か。便利だな。


 聞けば(とし)は今年七十歳になったらしい。おそらくこの世界での平均寿命を大きく上回る年齢であっても、この元気さはやはり魔力による強化のおかげか。昨日からの振る舞いは五十代くらいにしか見えない。

 面倒な魔物と遭遇して魔力を極端に消耗することがなければ、一週間のうち働く六日間はこの調子でいけるらしい。この世界では魔力の有る無しによって高齢者のQOLにかなり差が出るようだ。


「今日は魔法の訓練するの?」


「いや。緋蜂の巣も少しは獲らないと、ネロ達がサボってると思われたらマズい。時間があったらまた今晩の分の肉も欲しいなあ」


「うへへ。兄ちゃんってホントいいヤツだなぁ。これなら安心だ。クロ姉ちゃんのことは任せたぞっ」


「どこで覚えたのよそれ。やめてくれる?」


 今日一日の内容としては、かなりハードだ。しかし巣の回収は昨日の一つ目こそ危なかったものの、数をこなしたおかげで慣れもある。今なら大きめの巣であっても一つ見つけて獲るのに移動時間以外はそれほどかからない。あんな十メートルの高さなんかでなければ。




 例によって森の中でも訓練に適した場所を探す。今回は体術よりも魔力の練習が目的だから広くなくてもいい。ほどなく近くに小さな水場があって見通しが良く、木々が開けた絶好の場所が見つかった。ここならもし蜂が飛んできたとしても目視でわかる。

 念のため魔力智覚(まりょくちかく)を使いながら周囲をぱぱっと駆け周り、果樹園に近い蜂の巣に目星をつけておく。南ほどではないがこっちにも巣はできているな。暗くなる前には獲って帰ろう。




「よぉし。やるか! 若いモンに教えるのは久しぶりじゃな。懐かしいのう」


 草むらの大きな石を座りやすく加工し、腰をおろした爺さんは意外に楽しそうだ。魔法の(わざ)なんてそうすんなり教えてもらえるモノではないと思ってたが。


「まぁの。大体才能のあるヤツは貴族か教会に取り込まれる。表向きは国を挙げて多くに魔法の習得を奨励しとるが、やはり上と平民や冒険者なんぞの下々の者とは隔絶した別世界じゃ」


 だろうな。強力な魔法や魔力を扱う技術は、できれば統治側で独占したいはずだ。でも俺が知ってる人達は野に転がってるのも普通にいるし、そのへん割とザルだな。


「さらにその貴族の中にも派閥があって、魔法も各々で体系的に教え伝わっておるからな。小僧は……エブールじゃったか」


 爺さんに魔法の習得歴を聞かれたのでこれまでの経緯をかいつまんで話す。

 退屈かもしれんがクロも一緒に爺さんの話を聞いて学ぶ必要があるので、ネロと遊んでおいでというわけにはいかない。


「……なるほどな。コリンズも甘いのお。他所(よそ)なら即跡継ぎの従者にでも召し抱えられて王都の学院送りじゃ。まぁ魔法を極めるのならそれが一番じゃがの」


 平民出でも才能があれば、貴族のエリートや家臣候補と机を並べて王国最高峰の魔法教育が受けられるらしい。

 優秀な人間は更に上位の貴族から引き抜きや、派閥内の縁故による人材の融通もあり、小学生くらいの年齢でも容赦なく貴族社会の政治に飲み込まれるとか。……聞くだけで胃をやられそうな話だ。


「自分には市井の冒険者が性にあってますよ。こうして教えを授けてくれる大人との出会いには恵まれてますから」


「……ふふん。言いおる。無駄口はここまでじゃ。始めるぞ。よく聞けよ」


 手荷物から手製のメモ帳を取り出す。安くはないし一般に普及しているとは言い難いがこの世界にも紙は存在する。日記というわけではないが、もう二度とド忘れしないように重要な出来事は日本語でメモをつけている。

 俺の真剣な目を見てニヤリと笑い、ギズモンドさんの授業が始まった。




 魔力付与(まりょくふよ)による身体強化は体系的には魔力伝導(まりょくでんどう)に内包される。しかしそのままでは術者と被術者の間で魔力を作用させて発生させる現象の共有が難しく、一般的には詠唱を併用して簡易に行われる。


 ちなみに魔力伝導が使える者は、それだけで界隈ではざっくりと中級魔法使いと位置づけられている。

 火、風が使えて魔力使いの初級、身体強化が使えて中級魔力使い。土、水を出すことができれば初級魔法使いだ。

 魔力の量、属性魔法、身体強化、魔力伝導、魔力付与は個人によって技術の得手不得手の差は小さくなく、他が壊滅的にダメなのに一つだけは強力という歪な魔法使いも存在するらしい。


 身体強化は、己自身を自らの魔力で強化する分には、筋力や耐久力、反応速度、五感など自分の感覚で自由自在だ。しかし他人には魔力自体が影響を及ぼしにくい上に、他人の身体の感覚というのは理解しようがない。

 仮にスムーズに魔力を与えることができたとしても、雑な強化で耐久力が筋力に足りなければケガをするし、逆なら動きを阻害して敏捷性が落ちる。


 理想を言えば、詠唱などなくても術者が受け手に適切な量の魔力を流し、受け手がそのイメージを完璧に共有して使いこなせば、最適な魔力効率で術者の意図する倍率の身体強化が可能だ。しかし現実的には肉体と魔力が別人のものならばそんなことは不可能。

 要はマニュアルでの強化は時間も面倒もかかり過ぎるので、多少は魔力のロスがあって効果も弱めだが、詠唱による補助付きで早くて簡単なオート強化が普及しているということらしい。


 これらの解釈はギズモンドさんの話を俺が前世知識と組み合わせて理解したものだ。爺さん自身の話はもっと回りくどい上に、よくわからない例えを多用していてかなり難しかった。



 

 ギズモンドさんが獣人達に行使する身体強化も同様に詠唱を使用している。強化したい内容によって詠唱が複数存在し、「この魔法がかかればこうなる」くらいのイメージが共有できていればそれなりの効果が出るらしい。したがってここは基本の通り、詠唱言語の理解と暗記が第一歩だな。


「……んん? 言葉を覚えりゃ使えるってもんでもないぞ?」


 魔法を理解したところで、いきなりクロに実験をするわけにはいかない。初めてのことだしまずは自分で体感してみよう。

 爺さん、成功するしないは別にして試しに俺自身にかけてみてください。


『我が魔力によってその身の強靭さを増せ』


 ……! おっと。これが他人から付与される魔力か。


 何だろう? 皮膚と肉の間を何かが這い回る感覚が全身を覆う。そいつは肉の中には侵入できなくて行き場に困ってるような感じだ。


「魔力量が多い者ほど他の魔力に対する抵抗力も高い。……ふぅむ。わしの力では全力を出してもおぬしには通らんようじゃな」


 なるほど。魔力が十分有る者を他人の魔力で強化するのは効率も悪いしな。流し込む魔力がよっぽど多ければ違うんだろうけど。

 うん。受け取るイメージをしてみても入ってこない。魔法使い同士ではあんまり効果的ではないな。


 ……思えば、他人に気付かれないレベルで治療を施していたテオドル様の技術の高さが今になって理解できる。

 そんな使い手も存在することは肝に銘じておこう。治療ができるってことはその逆もあり得るからな。



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