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第60話 集落の獣人達

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 この世界の生き物には魔力を持つものとそうでないものの二種類が存在する。

 人の魔力の有無については、貴族や教会、冒険者ギルドによってある程度の理屈が、仮説ではあるにせよ一般的に浸透しているようだ。


 では人でない、魔物と呼ばれる生物についてはどうか。これは魔物が基本的に人と領域を隔てて生息していることと、単純に接触することの危険性もあって、それを生業(なりわい)とする者や一部の研究者を除けば理解がそれほど進んでいないらしい。


 魔物の危険性は、まずその大きさによって違いが出る。小さいものは魔力があっても力は弱く、臆病で凶暴でないもののほうが多い。……ここの緋蜂(ヒバチ)はその例外の一つだが。

 そして人型は知恵を持ち、秩序立った群れを作って生活を営む。彼らが人の領域に現れる際の危険性は記憶に新しい。大型の魔物……、これは言うまでもないか。


 さらにある程度以上の大きさの魔物は知能が高く、どうも人と魔物の「領域」というものを理解している節があるらしい。


 賢い奴らは街道や農地は人の領域であることを把握しており、そこに踏み込んで人を襲うことはいずれ己の身を危うくする行為であることを知っている。

 逆に森や山、人の手の入っていない深い自然に迷い込む人間は、彼らにとっては愚か者。仮に会話ができたとすれば、我々の領域を(おか)すモノを美味しくいただいたとしても人間どもに非難されるいわれはない、とでも言うのであろう。


 ま、別に明文化されたルールではないので、人は住処(すみか)に壁や柵をかまえて守りを固めることをやめるわけにはいかないのだが。




「……! ……!」


「……!! ……!!」


「うむ。これは……美味いのう。酒が進むわ。小僧は猟師のほうが向いとるんじゃないか? ほっほ! こりゃ本当に内臓(モツ)か?」


「兄ひゃん! ふげえよ、ほれ!」


「このお鍋って、まだ食べてもいいの? ならおかわりっ!!」


「おおい、俺にもくれ!」


「こらこら、きっちり分けてあげるから慌てるんじゃないよ! あ、兎は一人一匹だからね!」


 突然、大量の獣の肉とともに現れた謎の冒険者。雇用主からは一宿一飯の世話を命じられたものの、貧しい奴隷の集落に、それも自分達獣人のほうにわざわざ滞在するという。

 話によればどうも同じ獣人の奴隷を連れているからという理由らしいが、ならばなおのこと、我々に対しても何か企んでいるのではあるまいかと警戒を隠さない。

 最初に顔を合わせた時にはそんな様子がありありとうかがえた。


 俺とクロの人品(じんぴん)を値踏みしつつ、そんな理由で口数少なく静かに集まった夕食の席は……汁椀(しるわん)(さじ)を入れ、串を一口(かじ)った途端にさながら戦場の様相を呈した。


 集落の獣人達の家はやはり粗末なもので、この人数が一度に集まれるほど大きい建物はない。なので家の外にテーブルを持ち寄り、夜の月明かりの下に大きな火を焚いてキャンプのバーベキューといった風景だ。


 普段は陽が暮れる前には最低限の量の食事を済ませ、薪も油も無駄には使わせてもらえないとのことだが、今日のところは特別だとギズモンドさんが管理者である修道士のニコルさんを説得したらしい。


 うん、そんな暮らしだったら、たまにはこういう日もないとな。


 いつもは肉料理なら異様な執着を見せるウチの子だが、意外にも今晩は落ち着いて食べている。獣人がこの人数で分ければ余るような量ではないが、慌てていないということは今日は我慢するつもりのようだ。

 ……お前のそういう、空気を読んで賢くわきまえられるところは良い性分だな。おそらくいつもの人見知りだとは思うけど。


「いや、まさか緋蜂退治の方にこのような獲物までいただけるとは……」


 集落の獣人で一人だけガッついてない男性は、娘である少女の食べっぷりを見てこちらに微笑む。

 その親子の耳と尻尾は明らかに猫だ。ついに猫獣人の登場だ。猫耳をつけたいい齢のおっさんにはコメントしづらいが、嬉しそうな顔を見せる幼い娘はかわいい。


 対照的に一心不乱に匙を動かしているのは今日一緒に働いたネロと、料理をしてくれた女性とその夫らしき男女だ。

 奴隷暮らしで食事が十分ではない割にがっちりした体格の男性は赤毛の頭に耳と(つの)を持ち、その妻と思われる女性の耳はウチのクロとは違う色合いの黒髪についている。今は兎の骨にかぶりつく貧しい農家の女房といった様子だが、整えれば美人だろう。


 食事の準備中にこっそり爺さんに確認したところネロはたぶん狸で、男女は牛と馬の獣人とのことだ。

 ちなみにこの世界の獣人はいくつかの種族に分かれていて、それぞれの特徴的な部位を取って通称として通っている。クロとネロは「牙の一族」、猫の親子は「爪の一族」、牛馬の夫婦は「蹄の一族」と呼ばれているらしい。


 ……ふむ、前世知識と照らし合わせれば理解はできなくもないな。翼と鱗もいるらしいし。それと獣人には草食肉食も関係はないようだ。


「あの子にも……食わしてやりてえな」


「……」


 さらに彼らにはこの場にいない家族もいるらしい。猫親子の奥さんと牛馬夫婦の娘さんはフルクトスの町の大聖堂のほうで働いているとのことだ。


 ……まあこりゃ人質だわな。力のある獣人が複数まとまっているから、リスクは高くなる。

 もしもやぶれかぶれに反乱でも企てられたら、いくら奴隷環(どれいかん)があっても果樹園の生命財産に対する損害は防ぎきれないだろう。抑止する策にも抜かりがない教会の性根が見える。


 一瞬ひどい話かとも思ったが、聞けば安息日には会うこともできるし、集落と町で働く獣人は定期的に交代しているらしいので、黙って従う分には扱いはそれほど非人道的でもないのか?

 確か家族を大事にせよ、みたいなのも神の教えにあったはずだから、戒律として労働を強いるなら他の教えも守らせるのが筋ではある。


 ……獣人と言えども、俺が想像するほどのムチャクチャな差別扱いはされてないのかもしれんな。建前上でも教会の庇護下にあるのなら、あんまりな扱いをしては外聞も悪いだろうしな。


「……巣をいくつも片付けたなんて言うからどんな奴らかと思えば、まだ子供じゃないのさ」


「まあ、ギズモンドさんが連れて来るくらいだから悪い人間ではないよな」


「おじさん飯食う前と言ってること違うぜ」


「小僧にこんな特技があるとは、思っとらんかったがな。なんでこれで攻撃魔法が下手なんじゃぃ」


 ラタ村の森で修業してた時は、枯渇からの回復で魔力量を増やすためにも火力を上げることばかり考えてたからな。まあ繊細な操作ができないわけじゃあないし、課題としては実戦時の即応性だ。これは時間をかければ難しくはないはずだ。

 今はそれよりも優先して会得したい技術がある。


「お気に召したようで何よりですが、ギズモンドさんこれ取引ですからね。明日はよろしくお願いしますよ?」


「わぁかっとるわぃ。わしの修業は厳しいぞ? 覚悟しておけ~ぃ」


「爺ちゃん、明日も忙しいんだからあんま飲み過ぎちゃだめだぜ」


 ガストンが持ってきた酒はもうすでに一本空になっている。安酒だからあんまり度数のキツいヤツじゃあないが、年齢を考えればかなり暴飲の部類だ。……ニコルさんが止めるのもわかるな。


「爺ちゃん、ごきげん」


「ふふっ。レイノルドさん、だいぶ気に入られたようですね」


「畑の近くの緋蜂の巣がなくなれば、俺達も安心して仕事ができる。しっかり頼むぞ、ネロ」


「あたしらの中じゃ、ネロが一番爺さんの魔法の効きがいいからね」


 ほお。獣人への魔力付与には効果の個体差があるのか。

 ちっ、爺さんが酔う前に魔法の話も聞けば良かった。今日初めて見る種族の違う獣人が珍しくて、彼らの話ばかり聞いてしまった。


 今ではもうテーブルの料理はきれいになくなり、ギズモンドさんも船を漕ぎ始めている。


「おやおや、ノマちゃんも満腹でお(ねむ)だね。片付けはあたしらでやっとくから先に休んでいいよ」


「いつもいつもすみません」


「なあに、手がかかるうちは仕方ないさ。……しっかし子供も年寄りも一緒だな。全く、酒が手に入ると爺さんはいつもこれだ。ネロ、お客人の案内もよろしくな」


 牛馬夫婦に礼を言いつつ、娘を抱えて猫の親父さんは家に戻っていった。ネロも手慣れた様子で爺さんを担ぎ上げる。


「兄ちゃん達ウチに泊まるんだろ? こっちだぜ」


 他の獣人達は二家族六人。案内してくれるネロは、一人この集落に買われて来たために爺さんと暮らしているらしい。


 奴隷に身を落としても若い頃はそれなりに名の通った魔法使いだったというのは爺さん本人の弁だった。だが、教会の人間や冒険者、はたまた昔の知り合いなど、ギズモンドさんを訪ねて果樹園にやってくる者が大勢いるという話も全くの嘘ではなさそうだ。


「お客さんはだいたいその部屋なんだ。テキトーに使ってもらっていいよ。んじゃおやすみっ」


 爺さんの家は他の獣人のものよりも大きく、狭いが客間なども普通に備えられていた。しかし。


「まあ……アズキとあの爺さんなら、予想通りの男所帯よね」


「うん。寝る前にもう一仕事だな」


 まあホコリの掃除、寝具の洗濯くらいなら時間はかからない。奴隷暮らしは裕福ではないから日本のようにゴミ屋敷になるようなことはないしな。

 ……嫌な予感がしていたが、ベッドはちゃんと二つあってくれた。他人(ひと)ん家だが昨夜よりかは安心して眠れそうだ。



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