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第06話 あの子を探して森の中

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 さらに一週間が経過した。熊の魔物はいまだ姿を見せないが、見張りを立てることをやめるわけにはいかない。万全とは言えないが南の柵の改修も形にはなった。

 いつしか魔物に対する緊張にもなれた頃、麦の収穫が始まった。毎年訪れるいつもの忙しさに村人が追われ始めたとき、事態は変化を見せた。


 その日は村中が慌ただしく、農作業の手伝いにならない年少組は朝から教会で過ごしていた。テオドル様も畑に出かけたのでシスターのテリザさんと自分が子供達の面倒を見る。


 おとなしく机で勉強していたのはほんの一時間程度。すぐに部屋を飛び出して鬼ごっこが始まってしまう。先生もいない今、目を離してケガをしてしまっては大変だ。皆が教会の敷地内から出ないように気を配りながら外遊びにつきあう。


 ……しかし子供は元気だねえ。ほぼ休みなしで動き回るし、何がそんなに楽しいのかずーっと笑ってやがる。まあ泣いているよりははるかにましなんだけどね。子供が笑顔で走り回れるくらいにはウチの村が豊かだってことだしな。


 内心はそんなことを思いつつも、今は自分もそう年の変わらない子供である。見守りポジションでやれやれ、みたいな顔をしていたら仲間外れにされてしまうかもしれないので混ざって一緒に遊ぶ。うん、これはこれで楽しい。


 そんな感じで時間を忘れて楽しく汗を流していると、テリザさんが教会の入り口から声をかけてくる。


「みなさーん。お昼の用意ができましたよ。手を洗って食堂へ来てくださーい」


 お、もう飯か。この世界は井戸で水を汲むくらいの文明だが手洗いの衛生観念はあるみたいだ。おかしな医療技術を持つテオドル様が一人でこの村に広めたとかじゃなければ。


「……あれ。レノ君、ミリルちゃんがいないようですが?」


「ああ。あいつは勉強以外の時間は大体二階のミハル姉ちゃんの部屋にいますよ。ご飯もお姉ちゃんと一緒に食べたいんじゃないですか?」


「さっき、ミハルちゃんにお昼を届けた時には見かけませんでしたけどねえ」


 ん? 門を見張ってたわけじゃないが庭では全然見てないぞ。その姉ちゃんに聞いてみるか。家に何か取りにでも帰ったか。

 とててっと階段を駆け上がって彼女が養生(ようじょう)している客間のドアをノックする。返事と人の気配は一人分だ。


「ミハル姉ちゃん、ミリルがご飯に降りてこないんだけど知らない?」


「えっ!? あの子がこの部屋を出てったのはもう随分前よ。みんなと遊んでたんじゃないの?」


「……玩具(おもちゃ)でも取りに帰ったのかな。何か言ってた?」


 考え込むミハルの顔が徐々に青ざめる。


「レノ! すぐにお父さんを呼んできて! あの子一人で森へ行ったかもしれない!」


「ええっ!!?」


 ミリルが部屋を出るまでの経緯を詳しく聞きだすと、お婆ちゃんが戻ってこないことについて話をしていたらしい。モリスさんも五歳の次女にはまだ祖母が亡くなったことを伝えられなかったようだ。

 彼女にとってはすでにいない母親のこともある。ミハルの話では森の奥の炭焼き小屋に泊り込んで薬を作っていることになっているという。


「……それでね、あたし薬草採りに使う手提(てさ)げカゴ森で失くしちゃったの……。お母さんが作ってくれたやつ。あの子がずっと欲しがってたから落としたって言えなくて……。それもお婆ちゃんが小屋で使ってるって……」


 彼女は涙を溜めながらとつとつと話してくれた。妹が会いに来るたびに祖母と母親の形見のカゴについて話題にされていてつらかったようだ。

 今まではケガの痛みではぐらかしてきたが、今日はちょっとした口喧嘩になってしまい、ついウソをついてしまったらしい。


「まさか一人で行くなんて……お婆ちゃんが森にいるなんて言わなきゃよかった……」


 父さんやモリスさんたちは北の畑で刈り取りをしている。大人に報せに行ってたら時間がかかりすぎるな。ミリルを捕まえて帰ってくるだけなら……。


「わかった。とりあえずテリザさんに大人を呼んでもらうよ。心配しなくても大丈夫、テオドル様なら何とかしてくれるって」


 とりあえず落ち着かせようと笑顔でミハルに返事をしてすぐに部屋を出た。




 森の中をミリルの名を呼びながら走る。返事も気配も無い。木々が日差しを遮って影を作り、ひんやりとした空気が草の香りを含んでいる。汗がつたう(ひたい)に向かい風が気持ちいい。


 周囲に気を配り、生き物の気配を探す。あちらこちらから鳥のさえずりが聞こえる。魔物に怯える人間達とは無関係に穏やかで静かな森林が広がっている。

 今は森への立ち入りが禁じられているため、炭焼き小屋も使われていない。普段は村人が行き来するこの道は、ある程度踏み固められているので子供が歩くのにも困らない。


 テリザさんに事の次第を説明し、北の畑の大人たちへ連絡をお願いした後、俺はまず村の中を捜索した。しかし期待したミリルの家には誰もいなかった。

 近所の赤ん坊を抱えた奥さんに聞くと家を出て南へ歩くミリルを見たと言う。悪い予感ほど的中するもので、やっぱり森へ向かった可能性は高いか。


 途中草原の見張りにもミリルについて聞いてみたが、二人とも見てないと口を揃える。森から出てくるかもしれない魔物を常時見張っていれば、五歳児が歩いて入っていくことくらい気がつきそうなものだが、それを問いただしている暇はない。礼を言って見張り台を離れた。


 危険な森に入るにあたって丸腰だったことに気づき、近くの資材置き場にあった運搬用の天秤棒(てんびんぼう)を拾った。そのまま柵を抜けて普通に森へ入ったが、見張りの二人から声をかけられることはなかった。


 山道を駆ける。周囲に動物の気配はない。倒木(とうぼく)の陰などにミリルが倒れていないかも確認する。


「……はあ、はあ。子供の足で三時間……。何事もなければそろそろ追いついても……」


 森なんかに来てなくて畑にでも行ってたらな、と思いつつ一度足を止める。悲鳴を上げる心肺に空気を送り込む。山道を全速力で登ることにも限界がある。

 と、その時山の斜面に沿って回り込む道の向こうに動く影が見えた。呼吸を整え静かに木に身を隠す。武器の六尺棒(ろくしゃくぼう)を握り締めつつ道の先をうかがう。


 いた。大きさが一メートルないから熊ではない。ミリルだ。


 山道がきついのかふうふう言いながら歩いている。あきらめて引き返してくりゃ良かったのに。腹も空いてるだろうに。

 まあ無事で良かった。周囲にも獣の気配はない。出くわさないにこしたことはない、すぐに連れて帰ろう。


「おーい、ミリルー」


「あ、レノー!」


 笑顔でぶんぶん手を振るミリル。あんまり大きな声を出すと熊の魔物が寄ってくるかもしれない。俺は人差し指で静かにしろとジェスチャーしながらミリルに駆け寄る。このジェスチャーはこっちの世界でも使われてるようだ。


「お前のんきだな。お父さんに森に入っちゃいけないって言われなかったか?」


「……あ。……迎えに来てくれたの?」


「ああ。じゃあ、わかるよな? 帰るぞ。危ない獣が出るんだ」


「……うん、でも、じゃあお婆ちゃんも連れて帰らないと」


 ……しまった。そうなるか。説得することについては考えてなかった。モリスさんもミハルも黙ってたことを、もういないお婆ちゃんのことを俺が話すのか……。


 ……仕方がない。炭焼き小屋まで行こう。すぐそこだしいないことがわかれば、入れ違いで帰ったとでも言えば山を降りるだろう。その後の辻褄合(つじつまあ)わせは知らん。そもそもお姉ちゃんの苦し紛れのウソが原因だ。


「……そうだな。婆ちゃんを連れてすぐに降りよう。急ぐぞ。」


 答えた俺はミリルを背負い、六尺棒を後ろ手に両手で持って走り出す。一刻も早く村へ帰りたい。


「わっ! レノ凄いねー。大丈夫?」


「鍛えてるからな。この荷物は何だ?」


「お昼ご飯。お婆ちゃんと食べようと思って。……ごめんレノの分はないよ」


「別にいいよ。上でゆっくり食べてる場合じゃないし。俺の首にしっかり手を回してつかまってろ。カゴも落とすなよ」


 早足で山道を登りながらミリルと話す。食い物の匂いで熊が来たら嫌だなーと思ったが人間の匂いも同じようなものか。

 昼も少し回った頃合だが緊張のせいか空腹を感じない。話しながら歩いていると森の道の向こうが明るく開けている。炭焼き小屋に着いたようだ。




「あれ? お婆ちゃんいないね」


「片付けて帰ったみたいだよ。誰かが村から危ないって知らせたのかも」


「途中で会わなかったよ?」


「薬草でも採りながら山道を外れて降りたんだろう。居ないんだから僕らも帰ろう、お腹空いたよ。急いで降りれば追いつけるかもしれない」


「……うん!」


 よし、最短で説得に成功した。帰りは(くだ)りだからミリルを背負ってケガしない程度に急げば一時間くらいで森を抜けられるはずだ。


 ミリルの手を引いて炭焼き小屋を離れようとした時、そいつは現れた。



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