第58話 蜂の巣の駆除
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蜂の魔物を駆除する依頼を受けて訪れた教会所有の果樹園は、管理する修道士のもと大勢の奴隷達によって運営が為されているようだ。
そこで働いている奴隷達には普通の人間だけではなく、護衛を任されている魔法使いの爺さんや、神の教えを名目に過酷な労働を強いられている獣人達もいた。
さらに俺達を緋蜂の巣の近くまで案内してくれた爺さんに付いてきた子供の獣人奴隷は、なんとクロと同じく東方領域にあるシロガネさんの郷の出身だという。
教会の教えによると、獣人はその魂に罪を負ったがために贖罪として獣の部位を与えられて生まれてくるらしい。ならば罪人として忌み嫌われ、人間の領域から追い立てられているのかと思いきや、彼ら獣人が奴隷として人間の為に働くこともまた償いであり、救いであるとか。
生まれる前の罪とか意味がわからんし、非常に人間に都合の良い教えであるが、俺がラタ村で教わった神官のテオドル様はそんなことは一言も言ってなかったので詳しくは知らん。そもそも俺が興味を示さないと知ったテオドル様はあまり神様の話をしなかったし。
今しがた、畑の脇に立つ大きな樫の木の下で共に食事をしたネロという名の子供の獣人は魔法使いの爺さん、ギズモンドさんによく懐いている。
表情こそ見えなかったが、先ほど見かけた獣人達も大人しく仕事についており、人間では一度に運ぶことは到底不可能なほどの荷を運んでいた。
もちろん奴隷環によって強力な拘束は施されているのだろうが、こういう大きな農場では言うことを聞いてくれる獣人奴隷というのはすごく有用だな。
軽い食事休憩をを済ませた俺達四人は、早速森へと踏み込み、魔力智覚に反応のあった緋蜂の巣の回収に取り掛かる。ちなみにガストン達は巣を乗せる荷車を取りに集落へトンボ返りだ。ここへ辿り着く時間を見るに、あいつらは冒険者のくせに走り込みが足りないようだからちょうどいい。
「ホントにあるのか? 兄ちゃん。俺も目には自信あんだけど全然見えねえぞ?」
「まだ見える所にはないよ。もうちょっと奥だから」
道のない森の中、勾配はないが足場が悪い。下草を踏み分けて木の根を跨ぐ。
「わしらもすぐに戻るつもりじゃったが、場所がわかるのなら協力しよう。嘘ではないじゃろうの?」
「レノはそんな意味のない嘘はつかない」
む。高い位置を飛行する魔力反応が、こちらに近づいている。確定はできないが緋蜂と想定して対応するべきだろう。
「ギズモンドさん、前から何か一つ飛んで来ます」
「……ふむ。ネロよ」
俺が使えるこの魔力智覚は魔法使いが持つ能力としては希少らしい。ギズモンドさんも使い手に会ったことはあるらしいが自身にはないとのことだ。
普段はある程度以下の大きさの魔力は疲れるので無意識的に拾っていない。集中して緋蜂を探索する今は足元地中にも無数の反応があるが、凶暴な魔物と比べれば逃げていくか動かないので何とか判別できる。
「見えた! 緋蜂だ爺ちゃん! 斜めに三本重なった枝の向こう!」
「なんと!? 本物か」
向こうもこちらを獲物と認識したのか動きと速さが変わる!
うおぅ、こりゃ森の中で素の肉眼で捉えるのは無理だ!
森に入る前にギズモンドさんから緋蜂について詳しい話を聞くことができた。
緋蜂はその針の毒で獲物を仕留め、肉を噛みちぎって巣へ持ち帰って幼虫の餌とするらしい。虫や獣はもちろん、特に魔力を持つ魔物や人間を好んで襲う好戦的で恐ろしい魔物だ。
「小僧は初めてと言ったな? まずは見ておれよ。娘も前には出るな」
再度頭に布を巻いて防備を固めた獣人ネロが、足元の起伏をものともせず緋蜂に向かって駆けていく。
ああ、獣人の身体能力なら刺される前に叩き落すことも不可能ではないか。なら何か棒でもあったほうが安全じゃね?
と、その時、休憩を挟んで体力を回復させた爺さんの右手に魔力が高まる。
「一匹相手に叩き落すのは愚策じゃ。潰すと仲間がわんさとやってくるからな」
己を獲物と定めた緋蜂を引き付けてネロがこちらへ戻ってくる。
おお。森の木々を盾に使って巧みに身をかわす様は手慣れたものだ。
「爺ちゃん!」
『炎の礫よ! 我に仇なす魔を捉え、これを焼け!』
ギズモンドさんの右手の指先から放たれた小さな炎は、ネロを追いかける緋蜂を狙って飛ぶ。
しかしあんな弾速じゃ避けられ――あっ! 当たった!? 何だ今の、追尾して曲がったぞ!
上空で炎を食らって燃え尽きた緋蜂は灰屑となって地に落ちる。
ふおぉ、森への延焼の危険もない見事なコントロールだ! 手練れだな!
「ふふん。やっと愉快な面を見せおったわ」
「へへっ、爺ちゃんすげーだろ?」
「やるわね。……まあレノもあれくらいできるけど」
おい。そういうことを言うんじゃないよ。お前が負けず嫌いなのは知ってるけど俺を巻き込まないでくれ。
……まあ詠唱言語は聞き取れたし、意味もわかるから使えるとは思うが。
「……おおっ! いるいる! 飛んでるよ!」
「レイノルドの言う通りなら、巣の大きさは大したことないが……やっかいな高さじゃのう。あると知らずに不用意に近づけば刺されとるぞ」
うねるようにそびえ立つ楢の大木。十メートルを軽く超えているその姿は、前世の日本ならばご神木と称されても不思議ではない貫禄だろう。こっちの世界の森では別段珍しい大きさでもないが。
見上げて目をこらせば、その中ほどの幹や太い枝に飛び交う無数の赤い蜂。樹齢を重ねた古木を覆う葉は少ないので、上へ向けて伸びた枝は露わになっている。
巣に近づく外敵に対する警戒範囲はムチャクチャ広いわけでもなくて助かった。
これ以上近づくとヤバいとネロが教えてくれた距離からでも、蜂の姿によって巣がありそうな位置は明らかだ。魔力でさらに遠視能力を強化すれば赤と黒の縞模様を持つ禍々しい大雀蜂の姿もくっきりと見える。しかし……
「巣そのものは見えないから、あのへんに洞でもあるのかしらね」
「これまたやっかいじゃのう。狙えれば焼き捨てることもできるんじゃが」
そりゃあ果樹園で働いてる奴隷の爺さんにしたら、見つけ次第問答無用で燃やすよな。持ち帰っても儲かるのは雇い主だし、身を守るためには知らんふりして始末するのが最善だ。
だが俺達には大事な飯のタネである。しかも大銀貨程度の緋蜂の巣の回収。これくらいの依頼、簡単にこなせないようではこの先冒険者として名を上げることなど不可能だ。
「兵隊を全部始末してから登って取るしかないでしょう。巣を丸ごと相手にするのなら潰しても問題ないですよね?」
「本当なら夜か朝に出直したいところじゃが、今の時期ならまだマシか。わしらは魔法もあるし慣れとるから大丈夫じゃが、お前ら刺されるなよ?」
「あれくらいの数と大きさならどうってことないわ」
マジか。大きいヤツなら五、六センチはあるぞ。あれで小さいほうだってのか。それであのスピードはさすが魔物だな。……ちっ。こんなことなら魔力で防刃効果のある隻眼熊のコート持ってくるんだったな。
俺達は革のマントを重ね着し、武器は使い慣れた手製の片手剣。クロも長い木の枝を途中で拾って用意している。
とりあえず作戦は単純だ。遠くから魔法で蜂だけを狙って仕留め、飛んでくる奴は武器で叩く。動きは速いが、硬さは丈夫な昆虫程度だ。
守りは身体強化を強めにかければ蜂の針でもいけるだろう。獣人二人は敏捷性で頑張ってもらうしかないか。……ん?
『……我が魔力によってその身の---を増せ。-による--はお前を穿つことは無い』
「ふひっ。ありがと爺ちゃん」
「よし、レイノルド。さっきの炎の礫は使えるんじゃな? 巣の上で飛んでる奴らを片っ端から撃て。礫じゃぞ、森を焼くんじゃないぞ?」
「待ってください。今のは?」
魔力のないはずの獣人ネロの全身にかなりの量の魔力が巡っている。
「身体強化の魔力付与じゃ。効果に限りがあるから話は後じゃ。仕掛けるぞ!」
えっ、ずるい! そういう大事なことは先に言ってくれよ!




