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第55話 布団は一つ、枕は二つ

55


「さてと、湯を使った手桶も返してきたし……」


「あんた外で待ってるの見られなくてよかったね。夫婦だなんて言っちゃうから」


 ……俺、何であんなこと言ったんだろうな。フードで獣の耳を隠すのなら、顔の火傷がひどい妹とでも言えばよかったのにな。環境が変わって浮かれてたんだな。


 獣人奴隷クロと二人での東への旅の途中、隣の領地の中央都市フルクトスで急遽飛び込んだ宿の夜だ。慣れた地元の町ではほぼ全員に周知の事実だったが、ここでは余計な騒ぎを防ぐため、必要ない限りクロの素性は隠すことにした。

 教会の獣人の扱いを考えるに、面倒な所を(かくま)ってくれた信心深い宿屋の店主夫妻にはなおさら言えない。


 しかしその直後、まさかついた嘘への天罰ということでもないだろうが、突然の事故により、俺達の泊まる部屋はツインからシングルに変更になってしまった。

 やはり小さな宿屋の一人用の部屋は狭く、ベッドは大きくない。一人部屋なら他にも空きはあるらしいが、夫婦と偽ってしまった手前、分けるのは不自然だ。


「あたしは疲れてるからこれでも寝る。レノはご主人様なんだから好きにしなよ」


 何それどっち!? 無駄に意味深に聞こえる!


 クロは壁際のベッドの奥に横になり、俺に背を向けて毛布を被る。


 ま、そうだよな。変な意味はないわな。しかもちゃっかりそっち側は落ちる心配がないからずるいな。こんな状況でも図太い奴だ。


 ……やっぱり俺まだ舐められてるのかなあ。やれやれだ。


 ベッドは大きくないが、身を寄せ合って眠ればそれほど問題はない。ただそれをやった場合、俺の身体に大きな問題が発生する。

 実は数日前の訓練からこっち、ちょっとクロを意識してしまってるからな。これが若さってやつか。

 ここ何日かの夜は寝床を分けていても、同じ部屋で聞こえる寝息は俺の睡眠時間をかなり奪っている。


 魔物探索時の野営を考えれば、この板張りの(ゆか)で無理やり眠れないこともない。しかしそういう質の低い睡眠というのは魔力の回復と成長にとっては大敵だ。

 今日は久々に大技も使ったし、町の中ではさすがにまともなベッドで休みたい。


 意を決して毛布をめくると、クロの肩が少し動いたような気がした。


 …………ふふっ。


 何だ。お前も平気なワケじゃあないのか。


 俺の持ってる前世知識がお前にも当てはまるのなら……その伏せた耳と尻尾は、緊張してる時のそれだよな? 

 ……心配すんな、怖がらなくても変なことはしないよ。よく見りゃ震えてるし、可愛いところもあるじゃないか。






 ノックの音に目を開けると、窓の板戸から漏れる不愉快な光で朝だと言うことがわかる。

 背中に感じる重みと体温は、やはり俺にしがみつくようにして気持ちよさそうに寝ているクロだ。雑に払いのけつつ頭まで毛布を被せてから部屋の外へ返事を返すと、扉を開けて若い女性が入ってきた。


「おはようございます! 洗い物があればお預かりさせていただきます! あたしも魔力が使えるのでお洗濯は得意なんですよ」


「……えー。ありがとうございます。大丈夫です。今何刻(なんどき)ですか?」


 昨夜の大泣きに泣き腫らした表情とは打って変わって、笑顔のニーナさんは女将さんにそっくりの元気な宿屋の看板娘だ。


「一つと半ぐらいです。……あっ。も、もう少しお休みになられますか?」


 眠気まじりの俺の返事に何かを察したようだが、たぶんそれは勘違いだ。昨夜はお楽しみは何もなかった。


 かなり寝足りないがそうもいかん。時間が許すならば、俺の存在を忘れてベッドを半分以上占有し、眠りこけるコイツを叩き出して昼まで二度寝したい。

 何もしないとは決めたが、落ち着いてすぐに眠れるかどうかは別の話だ。あんな状況で男が冷静に寝られるわけがない。その上、先に寝入ったクロが普通に寝返り打って転がってきたからな。もう何度、手のひら返して一線を超えてしまおうかと思ったことか。

 結局俺が眠れたのは明け方だ。今後は絶対にベッドは二つの部屋を取ろう。


「……いや、起きますよ。食事をいただいて予定通り出かけます」


「し、失礼しました。下の店はもうやってますので、いつでもどうぞっ」


 顔を真っ赤にしたニーナさんは謝りながら扉を閉めた。


「……んん。んっ。……ふわあーぁ。……あ、そっか。……ふふっ」


「そっかじゃねえよ。俺は寝不足で笑えねえよ」


 何が嬉しいのか知らんが、口臭いぞお前。たぶん俺もだが。




 宿の一階で食事を済ませて町へ出る。道遠く急ぎの旅ではあるが、食っちゃ寝の物見遊山では手持ちがいくらあっても足りない。

 我が家のエンゲル係数は他所よりも高いし、目的地に着いてから多額の金が必要になる可能性もある。道中はなるべく冒険者ギルドに立ち寄って仕事をしなければならない。


 この町の仕事にはどんなものがあるのかね。時間かからなくて払いのいい仕事はないかな。東へ向けての手紙を送りたい金持ちの依頼とかがあれば理想だな。


「昨日の奴らいたらどうする?」


「……あー。いそうだな。でもさすがに冒険者組合(ギルド)の中じゃ、ケンカ売って来ないだろ」


 うろ覚えの通りを少し歩き、角を曲がると大きなギルドの建物が目に入る。宿と距離があまり離れていないのは楽だな。

 しかし今の時間はもう二つと半、だいたい午前十一時前頃だ。エブールだったら美味しい仕事はとっくに取られて掲示板はスカスカだ。


 人口の多いこの町では今の時間でもギルドを出入りする人は多い。開け放たれたままの両扉を通って広いロビーへ入る。夕方ほどではないにしろ、なかなかの喧騒だ。陽が登り切ってもいないのに酒場には酒杯を傾ける者もいるようだ。

 昨日の奴らとわざわざ顔を合わせる必要はないので、近寄らないようにそのまま依頼の掲示板へ向かう。


「あ、ほらこれ。果樹園の緋蜂(ヒバチ)の巣探索だって」


「……駆除の場合は、巣を持ち帰らないとダメか。遠くから魔法で焼いちゃえば楽なんだけど。ま、証拠がなきゃ報酬は出せないよな、そりゃ」


 地元の田舎とは比較にならない量と種類の依頼の中に、クロが昨夜の騒動の原因となった魔物に関する依頼を見つける。


「巣に残ってる幼虫が高値で売れるんスよ。見た目はアレですが、味と栄養は抜群ですぜ。魔力回復の薬の材料にもなりやすから」


「あっ! この!」


「待て待て。組合(ギルド)の中じゃあそういうのはダメだから。……いきなり馴れ馴れしいな。何か企んでんのか?」


 後ろから低姿勢で話しかけてきたのは、昨日絡んできたチンピラ冒険者の一人。あの時のグループのリーダーだな。背が高くいい身体をしているが年の頃は二十代半ばかな? 身に着けている革鎧はお世辞にも上等とは言えない。


「と、とんでもねえ! スンマセンした! あっしはガストンといいやす。お二人のことは組合(ギルド)職員に聞きました。あっしらが数集めても敵うような格のお方じゃあねえっスわ。……お連れさんは特に」


「仕返しじゃなかったら何の用だよ?」


「……実はですね、あっしらの世話になってる商人の旦那がおりましてね。そこの緋蜂の依頼は旦那と付き合いのある大聖堂の司教様所有の果樹園なんスわ」


 話によると、このフルクトスの町の南にある小さい山のさらに南側には、教会が管理する大きな果樹園があるらしい。

 春先になるとその果樹園近辺にまで緋蜂が飛んできて巣を作り始めるので、数が増えないうちに駆除し人の領域への侵入を防ぐ、というのがこのギルド毎年恒例の依頼、季節の風物詩とのことだ。

 このガストンの一味も商人から命令に近い形で依頼を受けているらしい。


 ちなみにやってくるその緋蜂は、果樹園のさらに南西の方角の山に多数生息しているらしく、近くには住めなくなった町や村の跡もある。その辺りはすでに魔物の領域と化しているとか。


「今年はふだんより果樹園の緋蜂が増えてましてねぇ。被害も増えてるんスわ。……レイノルドさんは魔法の腕前も、凄い実力をお持ちと聞きやした。そのお力、あっしらとこの町のためにお貸しいただけやせんか?」


 昨日の今日で随分ムシのいい話だな。というかよく頼めるなお前。

 襲ってきた強盗犯を助けてやる必要は全くないんだが、俺達が協力するだけの得はあんのか?


「もちろん、あっしらは駆除さえできれば旦那にも司教様にも顔が立つんで、巣の素材の利益は全部お渡ししやす。果樹園の案内も任せてくだせえ」


 ……ふーん。南の山だったら、この町のすぐ近くだな。巣を見つけて場所を報告するだけでもまあまあの報酬だ。ちょっと様子を見に行ってみるか。


 昨夜のあれで危険な魔物というのは重々承知だが、冒険者を志す者としては単純に未知の魔物には興味がある。果樹園の人達が困ってるのも事実だろうしな。

 もし何かのくだらない罠だったとしても結界の外なら何とかなるだろう。



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