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第54話 お二人はどのようなご関係ですか

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「……一泊おいくらですか?」


「素泊まり銀貨一枚、一食は銅貨四枚だよ。寝床はともかく、飯の味なら損はさせないよ?」


 陽も落ちようと暗くなり始めた路地裏で、建物二階の窓のおばちゃんが微笑む。

 安くはないがそこまで言うなら食べてみよう。今から他を探すのも面倒だし。


 東の大貴族ゴズフレズ侯爵に呼び出され、暮らしていたエブールの町を出発した俺とクロは順調に隣の領地の中央都市フルクトスへと到着した。

 訪れてさっそく絡んできたチンピラ冒険者を撃退し、大事を取って知られた宿を変更しようとした時、騒ぎを聞いていたと思われる女性から声をかけられた。




「あんた達大変だったねえ。全く、町の外から来てくれる他所者(よそもの)こそが、あたしら商売人にとっちゃあ大事なお客様だってのに。ちょっとは懲りるといいんだけど」


「すみません。ご迷惑にならなければいいんですが」


「いーの! いーの! 困ってる人を助けろってのは神様の教えだからね。お代はもちろんいただくけどね」


 おお。優しい人だ。そりゃみんながみんな嫌な奴ばかりなわきゃないよな。

 俺達が宿に入った後で路地のチンピラ共は目を覚ましたらしく、声を荒げて走り去っていった。こんな近場にかくまってもらっているとは思わなかったようだ。


 出された飯もうまい。これが銅貨四枚なら上等だ。エブールとは味付けがかなり違う。水や油が違うからだろうな。パンだけは地元のほうがほんの少し上だと思うが、果物がうまい。色んな種類が使われていて保存もいい。


「……すみません、おかわりを連れに。大盛で」


「あいよ! お腹空いてたみたいだね。……大丈夫かい? よっぽど怖かったんだねえ」


 お前、勘違いされてるぞ。俺に言わさずに自分で頼めよ。

 ……え? ああ、わかってるよ。さっきは役に立ったよ。頼むなとは言ってないだろ?


 恰幅(かっぷく)のいいやたらと元気な女将は、弾むような声で厨房の物静かな旦那に料理の追加を頼む。ふふふ、家の使用人達を思い出すな。


 宿屋は三階建ての石造りの建物だが広さはない。一階は酒場兼食堂と店主一家の住まいになっていて、客が泊まれる部屋は上の階になる。

 先に食事を終えた客が二組ほど上がっていったので、今の食堂には俺達だけだ。まだ酒場が静かになるような時間ではないが、味の割には流行ってないのかな?


「……ははっ、立地がね。ちょっと遊ぶ所には遠いんだよ。ま、仲のいいあんた達には関係のない話――あ、いやひょっとして兄妹かい? よく見りゃ旦那さん夫婦(めおと)にしちゃ若いわよねえ」


「おい、よさねえか。余計なこと聞くんじゃねえ」


 料理を持ってきた店主が女将をたしなめる。確かに連れはずっと顔を隠したまま食事してるのであからさまに不審な客なんだが……


「かまいませんよ。妻です。ちょっと美人過ぎて人目を引くので隠してます」


「ちょっと!? レノ!?」


「アッハッハ! 大事にしてんのねえ!」


「ええ。それはもう。他の男には顔を見られるのも嫌なんですよ。自分でも難儀な性格だとは思いますが」


「アハハハッ! ウチのもこれくらい言ってくれりゃねえ!」


「な、何言ってんの!? 馬鹿じゃないの!?」


 バカでいいんだよ。アドリブ利かせて合わせろよ。女将さんメチャ受けだろ? こういうのはユーモア交えときゃ深刻にも不審者にもならないんだ。

 訳アリだってことはたぶんわかってるだろうし、信心深い人みたいだからその耳は見せられないだろ。何だ? 意外に照れてんのか?


 ……と、その時。路地を駆けてきた重い足音はこの宿屋の入り口で止まる。

 乱暴に扉を開けて入ってきた者は、俺の想像したさっきのチンピラではなく革鎧を着けた若い冒険者風の女だった。


「母ちゃん!! やべえ! カトルがぁ!」


「こら、ニーナ表から入ってくんじゃないよ! どうしたんだい……ひっ!?」


「あたしをかばったんだ! すぐに大聖堂へ連れて行きたいんだけど……金貸してくれよ!」


 何だ何だ? この宿屋の娘か。一人背負ってるな。ケガ人か?


「……し、司教様にお頼みできるだけのお布施なんて、今すぐには……アンタぁ、どうしよう?」


「馬鹿野郎、そんなこと言ってる場合か! ほらあるだけだ、持ってけ!!」


 店主が厨房から今日の稼ぎであろう、金の入った箱を持ちだしてくる。困ってる人を助けるのが神様の教えなのに、金が足りないなんてことがあるのか? そんな話なら間に合わん可能性もあるぞ。


「……お取込みの所、すみません。少しは心得があるので、お力になれるかもしれません。()させてもらえませんか?」


「えっ!? あっ! お客さんホントに!? 助けてもらえるんですか!?」


「あんた偉い神官様かい!?」


 いや、同じ冒険者ですよ。ニーナさんが背負っている小柄な男性は意識がなく、苦痛に顔を歪めて脂汗を垂らしている。カトルとか言ってたか、二人とも若いな。ってうおッ!!?


 ニーナさんがゆっくりと床に寝かせた男の右腕は、左のそれの三倍ほどにも腫れ上がっていた。……人間の皮膚ってのはとんでもない伸縮性があるものなんだな。着ている服の袖は肩口から引き裂かれている。

 手指の色は赤黒く、腫れのせいで原形を留めていない。腕から肩へ痛々しく変色した様は、黒や茶色、紫の絵の具を雑に叩きつけて混ぜたような禍々しさだ。


「うわ。これ緋蜂(ヒバチ)じゃない? (さと)でも見たことあるわ」


 知っているのかクロ。俺も先生から名前とその存在は教えてもらっている。魔力を持つ大きな雀蜂に似た魔物らしい。これが蜂の毒かよ。すげえな。


「……はい。巣の探索が依頼だったんです」


「ニーナあんたこないだ鉄札取ったばかりじゃないか! 何て危ない仕事やってんだい! 大方また止めようとしたカトルを引きずって行ったんだろう! いい加減におしよ!」


「うえぇっ、ごめんよぉ! 今度こそ反省するよぅ! ……こ、こちらもお連れの冒険者さん? お願いしますっ、カトルを助けてください!」


 まず相手の身体へ自分の魔力を流し、異常を観察する。患部の右腕をはじめ全身から発熱がすごいな。呼吸もか細い。濁ったような不快な魔力を持つ蜂の毒は右手の甲の傷から腕、肩の血管を通って全身へ廻っているようだ。


 よし、ならば狩りの獲物の血抜きの手順を応用して……


「毒と、血を抜くので手桶くらいの入れ物をください。あと布と、解毒の薬もあるだけ用意してください」


「あ、あいよ!」


 うん。魔物の毒は、魔力智覚(まりょくちかく)があれば普通の毒よりわかりやすいな。全身の血流をコントロールして、散った毒を集めて傷口から流し出す。


 あー、先生だったら毒液だけを取り出せるんだろうけど、俺じゃまだ血液と完全に分離させるのは無理だ。時間もかかっちまうな。


「きゃあっ、血が! カトル! カトルッ!」


「大丈夫です。出血は多く見えますが、命の危険はないです。僕の魔法なら解毒ができます」


「……お、……おお、神よ。見ろニーナ。腕の腫れがだいぶ治まってきた。痛みも引いたのか顔色も良くなっているぞ」


「色も戻ってるよ! す、すごいね。あんた魔法使いで医者だったのかい……」


「すみません、治癒魔法(ちゆまほう)ではないので、すぐに元気にはできないんですけど。後は普通の薬でも時間をかければきれいに元に戻ると思います」


 よし、できるだけの毒は抜いた。止血と消毒、今回は傷口が小さいから簡単だ。時間制限付きの増血と治癒促進(ちゆそくしん)はいつも通りで……薬も塗って包帯を巻いて、と。うん、ちょっとは速くなった気がする。

 本当は施療院(せりょういん)に連れて行ったほうがいいんだけど、そうはいかないのかな。


「三日以内には熱が下がると思います。下がらなかったら今度こそ施療院に行ってください。もう大事(おおごと)にはならないはずです。後、血を流してるので、熱が下がって食欲が戻ったら肉や卵を食べさせてください」


「あ、ありがとうございますぅぅ!! カトルうぅ!」




 処置が終わったカトルさんは店主とニーナさんが上の部屋に抱えて行った。騒ぎを聞いて様子を見に降りて来ていた他の客達には、ケガ人の治療ということを説明したようだ。

 女将が床の掃除をする間、俺も勝手口から外の水場を教えてもらい、血に汚れた手と服を洗った。


「……緋蜂に刺されてああなっちまったら……もうダメだと思ってたよ。助かって本当に良かった。あんた達はきっと神様が遣わしてくださったんだね。……お礼をしなきゃならないだろうけど見合うような払いは、あたしらには……」


「ああ、いりませんよ。僕も初めてだったのですごくいい経験になりました。僕らがその蜂の魔物に刺されても何とかなりそうです」


「じゃあせめてだ、宿代はいらないよ。何日泊まってもらってもいいからね!」


 それくらいなら甘えておこう。店主が有り金はたくような治療だったとしたら、無償というのも怪しげだし気が引けるだろう。まあ長居はせず二、三日うちには町を離れる予定だけど。


「……あ! しまった。寝台(ベッド)が二つの部屋は今カトルとニーナが使っちまったよ。空いてる部屋は一人部屋しかない。……狭いから恩人には申し訳ないけど、あんた達はその部屋でもかまわないかね?」


 何ぃ!?


「えっ、あっ。そっ……し、しかたないですね!」


 いや、さすがにクロと同じベッドではまずい! 俺の身体は中学生男子だぞ。

 咄嗟にどもってしまった俺の腕をクロが取る。


「はい。あたしは全然かまいません」


 あっ! こら! くっつくんじゃない。


 フードを被って俯いた目元は見えないが、口は笑ってやがる。……ちくしょう、さっきの仕返しのつもりか。


 

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