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第53話 やっとこさ出発、隣の領地の中央都市へ

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 出発までに一通りの知り合いに挨拶を済ませる。二ヶ月強の滞在で何だかんだと増えていた荷物のうち、これと言って必要ではないと思われる物は売却、もしくは冒険者ギルドに預けておく。……マントがあれば毛皮のコートもいらんよな。


 旅はできるだけ身軽にして、必要なものは出先で買えばいい。領主のウィルク様には悪いがエブールは田舎なので、ここのでなければという品は少ない。

 基本的には町や村を辿っていく旅程のつもりだ。暖かくなるのを待ちはしたが、やはり野宿野営は止むを得ない場合の最終手段だ。






 そんなこんなで俺達の乗る乗合馬車はエブールを離れた。同乗は同じく隣の領地へ向かう商人達だ。農作物を運ぶそこそこ大きな商隊と一緒なので出発は早朝。

 街道沿いのいくつかの町や村を経由をしながらなかなかのスピードを出し、三日ほどで隣の領地の中央都市に到着することができた。


 こちらの領地はコリンズ領よりも広く豊かなぶん、旅人を狙う野盗などの危険も増すらしい。荷運びにはあまり時間をかけないのも自衛策だとか。

 そんな事情もあってここでもやはり俺とクロの同行は彼らに歓迎されている。


 なるほど目の前に広がる長大な市壁の周りには農地が広がるものの、民家の数は少ない。壁の外はエブールよりも危ないということだ。それでも壁近くの道の左右には、出入りの人々で賑わう店と思われる建物はいくつかあるが。

 西に傾く陽に照らされた畑の向こう、遠く南には森と、小さいが山も見える。


 都市へ荷を運び入れる商人達にはそれ用の入り口があるらしく、俺達二人は一般の入場門を利用するため、壁よりも手前の分かれ道で馬車を降りた。

 ここまでトラブルもなく辿り着けて良かった。壁で守り門扉で外敵を防いでいる町はどこも明るいうちに入るのが鉄則だ。陽が落ちてから壁際をうろつくような者は歓迎されない。


「……大きな町ね」


「ここも領主様がいる町らしいけど、エブールとだいぶ違うのな。あ。お前、耳と尻尾はしまっとけ。たぶんここじゃ見せないほうがいい」


 門の手前に見える人だかりに近づく前に、クロにはマントに付いているフードを被らせる。これだけの大きさの都市になると、民衆が信仰する教会の勢力も元居た田舎町とは比べ物にならないだろう。


 狼獣人のギンさんから聞いた話によると、獣人種族はやはり教会からは人間扱いされていないらしい。


 彼が昔、別の町で遠目に聞いた神官の辻説法では、耳や尻尾、翼や(うろこ)など人外の生き物の特徴を持つ者は何らかの罪を(あがな)う罰を受けているとか何とか。

 阿呆らしくてまともに聞いてられなかったとのことだが、それが獣人という存在に対する教会の姿勢、神の教えということのようだ。

 あと、ギンさん自身が何度か宗教関係者と事を構えた際の経験によると、女の神を信仰している奴らはまだ話が通じなくもないが、男を崇めてる奴らは全くダメ。問答無用だったらしい。男はたぶんそのまま神様で、女の神ってのは聖女様のことかな?

 

 ここではできるだけ教会やそれっぽい施設には近寄らないようにしよう。そんな話をクロとしていると、並ぶ列は衛兵によって二つに分けられていく。


 ……ああ、荷物を見比べれば向こうが早いのは地元民なのか。


 こちらの列でもそれほど時間はかからず門へ到達したので、エブールの時と同じように兵士に自分達の名と身分、旅の出発地を告げる。


「……うん? ……お前らこの町は初めてか。チッ、ならこっちだ。おーい!」


 俺達二人の素性を確認した衛兵は別の衛兵を呼び、詰所の建物への俺達の連行を命じる。まあ想定のうちなので素直についていく。列の衆目の中で獣人であることを晒せば余計な混乱になるだろう。


「よし、出せ。……ん? 鉄札じゃなくて使役章(しえきしょう)だ。お前は奴隷環(どれいかん)だ。……顔も見せるんだ、さっさとしろ!」


 俺達の手際の悪さにいらつきを見せる衛兵どもに、正直に作法の不明を伝えると「そんなことも知らずに旅をしてるのか」との叱責に続いて、特定の奴隷の入場に関する説明を受ける。


 市壁の通過時、奴隷環は必ず真贋の判定のために魔道具による動作確認を行い、問題なければ使役章を一度兵士へ預ける。刻まれた詠唱言語に精通する専門の者がさらに内容を記録するらしい。それが返ってくるまでの間には荷物の検査だ。


 全て手続きが終わってから請求されたクロの通行税はだいぶ割高だったが、まあ納得はできなくもないので文句は言わずに払う。


「……若いようだが、鉄札冒険者だったら町の規則は大体わかるな? 余計な真似はするなよ。もし我々衛兵から指示があったら逆らうんじゃあないぞ?」


 面倒な手間をかけさせやがって、という内心を全く隠そうとしない兵士に一応の礼を言って町へ入る。まだ何もしていないのにすでにブラックリストにでも載ったような扱いだ。


 せっかく初めて来た大きな町だというのに、ちょっとワクワク感がしぼむなあ。素性の知れん他所者(よそもの)が危ない奴隷を連れてるから仕方のないことなんだろうけど。ひょっとして新しい町で門を通る度にこの扱いなのかな?




 町並みはエブールよりもかなり大きく立派だ。通りの幅も広く、きれいに石畳が敷かれている。

 まずやるべきことをやっておこうと、門で場所を聞いておいた冒険者ギルドへと直行した。


 ここも建物は大きく、中は大勢の人間で混み合っていた。騒がしいのはすぐ横に酒場が併設されているからか。

 カウンターの受付の数も多いので待ち時間も長くない。空いた受付の男性に基本の連絡事項を告げる。東への急ぎの旅でこの町には長くても数日の滞在であることを伝え、宿を紹介してもらった。

 観光も悪くないが目的地の遠い旅だからそれはゆっくりできる次にしよう。無事ならたぶんエブールへ帰るときも通ることにはなるだろう。


 ここまでは馬車で揺られる旅だったが、慣れていないせいで徒歩とは違う疲れがある。今日はさっさとうまい飯を食って、いいベッドで寝よう。






「おう。兄ちゃん達止まれや」


 ギルドを出てしばらく歩いた所で呼び止められる。……もしやとは思っていたがやはりつけられていたようだ。


「見ねえ顔だなあ? 随分といい宿を取るみたいだが、そんなに(うるお)ってんなら俺達にもちっとオゴってくれや」


 男の声とともにその仲間が四人、俺とクロを取り囲む。

 こんなことって本当にあるんだな。記憶にある映画のような展開だ。


「……ちょっと、こいつら慣れてるわよ」


「ひょお! 女連れかよ」


「残念だったな。今日は兄ちゃん一人で野宿だ。全部置いて消えるなら、命だけは持って行っていいぜ」


 薄汚れた身形(みなり)は夕暮れの路地の暗さのせいではない。どいつもこいつも見た目を裏切らない喋り方だ。チンピラやゴロツキという人種だろう。人の多い都市なんかだとやっぱりこういうのもいるんだな。


 ……おや。この町の結界はエブールよりも弱いのか? 身体に(まと)わせられる魔力が多い。やっぱり結界も効果範囲の広さが強弱に影響するのかな。

 こいつらは俺が魔力を使ってることにも反応がないし、魔法使いかもなんていう警戒も全くない。そもそも人気のない場所へ誘い込んだことにも気づいていない。


 同世代よりちょっとばかし背が高いくらいじゃ、知らない奴にはやっぱり(あなど)られるなあ。実際まだまだ子供だし。


「嫌だと言ったらどうなるんです?」


 答えるや否や、背後から振り下ろされる剣。

 しかし避けるまでもなくそれは鈍い音とともに明後日の方角へ飛んでいく。


「ごブッ! ……ぐぇ」


 石造りの壁に激突した男は面白いポーズのまま動かなくなった。取り落とした剣には鞘が付いたままだ。

 ほお、抜いてはいないのか。おいクロ、手加減してるだろうな?


「こッ、この(アマ)ぁ!!」


 うん。こいつら身体強化くらいは使えるようだが魔力量は少ない。この程度なら見ていても全く問題はないな。

 が、今は男のプライドも大事にしておこう。背をかばいつつ、クロより多く三人は俺がしばく!




「……これ、どうする?」


「衛兵の詰所の場所なんかわからんし、門は遠い。こいつら組合(ギルド)からつけて来たんだろう?」


「うん。常習犯なら組合(ギルド)に突き出してもムダかもね」


 うすうすそんな気はしていたが……嫌な町だな。気を失ってるくらいで、大したケガもさせてないしこのまま捨てとこう。……頭数増やして宿に押し掛けてきたりしたら面倒だな。

 あと、まさかそこまで恥知らずではないと思うが、俺達のほうが暴行で訴えられたりしてな。


「……念のためだ。泊まる宿は別のところを探すか」


「ちぇっ。ご飯楽しみだったのに」


「じゃあ、ウチなんてどうだい? 料理には自信あるよ」


 頭上からかかった明るい声に見上げると、路地のそばの建物の二階に窓を開けて俺達を見下ろす女性がいた。



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