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第52話 遠方よりの使者

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「ありがとうございました! またのお越しを!」


 給仕のお姉さんの丁寧な接客、元気な声に気持ち良く店を出る。

 混んでてクソ忙しいだろうにその振る舞いはプロですな。相変わらず味も申し分ないし、連れが獣人でなければ毎日でも通うところだ。


「ふうっ。今日のもおいしかった」


 ……コイツも相変わらず遠慮なしに食いやがったなぁ。渦を巻く黒柴犬の尻尾もわかりやすくご機嫌だったし。

 まあ昼間の訓練も久しぶりだったから、ちょっと張り切り過ぎたのは確かだ。腹が減るのも仕方ない。用意していった弁当も少なかったからな。

 春の野菜が出回り始めてメニューが変わってたので、実は俺もちょっと食い過ぎている。


 エブールの町の東、冒険者ギルドの近くにあるいつもの酒場で二人夕食をとり、いつもの宿に帰る。時間はまだ早いが、俺達は酒を飲まないから食事が終わったらさっさと席を空けなければならない。


 陽が落ちたばかりの通りには仕事を終えた人々がごった返す。

 身にまとう汚れは、工房帰りの職人に農作業に疲れた小作人。あっちの元気なのは今日の稼ぎに頬を緩めている冒険者のチームかな。……最近は領内に畑を荒らす魔物も増えているらしい。

 この町には街灯などはないが、窓を開け放って賑やかに客を呼び込む店屋の灯りが道行く人の足元を照らす。冬を越して過ごしやすくなってきたので、町にも活気が出てきた。もうすぐ祭りもあるという話だ。


「なあ。そろそろ行こうかと思うんだけど」


「あー。シロガネを探すの?」


 ……何だ、あんまり乗り気じゃないのか? 実の親ではなくても、保護者的な郷長(さとおさ)の人なんだよな。仲間に会いたいとかもないのかね。


「会えるなら会いたいけど、生きてるかもどこにいるかもわからないもの。それに郷は貧しかったからね。今と比べたら……あんまり戻りたいとは思わないわ」


 ああ。そんな話は領主ウィルク様の護衛をしている狼の獣人、ギンさんも言ってたな。

 獣人は体力腕力や敏捷性は高いが、モノを作ったりする手先の器用さは基本人間にはかなわないらしい。東方に住む獣人達は多くが今も狩猟採集生活メインで、村々の生活水準は人間の領域よりもかなり低いとか。

 領主様の館で居候しているギンさんもこっちでの暮らしのほうが長く、もう東の自分の故郷へ帰る気は全く無いらしい。


「そうか。まあどっちでもいいけど、お前も向こうもお互い生きてたら心配はするだろ? 生き別れた家族なら、無事な顔は見せとけ。探してやるから。後のことはそれから考えよう」


「…………そうね。……ありがと」


「で、シロガネさんっていうのは――」


 会話の途中にふと視線を感じてそちらを見る。俺達の泊まっている宿の扉の前に二人組の男が立っていた。その風体(ふうてい)は冒険者のようだ。俺が気づいたことに向こうも気がついたらしく、こちらにやってくる。


「レイノルドというのはお前か?」


 痩せぎすの男が不機嫌に俺の名を確かめる。俺が頷いたのを見て太り気味のほうは安堵のため息をもらした。どうやらかなりの時間、ここで待っていたようだ。

 そんなに(にら)まれても知らんがな。……おいクロ、睨み返すんじゃない、いつもの人見知りはどうした? 待てだ待て。






「……まさか出頭命令とはな」


「あはは……。これってどのくらいお怒りなんでしょうかね? 学が足りないのか今いち理解が難しいです」


 明けて翌日の昼だ。呼び出された冒険者ギルド、その長の机の上に飾りの立派な封筒が二通置かれている。宛先は机を挟んで向かい合っているギルド長と俺。


 差出人はなんと王国東方の大貴族ゴズフレズ侯爵家だ。


 内容は……端的に言って――ウチの紋章の入った奴隷環(どれいかん)使役章(しえきしょう)を傷物にしたのどういうつもり? ちょっと話しようか? ――ということらしい。

 手紙を見て焼いたことを思い出した。あの時は色んなイベントが目白押しだったからな……。


「うぅむ。ホルダンの店だったら……ハロルドの奴の仕業だな」


 え、そうなの? 仕業って?


「日付を見るに今さらってことは、大方ホルダンの野郎がお前に対する手札として仕舞っといたのを見つけて、律義に報告したんだろう。……全く融通の利かねぇ奴だよ」


 相手は大物貴族。なので奴隷環の返却は、やるのなら速やかに信用できるルートで送られる。なのにクロを拾って二月(ふたつき)も過ぎようという今になってこの手紙が来ることが、ホルダン追放の後のやり取りだということらしい。

 それが事実ならあの時のジジイ、人当たりのいい笑顔で親切に見せておいて悪いこと考えてやがったんだな。


「モノにもよるが……奴隷の首輪なんぞは元々まともに戻ってこないことのほうが多い。ましてやゴズフレズ領なら、これまでに(さば)いた獣人は百なんてもんじゃないはずだ。黙ってりゃあ一つ一つ追いかけたりはしてないだろうにな」


「それが筋なら、仕方ないですよ。隠蔽(いんぺい)を頼むわけにもいきません」


 ゴズフレズ家からの依頼を受けてここまで手紙を届け、俺の人相と出頭の意思を確認した二人組の冒険者は報告のためにすぐに帰っていった。

 捕縛や連行までは仕事に含まれていなかったのは幸いだったが、冒険者ギルドへも正式に話を通されてしまったので知らんふりもできない。


「まあ現時点では、罪状やら賠償やらの話にはなってない。商会が向こうへ送った報告書が俺の知ってるものと同じなら、申し開きもできなくもないからな。これで行かないほうがマズいことになる。覚悟して行ってこい」


 戦の影響で獣人を嫌う東方領域では、奴隷としてであってもクロを連れて歩けば面倒なことになる可能性があるらしい。しかしこのゴズフレズ家の紋章入りの手紙は周辺地域では効力がありそうだ。

 わしらこの大貴族様にお呼ばれしとる客やで? 妨げてええんか? 後で困らんかな? てなもんだ。


「……はい。ありがとうございます。面倒をおかけしました。謝りに行きます」


 確か東へは、北回りに隣の領地へ向かう道があったはずだ。ウィルク様と同じ北の伯爵様傘下の領主だから行き来の便もいいと聞いた。乗合馬車なんかもけっこう頻繁に出てた気がする。

 別に金にも困ってないから、いい旅夢気分で行こう。手紙の内容がそんなに物騒でもないなら、何が起こるかなんて今から気に病んだってどうにもならないしな。






「ほんとにそれでいいの? 全速力で行って、めいっぱい頭下げたほうが感じよくない? お金だって、めちゃくちゃ払わされるかもよ?」


 ……コイツはまたはっとさせるような理屈を言うね。

 獣人のくせにそういう人づきあいの機微ってやつもわかるのかよ。自分のことはぽやっとしてるのにな。あと獣人には土下座は通じるのか?


 冒険者ギルドから帰った晩、宿での夕食後にクロとこれからのことを話す。まだ暖炉には火が欲しい夜だな。


「地図も見せてもらったんだけどな、目的のゴズフレズ侯爵領へはここから最短で経路を取っても他の領地を三つ越えないといかん。さらに領内に入ってから侯爵様のおわす城塞都市までも距離がある。一般の歩きの巡礼者なんかだと、天候や休息を考慮したら三週間を超える旅程らしい」


(とお)っ! あたし一人だったら絶対帰れてないわ……」


 俺達の全速力だとどれくらいで行けるかな? あの二人組も報告に帰ってるはずだから、度を越して速すぎても面倒なことになるよね。


「手紙には期日までは記されていないから、一月(ひとつき)くらいは見込んでくれてるんじゃないか? 道中で多少何かあっても俺達ならそうはかからんだろ」


 食料ギルドが定期的に出してる東への商隊の出発が……確か安息日の翌日だったはずだ。乗合馬車もそれに合流して出るから、挨拶や旅の準備をする時間は十分にあるな。



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