第50話 暖かくなったら本気出す
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「おい。坊主お前……そんなところで何やってんだ?」
「おっ。エリックさんお疲れ様です。お帰りなさい。王都はどうでしたか?」
ギルド受付嬢クレールさんの肩越しにカウンター向こうから声をかけてきたのは二週間ぶりにエブールに帰ってきたベテラン冒険者エリックさんだった。
帰路に商隊の護衛を引き受けてきたらしく、その報酬の預入と町への帰還を報告に来たらしい。
「ああ。なかなか能力と人柄を両立する治癒魔法使いは見つからねえな。やっぱり教会を通さないとまともな引き受け手はいねえ……じゃねえよ。お前東へ発ったんじゃないのか? 何やってんだ」
「いやぁこの組合の書類複写の仕事が寒い冬にはオイシイんですよ」
依頼そのものは木札の仕事だが、この手の細かくて面倒な事務作業は引き受ける人間がいないらしい。ギルドとしても誰にでも頼める仕事でもないから困っていたようだ。
鉄札が引き受けるには報酬は少ないが、色々と勉強になる。暖かい室内で危険がないのもいい。もちろん扱う書類は機密や重要なものではなく公開されている資料や記録ばかりだ。
「……この調子で何故か毎日、他の人がやらないで残る木札の仕事ばかりをずっとやってくれてます。今日はこんなこと言ってますけど、下水の修繕も厩舎の掃除も施療院の下働きもキツかろうが寒かろうが何でもです」
「はあ? 何じゃそりゃ。クロの親探しは?」
「……あいつが春まで旅に出たくないって言うんです。寒い冬の野宿が嫌なんですって。で、暖かくなるまでは……ここにいることになりました」
「おいおい。まあ、お前らの問題だから勝手だが。で、何でそんな仕事してんだ。十日やそこらでなくなるような報酬じゃなかったぞ? また違う獣人でも買ったのか?」
「いやいや、人前で何てこと言うんですか。社会勉強ですよ。僕も小さい村の出身ですから見る物全部が珍しくて。この町の仕事はいろいろあって楽しいですよ」
身体強化がマジで有能だ。普通の肉体労働なら日の出から日没まで働いたところで全く疲れない。体温保持もできるから寒い水仕事も平気だ。ならば時間のある内に色々と経験を積んでおくことは後々役に立つ。それ自体が楽しい。
「ほんとに変な奴だな。……単に魔力の無駄遣いでしかないと思うが。それに普通そんな力のあるヤツはもっと賢い稼ぎ方をしてるだろう?」
「ふふふっ。エリックさんそれくらいで。気が変わられたら困ります。ウチの組合としては救いの神なんですから。……はい、こちらも入金処理は完了です。明細をどうぞ」
「お。すまねえ。じゃあ、坊主はまだしばらくこの町にいるのか。なら積もる話もあるんだ。今晩クロも一緒に飯ッッ!!?」
「きゃっ! 何事でしょうか?」
エリックさんの話を遮ってギルドの表で大きな金属音が響く。
入口の扉を開けて入って来たのはあいつだ。おい寒いから扉はすぐに閉めろよ。俺が怒られるだろうが。
「レノ! 獲物獲って来たわ。買い取って」
「俺は受付じゃないから。こっちのお姉さんに言いな……っておい、なんだその猪生きてるじゃないか! 檻はどうしたんだ?」
外の通りには囚人の護送車というやつだろうか。馬車に似た形の鉄製の檻がそれ一台だけで横転している。中で元気に暴れているのはでかい猪だ。
「引きずってたら門で衛兵が貸してくれた。そのままじゃ入れられないって」
自力で引っ張って来たのか。手を離すから倒れるんだよ。危ねえな。怒られるのは俺だぞ。
「……生け捕りのほうが値は高いとは言ったけど、普通に考えてそんな大物は迷惑だろ……」
積荷が暴れて檻ごと動くため、驚いた通行人が足を止めている。邪魔だし危ないから移動させないといかん。慌てて外へと出る。
「はっはっは。元気そうだなクロ。……こりゃあいい猪だ。坊主が処理したら値がつくぞ」
「あっ! 私も魔力で処理されたお肉の噂は聞いたことがあります! 臭みが全くなくて旨みだけが凝縮されてるとか、冬を越しても凍ったままで日持ちする上に瑞々しいままだとか。レノさんってそんなこともできるんですか!?」
「レノのよりおいしい肉はない。やってくれる?」
「六の鐘までは仕事だから裏口へ回って中庭に置いて来い。遅くなるかもしれないけど少しは持って帰るから宿の女将さんに話通しとけよ?」
「うん! 食べずに待ってるから早くね!」
ひょっとしたらあの人は食材持ち込みも嫌がるかもしれん。しかし料理をする人ならあの肉は驚くはずだ。
……あ、ウィルク様のところにも持って行かんとマズイかな。
クレールさんに檻の面倒をお願いしようとしたが、振り向くと路上で複数の人間に囲まれている。もうすでにこの場で肉の売買交渉が始まっているようだ。
近隣の店の人やどこから聞きつけたのか商人や料理人らしき人が集まり、口々に大声を張り上げている。なんだかケンカになりそうだ。……いくらなんでも速すぎだろう。本当かどうかもわからないのに。
「クロが着てる毛皮のせいだな。八年前の熊肉を覚えてる奴も多い。……こんなのが獲れるとわかれば明日からお前らは専業猟師だ。指名依頼が殺到するぞ?」
「!」
コートの下でも尻尾が動いているのがわかる。まあ、こいつ狩り好きだからな。あと何だかんだ実は俺と一緒にいたいんじゃないかとも思ってる。
俺が普段やってる仕事は町中で他人と一緒のものばかりだから、誘ってもついては来ない。仕方ないから別行動にするが、宿に置いて出かけると機嫌が悪くなるのは完全に犬のそれだ。
……やれやれ。こんなことならたまには散歩に連れて行くべきだったかな。
「……それで南のラタ村を通った時はお前ん家にも世話になったよ。あの女の子も元気そうだな。お前の話めちゃくちゃ聞かれたぜ? あんな子が待ってるのに獣人なんか買いやがって」
机で書類を整理する俺にカウンター越しにエリックさんが話かける。買ったわけではない。むしろ罠だったのだ。
もはやギルドでも町中でも俺とクロは有名人になってしまったので、公の場ではそういう妙な話は控えてほしい。
表はもうすぐ日も暮れるがここ鉄札側の窓口には俺達しかいない。クロは全身泥だらけだったので先に宿に帰らせた。
向こうの木札側は大勢の報酬の支払いに修羅場だ。クレールさん頑張れ。
「……それと親父さんすごく嬉しそうだったぞ。領主様のお役に立てたかってな。酒も飯もうまいのを御馳走になった。坊主がまだいるんだったら、手紙を預かってくるんだったなぁ。……お前は発つ前に書いておけよ? 時間があるなら帰ってもいいくらいだ。危険な東へ向かったと聞いて心配してたぞ」
まだ村を出て一ヶ月くらいだが、ミリルもみんなも変わりはないようだな。
おっさんはラタ村ではクロに関する話は詳しくはしてないらしい。俺が冒険者として仕事をしたゴブリンの話と、その時の仲間の頼みで東へ行ったとだけだ。気を利かせてくれたのと、面倒臭かったのと両方だろうけど。
……しゃーない自分で手紙でも書いておくか。別にやましいことはしていない。やましいことはしてないが、稼いだ金でミリルには何か土産も送っておこう。
それに東へ行けば万が一帰って来られないかもしれない。いずれ町へ出てくると言っていた件はウィルク様に頼んでおけば、もしもの時はたぶん面倒を見てくれるだろう。コネって素晴らしい。
「ありがとうございます。身内の話が聞けてよかったです」
「……おっともうこんな時間か。悪い、邪魔をしたな。まだここにいるのならまた一緒に飯でも食いに行こうぜ。じゃあな」
エリックさんがギルドを出た直後、暗くなったエブールの町に六の鐘が響く。
無駄話はしていたが、頼まれた以上の分量の仕事はすでにこなしている。報告をして上がろう。俺以外の職員さんは誰も定時に帰る様子はない。木札のカウンターにもまだまだ人がいるし。
クレールさんによると、猪の解体には鐘に合わせて例の酒場の料理人が手伝いに来てくれるらしい。一番忙しい時間帯だろうにこっちが優先なのか。
確かに魔力仕事だけ提供して後は本職に任せるのが理想だな。俺も楽ができるし良い肉がとれそうだ。
「レイノルド君、もう調理場で準備して皆待っているよ。不備があったら連絡するから、それはそのままにして早く行きなさい」
「あ。すみませんお疲れ様です。じゃあ後お願いします」
命を懸けて体を張る冒険者は夢ではあったけど、こんな緩い日常も悪いものではないなあ。




