第05話 魔力の使い方
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村は北側に広い麦畑を持ち、南は森と山が広がっている。が、村の南に畑がないわけではない。村の南にも森との間に草原が広がり、そこを農地として利用している者もいる。
見張り台はそこで畑仕事をする村人を守ることも考慮して、猟師のエドさんがふさわしい場所を見定めた。
森に入らないとしても、村の南の畑までも放棄するわけにはいかないという結論になったからだ。そして熊が現れたとしたら、最も近いであろうその人達を狙うと想定して直近の柵から順に補強していく。
汗ばむ日差しと青空の下、そこでは二十人ほどの村人が声を掛け合いながら作業にかかっていた。その中で一緒に資材を運ぶ父を見つけて声をかける。
「……それで教会へ帰ってもらったよ。昨夜大変だったんだからいいでしょ? テオドル様のことも考えてあげないとかわいそうだよ」
「……うん。確かに今神官様が動けなくなりでもしたら大事だ。お休みになっていただこう。それと教会へ逃げることについても他の皆に言っておく。お前にはまだここの仕事は危ないから帰りなさい」
「じゃあ邪魔にならないところで見てる」
そう言って少し離れたところから作業全体をぼんやりと眺める。穴を掘ったり、木材を切ったり、石を運ぶ村人の中に何人か違和感を覚える者がいたからだ。
もともと建築や土木の技術を持つ職人ではあるのだろう、いかにも鍛え上げられた身体をしている。しかし、他と比べて技術以上に作業の量やスピードに違いが見える。
昨夜のミハルの大怪我に手当てを施すテオドル様。その時によく似た不思議な力を感じる。昨日まではなかった感覚だ。
「……魔力を使って身体能力を強化している?」
思考が日本語の独り言となってつい口からこぼれる。ふむ、そういう使い方もできるのか。さらに作業の邪魔にならないよう、その場から後ろに下がり建物の壁に寄って地面に腰を下ろす。
他人が魔力を使っているところは見た。使っているであろう状態も何となくわかる。自分にも魔力があるとしたらどうすれば動かせる? 今はまだないのか? あることがわからないのか?
目をつぶって体中に意識を這わせる。胸か、腹か、頭か、手か。ウチの使用人のジェーンは指先に火をつけていた。魔法でつけたなら指先に魔力を動かすはずだ。先生は手で診察して止血していた。身体よりも腕の方が熱のようなものを持っていた気がする。
右手に力を込めて開いたり閉じたりしてみる。血管が見える。血の流れか。手首を押さえて脈を取ってみる。……んー? 筋、筋肉、骨。
……ダメだわからん。前世でも子供の頃手からエネルギー波的なものを出そうとしたことがあったな。その時と全く同じだ。何も起こらない普通の手だ。
「……レノ様こんなところで座り込んで何してるんですか?」
「おわっ!」
ビックリした! ジェーンか。いきなり横から声をかけられて幼児らしからぬ驚き方をしてしまった。
周りを見渡すと、母さんや近所の奥さん連中が作業していた村人へ食事を配っている。昼の休憩のようだ。だとしたら二時間近くは夢想していたと思われる。
「ちょっと魔法について考えてたんだ。柵を建ててるおじさん達が凄いなあと思って。魔法ってあんなこともできるんだね」
「…………そうですね。人より重い物が持てたり、大きな木がすぐに切れたり、長く仕事ができたりもしますね」
「ジェーンはどんなことができるの?」
「私はほんの少しですよ。旦那様と、男性の方と同じくらいには仕事ができます。後は属性魔法の初歩の初歩がちょっと使えるだけです。下手に使うとすぐ魔力切れになっちゃうんですけどね」
「……火の他には何があるの?」
「……うーん。……奥様には内緒にしてくださいますね? 水と風と土、火を加えて四元素といいます。それぞれ基本の元素呪文を詠唱して魔力を現象に変えます。すみません、難しくてわからないですよね? 私も教えるのは得意じゃないんです」
「ううん。何となくわかるよ。ありがとうジェーン。じゃあ火みたいに水も土も手から出せるの?」
「私の魔力では本当にちょっとです。風と火はまだいいんですが水と土は魔力をたくさん使いますので」
そういってジェーンは目をつぶり、右手を広げて何やらボソボソとつぶやき始めた。一応俺に聞こえないように詠唱しているようだ。
ジェーンの右手に魔力が集まり、人差し指の先からぽとりと一滴の雫が地面へ落ちた。
「…………汗?」
「違いますっ! まだ午後も仕事があるんですからお見せするにはこのくらいです!」
「へえ、すごいや。じゃあ魔力の多い魔法使いはたくさん水を出せるってことか。川がなくても畑ができるね。どうやって魔力をみ」
「はい、それは教えられません。それにそんな使い方をしてたらお伽話の伝説の魔法使いでも死んじゃいますよ」
ずに変えるの? とは言わせてくれなかった。元素魔法があり、元素毎に魔力使用量の違いがあるのか。風や火は空気があるから現象? を起こしやすいんだろうか。
水や土は魔力の物質化だから効率が悪いんだろうなあ。だとすれば一般的には鉄砲水や山津波みたいな攻撃魔法はかなり難しそうだ。その辺の奴らはぽんぽん撃ってはこないと考えてもよさそうだ。
「ちぇっ。わかったよ。あ、母さんがこっちを見てる。帰るみたいだよ。今の話はお互い内緒だね」
優しいが大事なところはきちんと抑えるウチの使用人がにっこりと微笑む。
……と、よく考えたら昼も食べずに熱中していた。腹は減ったし食事をおろそかにするつもりもない。魔法についてはゆっくり考えるとして今は自分も帰って昼飯にしよう。
森を向こうに望む草原には再び村人たちの掛け声と作業の音が響き始めた。
それから二日が経った。ミハルの婆ちゃんがひょっこり帰ってくるということもなく、一縷の望みを抱いていた村の人たちもさすがに覚悟を決めた。
ひょっとしての奇跡もないが、村が更なる危機に見舞われるということもまだない。昼夜見張りを続ける南の森は依然として静かなままだ。
じりじりと緊張を保った中、皆がほっとする報せもあった。教会で寝ていたミハルが目を覚ましたのだ。
身体に負ったケガはまだ全くと言っていいほど治っていない。大きな傷は縫合したものの、念のため魔力による止血は続けて施している。骨折は完治までだったら数ヶ月はかかる。
先生の話を聞くに、魔力を使って他人の痛みを和らげることもできるらしい。なんだそれ。便利すぎるだろ。一人で編み出してないで教え広げていくべきじゃないですかね。修得が難しいとしても。
目を覚ましたミハルから、父親であるモリスさんが時間をかけて聞き出した話をまとめると、
……薬草や食べられる野草がたくさん見つかったため、つい祖母の忠告を忘れ山道を外れて奥へ入り込んでしまった。はぐれて彷徨っていると大きな熊と遭遇した。
祖母のもとへあわてて戻ったが追いかけてきた熊からは逃げ切れず、祖母は孫の盾となった。何とか逃げおおせたミハルも足を踏み外して山道を滑り落ちた。ということらしい。
お婆ちゃんが帰らないまま三日三晩寝ていたと知ったミハルは泣き出してしまい、今は先生の魔力によって再び眠りに落ちている。麻酔か睡眠導入も自在のようだ。
「先生。予測どおりではありますが良くない事態ですね」
「ええ。……ですがこのまま村長の予測どおりに事が進み、討伐隊が間に合うことを信じるしかありません……」
しかし事はそう簡単にはいかなかった。翌日、村に一軒だけ存在する酒場に来た旅人が手紙を請け負っていた。使いに出た者からの報告が返ってきたのだ。
ちなみにその旅人はこの村で人手を募集しているという噂を聞きつけて仕事を探しに来たが、熊の魔物の話を聞いて留まるか帰るか迷っているらしい。危険な状況の分、村から出る報酬もそれなりだ。
村長である父さんのもとに届いた手紙によると、東の村で近隣に滞在する冒険者の噂を聞きつけ、更にもう一つ隣の村まで行って会うことはできた。が、魔物の討伐を依頼したところ断られてしまったとのことだ。
「……やはり北の町からの知らせを待つ他はないか……。レノ、お前絶対に村から出るんじゃあないぞ?」
「わかってるよ父さん。今の僕じゃ普通の猪だって勝てないよ」
大人のように魔力が使えたら……ちょっとやってみたい気はするが。