第47話 奸計
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「……えらく静かね? 普通ならもっと荷役や馬車の出入りがあるんじゃない? 安息日っていつだっけ?」
おおい! エルミラさん、休みもなければお祈りにも行ってないのかよ。そりゃ教会にも嫌われますわ。
エブールの町の東、市壁の外にあるホルダンさん所有の倉庫。その敷地を守る門は開け放たれているが内側は閑散としているようだ。普段の状態は知らないが、今ここから見える人影は少ない。
昨日の夕方、東門から壁の外へ出るのを衛兵が確認したというホルダンさんは、もうすでにこの町にはいないのかもしれない。
領主ウィルク様への反逆の容疑があるその爺さんに速やかに領主館にご同行願うため、俺とエリックさん、魔法使いのエルミラさんと領主護衛のマントの男の四人は潜伏先と思われる倉庫を訪れた。
……言われなければ倉庫とは思えない上等な家屋敷だ。町の中とは違って土地の余裕があるせいか結構な広さがある。市壁の外な分、守りの面では不安もあるが。
マントの護衛さんが門の中に見つけた下働きを呼び、領主の使いの訪問を告げてホルダンさんへの取次ぎを頼む。先触れは出してないらしいが、早朝に店と自宅にも連絡が来たのなら予想も準備もないということはないだろう。
しばらく後、下働きが駆け込んだ奥の建物から見覚えのある男が出てきた。クロを引き取った時にも会ったあの物腰柔らかな強面だ。
「これは。エルミラ様。御無沙汰をしております。……申し訳ありません。主は今出迎えに身支度をしております。お通しするように言われておりますのでこちらへどうぞ」
お。いるのか。
「……フィガロさんと言ったかしら? 随分とお疲れのご様子、お忙しそうですわね? にしては人も荷も見当たらない気がするのですが」
「昨日大口の取引がありましてね。全員徹夜の作業で今朝方ようやく荷の送り出しが終わったところです。主は先程まで休んでおりましたので。すぐに参ります」
エルミラさんは俺達三人を見て小さく頷き、フィガロさんの後に続いて門の中へ入る。今のはアイコンタクトか?
「申し訳ございません。ここは普段お客様をお連れするような場所ではないので、汚いところで恐縮ですがどうぞ」
通された建物は普通に倉庫だ。広々とした土間に天井が高く、木箱や穀物の袋が少し積んであるだけでがらんとしている。隅にあるのは休憩所だろうか。大き目のテーブルとイスがいくつもある。
……ここで待てということか。もっとマシな部屋くらいありそうなもんだが。
「私達は座ってゆっくりお茶を飲みに来たワケではないのだけれど」
「それは残念です。とっておきを用意していたのですが。……でしたら、このまま始めましょうか」
……あッ!! マジか! 領主相手に本気か!?
「エリックさん! 結界です!」
「何ッ!?」
俺達が驚くと同時に後ろの扉から大きな音が響く。蹴りつけてもびくともしないそれは外から何かで塞がれたようだ。倉庫内の空気はすぐに重くなり、身体強化の魔力は全身から霧散する。これはかなり強力な結界なんじゃないのか?
俺達は即座に壁を背にエルミラさんを三人で囲み、剣を抜く。フィガロが上げた手を合図に積み上げられた木箱の後ろから武器を持った男達が現れる。
「全員殺せ。いかにコリンズの兵が強かろうと所詮は魔力頼りだ」
くっ! 俺達を囲む敵の魔力は感知できない。が、この状況で向こうに身体強化が無いわけがない。
……落ち着け! 奴らの殺意は明確だ。人間相手だが、殺らなければ殺られる!
奴らの手には剣、槍、金属製の棍棒……、その顔つきも足運びも商人のそれとは思えない。人数もこっちとは倍以上違う。
市壁の外とは言え、昨日の今日で準備が良過ぎじゃないか? マジで領主と事を構えるつもりだったのか?
「領地一の魔法使いも、結界の中ではただの女。あなたが死ねばあの若造領主は何もできない。他の領地へ逃げる私を捕まえることも難しいでしょうなぁ」
……向こうの大きな扉は荷物の搬入用か? 内側にかかっている閂が見える。あそこから何とかエルミラさんだけでも……
「おい、護衛のおっさん。エルミラ様と坊主だけでも脱出させたい。あの両扉まで突っ切るぞ」
おっとエリックさんも考えることは一緒か。っと危ね! 敵の振り下ろした剣を横から打ち落として逸らす! ちっ。魔力で強化された打ち込みは重い。まともには受けられないな。まずは何とかして包囲を突破だ!
「その必要はない。お前らは少しの間お嬢を守っていろ」
「できるだけ生かしておいてくださいね?」
えっ? とマントの男に視線をやるとすでにそこにはいない。代わりに手首ごと剣を落とされた敵が二人転げまわっている。
「ひッ、ヒいっ!」
「あっぎゃぁッ!」
目に入る光景に一瞬理解が追いつかない。速っや!
マントのおっさん、いや爺さんか? あっという間に槍を構えた敵の懐に入り、その柄もろとも右腕を斬り飛ばす。
「ば、馬鹿が、一人だけ突っ込んできてどうする!」
俺達から離れた爺さんを奴らが取り囲む。いくら何でもそうなったら、って俺も他所見してはいられない! 詰め寄ってくる敵の剣を弾いて牽制する。
丸腰で魔力の使えないエルミラさんには指一本触れさせはしない。爺さんが前に出てくれたおかげで、こっちへ向かってくる敵は少なくなった。
傭兵崩れの用心棒はゴブリンよりも手強いが、防げない相手ではない。身体強化が使えない程度の危機はもう経験済みだ。頼らない心積もりもしている。
エリックさんももともと魔力がないからか、こういう状況でも落ち着いている。盾じゃないショートソードでも守りに徹すればコイツらでも容易には抜けないな。
「ぐぉっ!!」
「があッ!」
凄い。あの人、背中にも目があるようだ……。前後左右の斬り込みを滑るようにかわし、反撃で手足を断ち落としていく。
首や腹を攻撃しないのはひょっとして急所を外しているつもりだろうか? それ普通に死ぬダメージですよ。
「なっ、何なんだ! こいつ人間じゃねえ!」
「おい旦那! 獣人はいないはずだろ!?」
おっと。聞き捨てならない泣き言が聞こえた。そういうことか。
「ちっ! 押し包め! 掻き付いてでも足を止めろ!」
すでに何人もが倉庫の土間の血の海に倒れ、呻き踠く阿鼻叫喚の中、フィガロの怒号が響く。俺達の包囲も緩んだが、加勢に混ざることもできずマントの男の戦いを見守る。
ダメだ。あれは捉えられない。人間とは質の違う動きと速さだ。
「……欲をかかずにさっさと身一つで逃げれば良かったんじゃないかしら?」
「…………」
さっきまでの優位な状況では割と饒舌だったフィガロは、縛り上げられてからは口を利かなくなった。両腕の骨は砕かれているので痛みのせいもあるのだろうが、繋がっているだけ軽傷なほうだ。
俺達を囲んだ商会の用心棒は二十人もいたが、こちら側の四人、正確にはマントの護衛こと獣人の爺さん一人に指一本触れることもできずにぶちのめされた。
……今もエルミラさんの傍でフードを被ったままなので顔は見えないが、その声と物言いは若くなかったはずだ。
「エリックさんも知らなかったんですか?」
「……ああ。タダ者じゃないとは思っていたが、話をしたことはないし腕前を見るのも初めてだ。本物は恐ろしいなんてモノじゃないな。さっきのと比べたらお前の連れはまだ可愛いほうだわ」
こちらは魔力を封じられて包囲もほぼ完全な状態だったが、瞬く間に十人ほどが無力化され、結界の壁として俺達を閉じ込めた倉庫はそのまま彼らにとっても退路を塞ぐ檻になった。
数が同数になる前には戦意を持つ者はいなくなり投降。悪あがきに隙を突こうとしたフィガロはエリックさんに叩き伏せられた。
今、フィガロの部下どもはエリックさんが呼んできた領主兵達によって拘束され手当を受けている。ちなみに気絶している奴らは俺が応急手当てをしてやった。
エリックさんには殺されるところだった敵に対して魔力の無駄だと言われたが、魔力治癒の経験を積むチャンスでもある。かなり試行錯誤はしたが、さすがにどう頑張っても繋げることはできなかった。
「エルミラ様! 拘束されて気を失っているホルダンが見つかりました!」
「いましたか。では連れて帰りましょう。後は指示の通りにお願いしますね」




