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第46話 令状はあんのか? その令嬢じゃねえよ連れて来んな

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 窓の外ではたくさんの庭木がその枝をざわざわと大きく揺らしている。青い空は見えるが、霧を吹いたような雲も少なくない。

 眺めているだけで震えが来そうな冬の風景だが、さすがは領主の館だ。しっかりとした立て付けで隙間風などは微塵も感じない。

 ……町の宿や村の倉庫とはやっぱり全然違うなあ。


「……坊主は気付いてたのか?」


 領地を襲ったゴブリンの群れは、人為的な陰謀で間違いないだろう。発見された証拠の指輪。その奴隷環(どれいかん)に刻まれた前領主の紋章によって、この町で古くから奴隷を商うホルダンさんの関与の可能性が浮かび上がる。


 エルミラ様から告げられたその名に驚くエリックさんと特に驚かないウィルク様。そりゃ領主様だから、概要は先に聞かされてるよね。


「既に今朝、夜が明けてからホルダンの店と屋敷に使いを送ったのですが……両方とも不在でした。そのまま調べさせたところ、昨日の夕方に東の門から市壁の外に出ていたことがわかっています」


 タブ村の騒ぎも広まっているだろうし、俺達が大慌てで帰ってきたことも大商会の主ならすぐに耳に入るか。


「さらに市壁の外にあるホルダン所有の倉庫で、昨夜何らかの動きがあったことも情報を掴みました」


「……まあ、今のところまだ証拠がはっきりしてないからね。兵士を繰出して囲むワケにもいかないんだ。本人から話を聞きたいんだけど……壁の外でだと万が一もあり得るよね」


「で、今から少数精鋭で向かおうと思います。私と後ろの彼、事情を理解していて実力もあるあなた達三人にも手伝ってほしかったんだけど……」


 家宅捜索はできないから任意同行で事情聴取ってところか。


「連れの娘とやらはどうした?」


 うおッ! ウィルク様の側付きの護衛であるマントの男が突然喋った。混ざってくるとは思わなかった。びびるわ。


「……あ、あー。クロはですね、昨日広場の屋台で食べた物が悪かったらしくて、腹を下して宿で寝込んでます」


「まじか。そんなヤワな奴じゃねえだろが」


 なんか珍しい他所の地方の魚料理が出てて食べたら具合悪くなったらしい。

 下痢は病原菌を身体から排出するための作用だから、魔力治癒(まりょくちゆ)で止めるわけにはいかない。宿の女将には銀貨を渡して世話を頼んである。

 ……後で中央広場に行って屋台の親父に文句を言ってやろう。


「ありゃ。そりゃ災難だったね。具合が悪いのなら無理はさせられないな。じゃあエリック、レノの二人か。急な話で悪いけど、一仕事頼むよ。この部屋まで連れて来てくれないかな」


 仕事の依頼なら、冒険者として断る理由はない。あの爺さんは切れ者だから荒事にはならないと思うけど。

 ……クロをもらった恩はあるが、反逆の容疑があるとなれば別の話だ。




 町の南西にある領主館から東へ向かう。先頭にマントの男、次にエルミラさんが続き、後ろに俺とエリックさんが付いて歩く。


 朝と言うにはもう遅い頃合、十時を回って通りはかなり賑やかだが、周囲の人の流れが俺達を避けて行くので面倒はない。

 相手もすでに昨日から動いているので急ぎたいところだが、余計な騒ぎになってもまずいので走るわけにはいかないらしい。あくまで商人を訪ねて倉庫を訪問するという(てい)だ。


 エリックさんも斧や盾は無しで、鎧もつけていない。俺も場違いな毛皮は脱いで揃いのマントを貸してもらった。男三人は護衛に扮して腰に帯びた剣だけで、対象であるエルミラさんは丸腰だ。


 ……封建領主だったら、商人屋敷ぐらい気に入らねえという理由だけで、平気で兵士を集めてカチ込みそうなイメージがあったが。


「おいおい。そんな横暴なことして恨みを買えばこっちの館も焼かれるぜ。領主様も同じ町で暮らす人間なんだ。人付き合いと信用はおろそかにはできねえ。何かの間違いだったらホルダンさんの顔を潰すんだぜ?」


 へえ。前領主の統治下で奴隷の商いを一手に扱ってたのが爺さんだったのなら、あの指輪って決定的な証拠にはならないまでも限りなくアウトに近い気がするが。


「……坊主。領主っつってもな、ここエブールじゃ領地内の施政は、各組合(ギルド)の長や教会との合議に近い。あの爺さんも酒場や娼館、宿屋なんかをまとめる商業組合(ギルド)の重鎮なんだ」


 エリックさんは顔を近づけて、エルミラさんに聞こえないように声を潜めて事情を教えてくれた。


 獣人との戦争で、出兵していた前領主エルブランド家はかなり大きな失敗をして当主を失ったらしい。同じく伯爵の旗下(きか)で代わりに大手柄を立てたのがウィルク様の親父さんだったので、エルブランドは取り潰され、空き領地にコリンズが貴族として取り立てられた。

 確か戦にはウチの村からも徴兵されたので、俺の爺さんもこの戦に出て死んだと聞かされている。てことは領主が変わって三十年くらいか?


「そんだけ経ってるのに町の古い人間にとってはいまだに私達は他所者(よそもの)なのよ?」


 おお。普通に会話に混ざるエルミラさん。聴覚強化も言わずもがな、だな。

 ……他の人が一緒の時は割とシュッとしてたが、このマントの護衛さんは気安い間柄なのかな?


「い、いやぁそこまでではないと思いますがね……」


 取り繕うおっさんは無視しながらエルミラさんは俺の横に並び、領主一家の微妙な立場についても話をしてくれた。


 戦が終わった後は平和が長く続いているため収穫は安定しており、食料ギルドは割と好意的らしい。老舗の大商人、職人親方衆は前領主とも繋がりが強かったのでやや敵対気味の中立。

 冒険者ギルドはどこの領地でも基本的に領主とは一定の距離を取るようで、組織の方針として中立。しかし今のギルド長は少し前に中央から派遣されてきた人で、同じような他所者ということで逆に関係がいいくらいらしい。

 仲が悪いのは教会。前領主エルブランド家は、昔からこの土地を治める伝統ある貴族で信仰にも厚かった。戦で爵位を得た成り上がりのコリンズ家とは比べるべくもない。

 問題のホルダンさんは商業ギルドの重鎮で奴隷商。東から西へ高値で取引される赤子の獣人奴隷の取り扱いで対立中と。


 ……てかこんな話おおっぴらに外でしたらマズくないすか?


「ふっふっふ。今回私達の騎士団が伯爵様の手を煩わせることなく、犠牲者無しでタブ村を救ったことはとても大きいのです。領内でのコリンズ家の求心力は間違いなく高まります!」


 あー。魔物もいるし、領主に求められるのはまず武力ってところは中世だな。


「腹の立つ古老達も少しは静かになるでしょう。全てあなたのおかげです。人目がなければ抱きしめて振り回してますよ?」


 一応周囲に気は使っているようだ。


「……子供のくせにこんな話にもついてくるし、あなたホントにウチに入って私の跡継いでくれない? アルマ様にオルビアもつけるから!」


 ぶほっ。だから主の娘を勝手にやるな。孫をオマケ扱いすな。


 まあ、この人に弟子入りすれば魔法の修行は捗りそうだが、まだ冒険者も始めたばかりだからな。行けるものなら色々な領地や国を見て回りたい。やることも一つは決まってる。まずは東だ。


 ていうか本人の意志を確認せずにそういう話を進めるのはあまり好きじゃない。オルビアさんには彼女の気持ちがあるだろう。ねえエリックさん。


「ん? ああ、終わったら見舞いにくらい行かなきゃな」


 あれ? よくあるパターン、でもないのかな。




 東門を抜けて市壁外の集落を進む。詰所の兵士はこれまで通った時よりも人数が多く、物々しい雰囲気だった。

 兵士の少ないエブールでは通常、町民も労役として門の衛兵を担うらしい。今朝は東門に正規兵を多めに配置し、他は民兵が仕事に当たっているとのことだ。


「……お、見えたぞ坊主。ホルダンさんの商会の倉庫はあれだ」


 市壁の中とは違い、区画整理もされていないような雑然とした町並み。立ち並ぶ屋根の向こうに少し作りの大きな複数の建物が目立つ。東の街道にほど近い好立地で、敷地は防犯のための丈夫な壁でしっかり囲まれているようだ。


 ほどなく到着した立派な門は、倉庫というよりは大商人の別宅と呼ぶに相応しい作りだった。



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