第44話 発見
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ゴブリン百五十匹の夜襲を退けたタブ村の防衛戦から三日後、奴らの巣と思われる東の峡谷の廃鉱山への残党狩りに向かうことになった。
一応は領主の命を受けた討伐隊だが、兵士四名と冒険者三名の小規模なものだ。
これは別に敵を侮っているわけではない。先日の防衛戦で全ての騎士兵士を動員した直後だ。エブールという田舎の小さな領地では無い袖は振れないのだ。
さらに壊滅させた三百という数はおそらく、食糧を食い尽くして人里へ現れた群れの総戦力であろう。食う物も戦う力もない残党相手という読みは騎士のイグナスさんとも魔法使いのエルミラさんとも一致した。
……タブ村での守城戦を見るに平和な小領地であっても兵士達は鍛えられているようだ。さすがは戦の手柄で爵位と領地を手に入れただけのことはある。この七人で討伐に失敗するような頭数は残っていないだろう。
昨日は森の中の廃村で野営し、今朝は早くから東へ移動だ。おっさん連中は昨夜かなり賑やかだったので、出発の遅れを心配したがそんな素人はいなかった。
予定通りなら廃鉱山への到着は昼頃だったが……。
「お。どうだった? このまま進んでも問題ないか?」
「ダメ。先の吊り橋はとっくに朽ちてて使えない。回り道は手前に降りられる所があった。それと……」
斥候として先を確認し、戻ってきたクロから報告を受ける。
森を通っていた道は進むにつれて傾斜がきつくなるとともに、草木は目に見えて減った。三時間ほど歩いた今ではもう完全に緑はなくなり、赤茶けた岩肌をさらす険しい峡谷にはぽつぽつと足元に枯草が残るのみだ。
今通っている切り立った崖道は鉱山が掘られていた当時に必要に応じて作られたものだろう。馬車一台程度が通るには十分な広さがあるが、整備もされずにいた今では落石や崩落も少なくない。ゴブリン共が直近に使ったであろう迂回路を探すのは鼻の利く彼女の仕事だ。
「エリックさん、皆さん。この先に低く削られたような山が見えるようです。目的の鉱山町もその辺りですね。このまま進めば一刻といったところでしょうか」
「よし、じゃあそこまでに一旦休憩を入れたほうがいいな。……いいすか?」
「承知した。では安全に休めそうな場所を探しながら行こう」
隊長さんの指示に兵士達も頷く。俺達人間の中じゃ一人だけ魔力のないエリックさんがキツくない程度には速度を上げようか。
「……いるぜ。小僧の言うとおりだ」
「いや小僧呼ばわりはマズいですよ! レイノルドさんあの建物に十匹ですか?」
「レノで結構です。正確には把握できませんがそれくらいですね。あとは……後ろに、さらに離れてもう少しいます」
岩山の向こうに何棟か屋根が見え始めた町の入り口手前、少し距離を取った位置だ。垂直に削り出されたような山肌に身を隠しながら、見上げるようにゴブリンを視認する。
あれは元は教会だろうか。背の高い鐘楼のような石造りの建物に複数のゴブリンが集まり西の森を眺めている。もちろん俺達は馬鹿正直に道を通ってきてはいないので見つかっていない。馬と荷物は離れた位置に隠してある。
「ふむ。見張りにしては覇気がないし数も多い。あれは仲間の帰りを待ち侘びておるようにも見えるな」
「近くにいるのがレノ殿の言う通りの数ならどうってこたあないっすね。さっさと片付けちまいましょう」
隊長さんの提案により切り込む前衛は領主兵達が務めることになった。ここまでの斥候索敵はクロと俺がやってきたので、今度は領主兵の実力を見せてくれるとのことだ。じゃあ俺達三人は遠距離で射掛けるとしましょうか。
「……かかれえッ!!」
隊長の号令と共に三名の兵士が飛び出し、槍を構えて町の中へと突撃する。廃墟となった教会の庭にたむろしていたゴブリンは驚きの声を上げるが、すぐに手に棒切れを構える。まあ石ころや廃材には事欠かん場所だしな。
おっと、逃げる奴はいないのか。数の有利を見て囲みにかかったな。こっちから少し上り坂なのも不利になる。ちっ、思ったより楽な相手でもないみたいだ。
「クロ、兵士さんには当てるなよ」
「わかってるわよ」
駆け上がる兵士達を見て、迎え撃つ構えを取ったゴブリンの不意をついて俺達の矢と石が飛ぶ。一瞬で狩られた三匹に驚く残りの奴らの隙を逃さず槍が貫く。
「坊主、俺達も距離を詰めるぞ。いいか、こういう時の後衛としてはだ……」
ちょうどいい機会だとエリックさんが集団戦の援護について教えてくれた。位置取りや周囲の確認、弓での援護、前衛の負傷時の対応など、目の前で実際の戦闘を見ながらの有意義なレクチャーだ。
……こんなことができるのも初弾以降の俺達の援護を必要としない正規兵四名の実力のおかげだ。二人一組が見事な連携で全く隙なくゴブリンを仕留めていく。俺とクロにはこっちも勉強になるな。……おっと近づいてくる魔力多数だ。
「増援が来ます。年寄りばかりみたいですが思ったより戦力が残ってますね」
「んじゃ、次は今教えたことを実践といこうか」
町の西側の入り口から大通りを東へと進む。人が住んでいた頃は大きな町だったようだ。廃墟となった今も立派な石造りの建物は多く残っている。
教会に集まってきた増援と合わせて二十匹強を一通り全滅させた後、高さのある鐘楼から町を眺めてみたが、残存する魔力反応は南側の居住区に集まっていた。
北には人の手で積み上げられたような石クズの山があり、大きめの建物の残骸や広場が見えたので銅の精錬の作業場といったところだろう。魔力の反応もない。
……魔力智覚は本当に役に立つ。この広い廃墟で、全てを目視して魔物探索していたらどれだけ時間がかかったか。
「……ギッ……!」
民家の中から力のない断末魔のうめき声が耳に届く。しばらくして仕事を終えた兵士達が建物から出てきた。ここでも俺が感知した数よりも数匹多かったようだが戦闘にはならなかったみたいだ。
……魔物とはいえ、飢えて弱った小さいものに止めを刺して回るのは気分のいいものじゃないなあ。俺以外の人達はそんな感傷は全くないようだけど。
まあ生かしておいても人間には損でしかないから正解なんだが。
そこの民家が終われば次は本命だ。元は宿屋かギルドか。前方の坂の上に見える四階建ての建物には、まだ力のあるゴブリン達が残っているようだ。
「あそこが最後かね?」
「はい。今までの様子では討ち漏らしがあったとしても時間の問題だと思います」
まあ念のために明日の昼くらいまでは、時間をかけてぐるっと魔力智覚で探索はするつもりだ。
……でも思っていたよりも年寄りの数が少ない。共食いや姥捨てくらいはしててもおかしくはないだろうが。
「残りは十もいませんが、奴らに戦う意思が見えます。篭城の構えがあると思うので気をつけてください。まず僕が扉を魔法で吹き飛ばします」
「ではここも我々が斬り込もう。君らはこれまで通り周囲の警戒を頼む」
『……両手の魔力よ、風の矢となって穿て!』
強めに放った風の攻撃魔法は両開きのブ厚い木製の扉に大穴を開ける。案の定、家具をバリケードにしてはあったようだがそんなもんは無駄だ。
「うっひょ。こりゃたまらんなあ」
「感心してないで行きますよ!」
「俺達の仕事残ってるかあ?」
「気を緩めるな! さっさと突撃しろ!」
もうこの軽口も頼もしささえある。ここの制圧もあっという間だろう。
ま、俺達は玄関の外から周囲の警戒だ。油断はせずに身体強化と魔力智覚で不意打ちにも備えよう。
……ん。
何か妙な魔力の流れがあるな。集中してないとわからないような小さなものだ。建物の中からか。
お。篭城のゴブリンは全滅したな。
「ふうぅぅ。やっと終わったなぁ坊主。こりゃあなかなかの報酬になるぜ?」
「ええ。ですがちょっと気になることがあります。僕らも探索に入りましょう」
狭い建物内での戦闘も危なげなくこなした兵士さん達に労いの言葉をかけ、魔力反応の元を探して奥の部屋へ進む。
「……うおっ、こいつは!」
「気をつけて、まだ息があるわ」
魔力を辿って踏み込んだ一階最奥の広い部屋。獣の皮を用いて立派にしつらえた寝台には、横たわる老いたゴブリンがいた。
……今まで見たどのゴブリンよりも年老いている。
部屋に入った俺達を寝台から苦しそうに睨みつける。
魔力反応からも、か細いうめき声からもかなり弱っていると見える。
近づく俺から逃れようとしているのか必死に身をよじっているが、身体を起こすこともできないようだ。
先ほどからの不思議な魔力反応はこいつのものだ。魔法使いか?
……いや。……この魔力の流れに似たものは覚えがある。触れたことがある。
ゴブリンの身体から染み出すような魔力反応は右胸の下か。
と気づいたと同時に、長老ゴブリンは息絶えた。
……不思議な魔力の流れも止まる。
毛皮の上着と、奪ったものであろう下にまとう人間の衣服を切り裂く。一見特に異常のない痩せたあばら骨に、よく見ると小さな異物が瘤のように浮かぶ。
ナイフで丁寧に肉を裂き剥がし、固く丸みのある異物を覆う血は風の魔法で吹き散らす。
……そこには肋骨に通して嵌められた一つの指輪があった。
折れた様子のある骨は長い時を経て治癒している。噛み込むように固着したその指輪には……俺には読めない文字がびっしりと掘り込まれていた。




