第43話 再び廃鉱山へ
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「戻りました。見つけられたものは全て灰にした上で、一応埋めて来ました。これ耳です」
「お疲れ様です。あ、結構な数ですね。確かにお預かりします。エルミラ様はまだですが、戻られたら休んでいただくよう言われております。こちらへどうぞ」
「あ、いや部屋の場所は知っています。それでは申し訳ありませんが、僕らは先に休ませていただきます」
「では、すぐにお部屋に温かい物をお持ちします」
集会所に詰めていた兵士の先導を断ってクロと二人、隣の物置に移動する。
真夜中のタブ村はいまだ煌々と篝火に照らされたままだ。村人や留守居の兵士の一部はまだ柵の外の後片付けを続けているようだ。
エルミラさんの指示は明日の朝、陽が登ってからみんなで取り掛かるので今夜はゆっくり休むように、だったんだが。
まあ腐りにくい冬とは言え、村の周りや大事な畑に無数のゴブリンの死体が散乱している状況では、落ち着いて眠れないだろう。一刻も早く何とかしたい気持ちもわかる。
「……あー、疲れたぁ。やっぱり買われる相手間違えた気がするわ」
「最後までつきあわせて悪かったよ。寝床はお前の分もちゃんと頼んであるから」
時刻はすでに日付も変わって夜中の二時だか三時といった頃合だろう。夜七時頃から始まったタブ村の防衛戦は約四時間弱にわたって繰り広げられ、その日のうちには何とか終息させることができた。
今の俺達は逃げ出した生き残りの掃討から帰ってきたところだ。
昨日、東から食料を求めて攻めてきた約百五十のゴブリン共は、ついに最後までまともに村の中へ侵入することはできなかった。
北や南西など守りの手薄な所に回りこまれる危機もあったが、領主騎士団の見事な対応と村人達の必死の協力によりことごとくを撃退した。
参加した冒険者の俺達も、エリックさんは後方でケガ人の治療や補給にあたり、俺とクロは前線に出て戦った。
騎士団などに混ざって戦うのはもちろん初めてだったが、何とか足を引っ張らずには済んだようだ。
今の段階で判明しているこちらの死者数はゼロ。重傷者も矢面に立って奮戦した領主兵が数名で、村人のケガは軽いものばかりらしい。
兵の少ない田舎の小領地に突如三百匹ものゴブリンが侵攻という大事だったが、その規模にしては奇跡的に軽微な被害と言えるだろう。
……最初の突撃を凌がれた後、正面をこじ開けるのが難しいと悟ったゴブリン共は、何とかして入り込もうと別の侵入口を探して村の周囲へ散らばった。
そのためこちらの反撃によって着実に数を減らされていたことに、すぐには気が付かなかったようだ。
三時間以上柵の外から攻め立てたものの、おびただしい仲間の死体が目に入ってついに怖気づき、侵入を諦めて逃げ出した奴らに今度はこちらから追撃をかける。
おそらく拠点である東へ帰ろうとする大方のゴブリンをエルミラさんとイグナスさん以下領主騎士団が騎乗して追跡し、数は多くないが北と南に逃げた奴らは目と鼻と足の良い俺達二人が追いかけた。
疲弊した逃げ足はかなり遅く、魔力智覚で確認できたものは全て追いついて息の根を止めたつもりだが、逃れたゴブリンもゼロではないだろう。
しかし俺達の第一報によって事態の発覚した五日前から、領内全てにゴブリンに対する厳重な警戒命令が出ているので、少数であれば被害もそれほどにはならないと思われる。
「終わった終わったー! 明日何食べよっかなー」
扉をあけてすぐ、クロが装備を投げ捨てて寝床にダイブする。
おーおー。お前はホントによくやってくれた。何でも食わしてやるし、風呂にも入れてやろう。だが全部終わったわけではない。まだ廃鉱山の後始末があるのだ。
おい。ゴブリンの返り血塗れの服のままで寝るんじゃない。洗うから着替えろ。あと今日のところは手拭いで蒸しタオル作るから、身体も拭いてから寝てくれ。
「……うぉ。あそこにもある。何匹目だ?」
「もう数えちゃいねえよ。半分なんて絶対吹いてやがると思ってたが……マジだわこれ」
「おい、お前ら無駄口を叩くな」
「領地の恩人に無礼ですよ。聞こえても知りませんからね」
後ろをついてくる領主兵が森の中に転がるゴブリンの死体を見て呟く。聞こえてますけど。
……ああ、そうか。あの二人は全部終わった後の、昨日交代でやってきた兵士か。領内の警戒にあたっていた兵は南のブエラ村にもいたんだったな。
タブ村での戦いから三日後。今、俺達冒険者チーム三人は再び廃鉱山を目指して東へと進んでいる。巣に残っているであろうゴブリンの残党を殲滅するためだ。
危機を乗り越えた翌日、疲れを押して領主騎士団が昼と晩と村の周囲を広範囲に捜索したが、生き残りや新手が見つかることはなかったらしい。俺が確認した三百という数は、おそらくこの群れで戦えるゴブリンの全てだろう。
片付けた死体にも年老いたモノや小さすぎるモノはほとんど見られなかったので、それらの多くは巣に残されていると考えられる。
脅威となるような個体は少ないにしても、全体の規模から考えれば巣にいる数も馬鹿にはできない。それを考慮してエルミラさんは比較的元気な兵士を四名つけてくれた。
総動員された領主騎士団はその後も村人と協力して後片付けにあたっていたが、あまり長く町の守りを空けたままにもしておけないということで、一定の区切りをつけてエブールへ帰還した。俺達の出発と同じ今朝のことだ。
二日間で死体は全て綺麗に始末をつけたが、打ち壊された家屋までは元通りとはいかず、タブ村の人々は今も復旧作業に追われている。踏み荒らされてしまった畑も次の収穫はかなり厳しいものになるだろう。
しかし避難していた子供と老人も無事に帰村し、誰も命を落とすことのなかった村人達の表情は明るい。エルミラ様も徴税については最大限の配慮をするそうだ。
……後は最後の仕上げだ。
といっても状況としては残りは餓死ですでに全滅、も有り得る。あれだけの大侵攻の後すぐに第二波がやってくるというのも考えにくいから、慌てる必要はそんなにないと思う。
領主兵もこの機会を生かして、道中は地形の視察なども行いながらのゆっくりとした移動だ。今夜は森の中の廃村で野営し、廃鉱山への到着は明日の昼頃の予定になっている。
もちろん警戒は怠っていないが、ここまでは魔力智覚にも反応はない。ちなみに岩山までの平地は馬車で送ってもらったので楽で早かった。
「エリック! あれは? けっこう大きい!」
「ああ、あれはうまいぞ。どれ、狙ってみるか」
今日の森の上空には大小様々な種類の野鳥の群れをよく見かける。木の枝で羽根を休める大型の鳥も少なくない。
前回とは違う獲物の多さにクロが興奮気味だ。食料の現地調達はできないつもりだったから嬉しい誤算だろう。
……味が良くて食いでのありそうな鳥でも、それらが今になって増えている理由を考えると、少し食欲が失せるのは転生してる俺だけの感覚だろうか。辺りの茂みの中にはネズミかイタチのような小動物の気配も前より多く感じられる。
「……! ……やったっ! 取ってくる! レノ!」
「わかってるよ。……エリックさんあれじゃ足りないですよ。人数もいますから」
「だよな。すまん坊主、弓はお前のほうが上だ。手伝ってくれるか?」
「了解っす。咥えてくるヤツはいるから楽ですね。作るのは頼みますよ」
「廃村に使える石窯でも残ってればなあ」
「詳しく教えてください。直すか作るかしますから」
会話を聞いていた後ろの兵士達の表情も露骨に明るくなる。みんなエリックさんの腕前は知ってるんだな。
密かに期待はしていたようだが立場上はっきりとは頼みづらかったらしい。小声の会話だが聞こえてるっての。
「……ごほん。あー、レイノルド君。今夜の野営の場所はまだ先かね?」
「もうすぐです。割としっかり建物が残ってますから、ゆっくり休めますよ」
今回は往復で四、五日ほどの予定だが馬を二頭連れて来ており、軽くない荷物はそれぞれに積んである。
俺が足止めに崩した山道をゴブリンが直してあるとは思わなかったから、俺達にも馬を貸してくれるという申し出は断っちゃったんだよなあ。
平地から岩山への地形を念入りに調査してたら様子が違ってたので、クロを確認に走らせたら馬くらいは通れるようになっていた。
送りの馬車隊から荷運びに二頭借りられただけでもよしとしよう。
……野営に向かう彼等の喜びようには酒の話も漏れ聞こえる。必要以上に持って来てそうだな。
大丈夫か? 一応これも討伐隊なんだよな?




