第42話 なんかあれ三倍のやつ。いや剣道じゃなくて
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「……おい、見てみろクロ。綺麗だぞ」
冬の夜の寒さに乾燥した空気のおかげで、頭上には今にも降ってきそうな満天の星空が輝く。しかし隣に立つ獣人の少女の表情は思ったようには輝かなかった。
「言ってる場合か。聞こえてるでしょあれ」
篝火は全て消されているので星空以外は目に入らないが、ムードをぶち壊す不快な集団のうめき声は距離のある櫓の上でも耳に障る。
いくら腹を立てても柵の外の棄てた家にはお前らの欲しい物は残していない。
暗闇の中をその群れが、建物を打ち壊しながら村の中心を目指してやってくる。先頭が柵に近づいた時、突然後方から五つの魔力反応が打ち上がった。
エルミラさん達による照明の魔法だ。空中高く浮遊した五つの光はタブ村の東の柵周辺を明るく照らし出す。
驚きに上がるゴブリンの声と同時に、全ての篝火にも火が点けられた。後方から響く騎士イグナスさんの号令に兵士達が声を上げて応じる。戦闘開始だ。
まずは弓。高所の櫓にそれぞれ陣取る俺と領主兵四名、屋根の上の村人の弓達者十名が視界を得ると同時に射掛ける。
俺の矢も領主騎士団の良いヤツをもらってるから遠くの敵も楽勝で狙える。
あ。しっかり盾持ってやがんな。さらに向こうも弓と投石で反撃してきたので、村人達は怯んでしまった。全員で釣瓶打ちとはいかないか。
こっちに飛んでくる矢はクロが完璧に叩き落としてくれるから、俺は射撃に集中できるけど。村人の弓持ちも戸板の盾役と二人一組だ。
ゴブリンは手に棒切れを振り回し、柵に突撃する振動とともに雄叫びを上げる。返事のように村人達の悲鳴が上がる。
大丈夫だ。このために正面の柵はかなり堅い。兵士達の合図で村人が一斉に柵に槍を突き入れる。
おおう、グギャグギャうるっせえ。
魔法の光に照らされて戦場は昼のように明るい。俺は櫓の上から見渡し、身体のでかい戦士ゴブリンを探して矢を放つ。ゴブリン共は陣形もクソもなく百メートルほどにわたって柵に群がろうとしている。
柵を挟んで迎えうつこちら側は中央に長槍兵士が二小隊八名。その左右に村人の槍隊も十本ずつ。村人が本数なのは二人で一本を扱ってるやつらもいるからだ。
後ろから監督する兵士の合図に合わせてひたすら突くと引くを繰り返す。槍十本一組の村人は動きが悪くなるとすぐに後ろの控えと交代だ。
兵士もそうだが、全員で敵に一斉攻撃というわけではない。素人の村人の負担を抑えるために人数を細かく分け、予備戦力を多めにしてこまめなローテーションを組んでいる。
さらに敵百五十の突撃を防ぐための柵は外周の家屋を潰し、その材料で村の中に作られている。
密集した民家同士を繋ぐように組まれているので家そのものも城壁だ。その屋根には角度を付けて斜めに打ち込まれた柵がネズミ返しのようによじ登るゴブリンを防ぐ。これはいやらしい。
あっ。
少し余裕を感じた瞬間、魔法の照明が四つ、ぽんぽんぽんと順番に落ちる。効果時間短!
これは複数の元素を操作する複合魔法なので制御が難しいらしい。一つを残して暗くなったため村人に悲鳴と動揺が広がる。
イグナスさんが再び大声で全体を鼓舞し、兵士達も声を張り上げて士気を保つ。間をおかず照明魔法が二つすぐに打ち上がったので再び戦場は明るさを取り戻す。こっちも交代制のようだ。やっぱり全員で連発はできないか。
「降りるぞクロ。ここからは指揮所で待機。西側の備えだ」
「はーい」
敵はほとんどがこびりつくように柵に取り付いた。射線が取れず、味方にも近いので矢はもう撃てない。俺とクロは櫓を蹴って飛び下りる。
中央で振るう兵士達の槍は的確に死体の山を築いているが、両サイドの村人達は拙く、柵を登るのを防ぐ牽制程度にしかなっていない。必然、中央の柵をゴブリンが避けるようになり、敵は南北二手に分かれる動きになった。そろそろだな。
「ほら、坊主。足りるか?」
「ありがとうございます。ケガ人はどうですか?」
「まだ大したことはねえ。さすがだよ。来ていなかったらと思うとゾッとするな」
後方で指揮所兼救護所となっている集会所で予備の矢を受け取る。村の女性陣を指揮するのはエリックさんだ。今のところ敵との直接の接触はなく、ケガ人も軽い矢傷の者と転んだ者、肩や腕を痛めた村人くらいのようだ。
一息ついて村のおばさんが差し出してくれた水をもらい、クロと二人で飲む。
……お。動きが変わった。闇雲に登るのをやめて柵の手薄な所を探し始めたか。
「レイノルド君。出番だ。一緒に来てくれるか」
「うっす」
ゴブリンの動きを感知したところでイグナスさんが現われる。
東の指揮はエルミラさんに任せてきたようだ。正面をガチガチに固めた分、それ以外は穴もある。特に子供老人の避難に使われた北門は固める時間がなかった。
「まずは北門ですね。三十ほど近づいてます。南にも少数が回ってますが……」
「そっちはエルミラ様が手配している。我々はまず北に集中だ」
指揮所を出て北へ走る。村の中にも篝火がいくつも焚かれ、要所要所への目印になっている。火の番をしている村人の会釈に返事を返す。
村を囲む柵はだいたい直径にして六百メートル程の広さで、実際には円ではなく歪な多角形だ。南北の街道に沿って少し縦長だが、遠くはない。
イグナスさん以下魔法使い二名、兵士四名に遅れて村人二十数名が続く。槍衾が整うまでに時間稼ぎがいるな。
到着と同時に魔法使いが照明を一つ打ち上げ、数を数え始める。カウントダウンが点灯時間か。柵の直上に一つの光源では明るさがかなり心許ない。俺は攻撃よりも暗視強化と魔力智覚でサポートに回ろう。
「はああッ!」
イグナスさんの一瞬の突きで柵向こうのゴブリンの頭が三つ弾け飛ぶ。組み上げた丸太の隙間から恐ろしい精度だ。兵士達もそれぞれが槍を突いて敵を仕留める。
俺は前には出ずに、暗闇で柵を壊そうとしている奴らの位置を兵士に伝えながら魔力を練る。
『両手の魔力よ、大風となって吹け!』
駆けつけてきた村人に降り注ぐ石を防ぎ、魔法使いの男を背にかばう。
「あ、あなたは身体強化と攻撃魔法を同時に使えるのですか?」
「え、できないんですか? クロ! そっちの姉さんを守れ。灯りが無くなったら何もできんぞ!」
北の柵は以前からある物のようで少し古く、高さもない。これは入られるな。
「村人の一組は盾を持たせろ! 頭上からの攻撃に気をつけろ!」
手数は減るが仕方ない。盾を掲げる者と槍を突く者達が一組で柵向こうへ攻撃を仕掛ける。ばらばらと振ってくる石は小さくない。
女性の魔法使いが照明を打ち上げると、入れ替わるように一つ目の光は消えた。おそらく初めての戦場だろうが、同じミスはしないところはエルミラさんの弟子というわけか。
「うっ、うわああぁっ!!」
叫び声に振り向くとゴブリン三匹が柵の内側に入り込んでいる! 着地に村人が二人蹴飛ばされたようだ。しかし即座に兵士が取り囲んで突き殺す。
「怯むな! 数は減っている。もう少しだ! 我々が守る!」
「おっ、おおおおおぉぉっ!!」
兵士の即応とイグナスさんの激励に村人も声を上げる。柵の向こうは残り十四匹か。飛び道具がうざいな……。
取り付いて登るよりも槍の穂先から距離をとり、柵そのものを壊そうという攻撃もうっとうしい。
「イグナスさん、僕達が外へ出ます。魔法使いのお二人をお願いします」
「やってくれるか? 頼む」
北門以外の、他の場所にも回りこむゴブリンを感知したのでここばかりに時間はかけられない。
クロと二人で柵を駆け上がり飛び越える。投石のゴブリンと柵の前のゴブリンは少し距離があるので各個撃破は容易だ。囲まれる前に端からなぎ払う!
今日一日森の中で苦労したおかげで、ゴブリンの動きには慣れた。
しかもこいつらは昼に戦った奴らよりも身体が小さい。この平地で十匹程度ならもう遅れは取らない。背中の心配もないからな。
「おおおっ! や、やったああっ」
「……いい連携だ。二人とも冒険者なんかにしておくのは惜しいな」
クロが逃げ出した最後のゴブリンの首を刎ねて息の根を止めた。柵向こうの村人達も歓声を上げて安堵する。魔力反応によれば東側の敵もかなり減っている。
……やはり数が同じくらいなら守城側が有利というのは本当のようだ。
昼に倒したボスには部下を動かす知恵があったようだから……もしいたらこんなもんじゃなかっただろうな。殺しておいてよかった。
「イグナスさん次は南西です。奴ら集めて押し込めてある家畜に目をつけたみたいですよ」
「ああ。こちらにも応援要請が来ている。しかしここを放置するわけにはいかん。人を残しつつ一度指揮所に戻ってから向かおう」
「僕らはこのまま柵の外を回ります。敵の数ももうだいぶ減ってますから」
「わかった。無理はしなくていいが、できれば一匹も逃がしたくはない。頼むぞ」
もうそろそろ数が減ったことに気づいて怖気づく頃合だろう。領内の安全のためには逃がすわけにはいかない。




