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第41話 援軍

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 陽が落ちて闇に包まれた草原を西へ向かって走る。


 身体強化により暗視能力の向上も可能なので岩や(くぼ)みを避けるのは問題ないが、東の岩山が見えなくなってからは方角が怪しい。

 この街道は先の村が廃村となって久しく、道がはっきりとは残っていない。一応は周りの景色を頼りにタブ村に向かっているつもりなんだけど。


 日中一度通っただけの原っぱを日暮れに逆走しているからさらに不安だ。前世の地球とは並びが違うので星空もあてにできない。


 ……おっとっと。あれかな? ちょっとズレたけどだいたいあってたな。


 横一文字に区切られた濃紺の星空と暗闇の大地。その地平線の遠目にいくつもの(あか)りが浮かび上がる。距離的にタブ村で間違いないと思うが、異様な数だ。


 あの明るさはもしかして篝火(かがりび)だろうか。……ということは村の人達は戦うつもりなのか。


 よし。クロ達もいるし、こちらも目立つように魔法で灯りを掲げながら近づけば見張りに撃たれることはないだろう。ゴブリン共が村にやってくるまでは二時間もないはずだ。できるだけの準備をしておかねば。


 ……。


 あれ? 村の中にかなり大きな魔力反応がある。感じられるその質は気持ち悪い魔物のものじゃあないから……ええっ!? 現場に? もう!?






「……思っていたよりもかなり元気そうね? 良かったわ」


 手に炎を(とも)しながら村へ近づいた俺を最初に出迎えてくれた魔力反応は、やはり領主配下の魔法使いエルミラさんだった。その周りには鎧姿の人がついている。


 ……おいおい、他にもけっこう連れて来てるな。村人レベルじゃない魔力反応が多数いるぞ。


 意外な状況に驚いていると、彼女は寒いでしょう、と村の中央にある集会所へと案内してくれた。建物の中ではタブ村の村長さん他年配の人が数名テーブルを囲んで座っている。どうやら詳しい情報を持つ俺の到着を待っていたようだ。


「……しかし半分も倒してくるなんて無茶をし過ぎです。その足ならすぐに町まで報告に帰ってきてもよかったのに」


「すみません。実のところヤバかったです」


「でもよくやってくれましたね。……結果的には事態を把握してからの対応は最善といってよいでしょう。あなた達の働きで多くの命が助かります。こちらも全ての騎士兵士を連れて来ていますからね」


「ええっ!? これ全部来てるんですか? それでは領主様や町の守りは……」


側付(そばづき)の護衛が一人います。館の中で彼がいれば問題はないでしょう」


 話によると彼女は報告を受けて即座に動き、エブールの町に残る正規兵十六名と弟子の魔法使い四名を連れて馬を飛ばし、可能な限りの速さでやってきた。明るいうちには着いたらしいからムチャクチャだ。


「……それに、冒険者や兵士ではなくとも自分達の住む場所を守るために戦う者はいますよ。エブールにも、この村にも」


「レイノルド様、それで小鬼族(ゴブリン)は今どこに?」


 村長さんの問いを受けて自分の報告をする。

 あの後、岩山の道を抜けてきたゴブリンは約百五十。俺達と戦った残りの五十は先行部隊に追いつき合流したようだ。半壊した部隊の恐怖と焦りが伝播(でんぱ)したような足取りは速く、村が近いことを知っているのか陽が落ちても休む様子はなかった。

 一時間後、生き残って村を襲いにやってくる百五十の相手は早朝の雑魚のような楽な戦いにはならないだろう。


「そ、そんな数が……。本当なのか。く、なぜ私の村がこんなことに……」


 村長さんはまだ信じられないようだ。


「……わかりました。後は私達に任せてあなたは休みなさい。村長さん彼に食事をお願いします」


「いえ、食事はいただきますが大丈夫です。この後の話を聞かせてください」


 両手に魔力を込めてアピールするとエルミラさんが目を見開く。


「あ、あなた……。朝から今まで動きづめなのよね?」


 正確には昨夜の一時頃からだ。体力維持もできる身体強化マジ優秀。魔法使いの集団とか絶対ケンカしちゃダメ。

 あ、でもエルミラさん達に魔力回復の赤ポーションの余裕があるのなら念のために買わせてもらいたい。町を出る時の買い物ではクソ高かったので用意しなかったのだ。


「ではエルミラ様、後は私が。……レイノルド君、お疲れのところすまない。騎士のイグナスだ。覚えているか?」


 ああ。エブールの町の南門にいたアゴの四角い衛兵さんだ。今夜はゴツい金属鎧をこともなげに着こなしている。絶対強い。

 彼がいいと言うので村長さんからもらった食事をとりながら作戦の全容を聞く。エルミラさんは外の状況を確認して来ますと言って集会所を出ていった。


「戦力の大半は素人の村人。基本的には安全策だ。柵越しに長柄(ながえ)の槍で突き殺していく」


「なるほど。そのために今暗い中で火を()いて全員で作業中なわけですね」


 閉め切って暖を取る集会所の中でも作業の音と掛け声が四方から聞こえる。


 村にいる戦力はエルミラさん達魔法使い五名と領主兵十七名、俺達冒険者三名。家や家畜、財産を守るため戦うことを決めた村人が百四十九名。子供老人は荷車と馬を使って夕方から北の町エブールへ向かっているそうだ。そちらにも兵士が三名護衛に割かれている。


 エリックさんの報告で駐在の領主兵が避難を促した時は半信半疑で動かなかった村人達も、北からすぐに駆け付けた騎士団を見て腰を抜かしたらしい。

 戦う力の無い者はわずかな荷物ですぐに移動を始め、それ以外の者は兵士の指示に従って村を砦にする作業にかかった。


 村の外周に位置する家屋は廃棄し柵を移動させる。兵士はもちろん村人にも身体強化を使える者がいるので、複数でかかればその手の作業は短時間で可能だ。


「ああ。しかし守るに(やす)いとはいえ、村を存続させるためにはあまり囲いを小さくすることもできない。時間もなく、守りの堅い所はそのまま残したので広さは元の村の八割ほどもある。……必然、防備の弱い所もいくつかできてしまう。小鬼族(ゴブリン)に狙われては不味い箇所はここだ」


 兵士がテーブルに図面を広げる。用意がいい。紙には大雑把に描かれた村の図。縦線の南北の街道に貫かれた丸い円は村を囲む柵ということだろう。円周上に複数箇所のバツ印が書かれている。


「広い村の周囲全てに十分な人員を配置することはできない。加えてこの夜の闇。人よりも夜目の利く(いま)々しい小鬼族(ゴブリン)が相手。……そこで頼もしいのは君の持つ魔力智覚(まりょくちかく)だ」


 うん。多少は知能のあるゴブリンだ。数を頼りに押し寄せて来るだろうが、守りが固いと見れば回り込むくらいのことはするだろう。


 彼が言うにはこの場で魔力智覚が使えるのは俺とエルミラさんだけなので、正面の東に彼女が、裏手の西側に俺が立ち、奴らの攻め口を捉えて人を動かして叩く。西の部隊はイグナスさんが指揮するらしい。

 確かに暗い中で、少ない戦力を必要な場所に必要なだけ持って行くには魔力智覚が不可欠だ。


「申し訳ないが、今夜は私の指揮に従ってもらえるだろうか? 当然君達の安全は優先する」


「もちろんです。というかエルミラ様が来てくれなかったら、備えもなく僕ら三人だけでしたからね。ありがたいのはこっちですよ」


 その後、戻ってきたエルミラさんと村長達も含めて柵の整備状況を確認、状況に応じた対応や細かい注意事項を詰めていく。

 よかった。全てにおいて人命最優先で作戦が立てられている。うまくいけば村人の犠牲は防げそうだ。






「終わった?」


「うおっ! いたのか、すまん」


 会議が終わり、声がかかるまでは休むようにと集会所隣の物置を個室として案内された。とりあえず荷物を置いてからクロを探そうと、扉を開けるとそこに本人が座っていた。……兵士さんも教えてくれよ。


「いや、人がいなくて暖かいところはここしかなかった」


 こいつは案内されたのではなく潜り込んでいたようだ。物置なのに炭が置かれ、火を灯したランタンと寝床が用意してあるのは……たぶんエルミラさんが俺のために手配してくれたからだろう。ボロボロの戦闘不能で戻ってくると思ってたのかもしれない。


「エリックさんにはちゃんと伝えてくれたようだな。飯は食ったか? もらったらちゃんとお礼言うんだぞ」


「……あのおばさん馴れ馴れしい」


 嫌なことがあったらしく顔をしかめる。……何となくどんな様子だったか想像ができるな。


「まあそう言うな。一応依頼主のお偉いさんだから。できるだけ愛想よくしといてくれよ」


「あとはあいつらに任せておしまい?」


「いやいや、まだだよ。けど、お前は俺と一緒にいて俺の言う事聞いてればいい。何かさせろとかは特に言われてないし」


 クロが小さく溜息をついたその時、扉がノックされる。


「……エルミラ様がお呼びです。すぐにお願いします」


 おっと。もう来たか。俺にはわからんということは、エルミラさんの魔力智覚の射程は俺より広いのか。



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