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第40話 山火事ガン無視で森ごと焼いた方が楽だった

40


「…………はぁ、はぁ。……うん。やっぱりこっちへ来てない、な。……ふぅ」


「……はー。ちょっと休憩。治った?」


「おう。元に戻ったみたいだ。お前ケガはないか? 背中は?」


「大したことない。……いいって! それはやめて」


 そこまで言うなら本当に大丈夫か。やせ我慢という感じでもない。


 激しい戦闘と逃走で吹き出た汗も、日差しの届かない森の中ではすぐに冷える。アドレナリン出まくりの興奮状態も収まってきた。

 さっきまでは百を超すゴブリンに追いかけ回されて生死の間際にいたが、ボスを仕留めて逃げおおせたことで状況はかなりマシになった。

 逃げながら結構な数を削りもしたしな。


 全力の魔力を込めた弓の長距離射撃でボスを討ち取ることには成功した。しかしその後、指揮官をやられて浮き足立つ奴らの囲みを突破し、とにかく距離を取ろうとしたものの、最後に全力で放った矢の一撃のせいか身体に魔力が戻らなくなってしまった。

 止む無く素の体力のまま、道無き木々の間を必死に逃げ走ること数分、今さっきやっと魔力が回復した。感知できるようになったゴブリンの魔力反応ではこちらへ追撃を試みる者がいないこともわかった。


 魔力智覚(まりょくちかく)の射程が一キロ未満だから、五分(ごふん)もはかかってないか?


 いや、マジで焦った。もう魔力使えなくなったかと思った。一度に限界まで消費すると一定時間回復するまでの無防備状態があるんだな。撃ちまくっての魔力切れとは違う初めての感覚だ。

 魔力は生命力の一部みたいだから、自己防衛の為のリミッターのようなものなのだろうか。体内にまだ魔力が残っているのに引き出せなくなるとは。


 ……ということは今まで全力の魔力で撃ってたつもりの魔法も、全然そうじゃあなかったってことだな。

 ま、使ってる呪文も簡単なほうだろうし、魔力の扱いもまだまだ未熟だからな。


 時間が経った今は元通り違和感もなく、残りの魔力もまだ十分だ。かなり消耗はしているがまだまだ戦える。

 さっきの感覚で言うと、体内に存在するであろう魔力と身体に満ちている魔力は別の(うつわ)なのだろう。普段は身体の魔力を使いながら、体内から順次補給されているわけだ。長時間魔力を使い続けられる内容量があっても、一撃で放つことのできる魔力には上限があるということだな。もちろんそれを連発することもできない。


 うん。死ぬかと思うような危機に(ひん)すれば、学ぶことも多い。自分の身にも予想できないことが起こる。いい経験になった。


「……どうするの? 休んでても大丈夫?」


「あ? ああ。……敵は、固まって西へ動き始めた。たぶん最初に分かれた別部隊と合流するつもりのようだ。あのデカい親分格をやられたからかな」


 俺達を探し回っていた奴らも集まり、再び一つの群れへと戻った魔力反応の塊はだいぶ小さくなった。東へ逃げ帰るゴブリンもいる。北へ散る奴らはよほど恐れをなしたようだ。どこか人里へ出るかもしれないが今はどうしようもない。


 ……む。西へ進もうという意思を持つゴブリンどもは速いな。

 数を減らした分、気力体力に余裕のある奴らが多いようだ。俺達という脅威から身を守るためにも合流を急いでいるのか。


「クロ、走れるか? 先に行った奴らを追おう。霧もとっくに晴れたし、こいつらはもう警戒しているから手は出せない。ほれ、食いながら行くぞ」


「!!」


 手持ちの食料からお気に入りだろう高いほうの干し肉を全部渡す。無茶をさせた()びだ。あと水がないから川を探してもらおうか。今このビスケット食ったら喉に詰まらせて死ぬかもしれん。






 身体強化さえ使えれば森の中であっても集団のゴブリンなどよりははるかに速く移動できる。

 さっきやり合った部隊は置き去りにして西へ向かって森を抜け、元来た岩山の道へ戻る。ほぼ一本道なので一時間も走らないうちにタブ村へ進む別の群れを捉えることができた。


 わかってはいたが、こちらも百に近い数がいる。さらにこの地形も奇襲をかけるには最適とは言えない。五十メートルほどの敵の隊列は蛇行し、魔法の一撃で焼くことができるのは少数だ。

 道を挟む斜面の勾配(こうばい)も緩いため、高所から魔法を射掛けて数匹焼いたとしてもさっきと同じように取り囲まれる恐れがある。

 事前に準備をしてないとできることは少ないな……。


 結局ここでの戦闘もあきらめ、群れを大きく迂回して追い越す。その後も道沿いに使えそうな場所を探すが、二対百で戦えるような都合の良い地形などそうそう見つからず、いくつかの隘路(あいろ)を崩して塞いで嫌がらせをするだけに留まった。


 ……いかんな。やはりまともにやるには数が多過ぎだ。せめてもう一人盾役が、エリックさんがいないと怖すぎる。

 ひょっとして熟練のおっさんならこの状況でも何か思いついたかもなあ。




「……道が広くなるわ。村まではもう少しね」


 荒地の向こうに開けた緑の丘が見え始めた。岩山の間を走り抜けて平地に出たところで足を止める。うろこ雲の空はまだ青いが風は冷えてきた。もう夕方も近い。

 もちろんこの場に味方の軍が布陣している、ということもない。タブ村までは残り約十キロといったところだ。


 エリックさんに頼んではあったが、村の方角の空に狼煙の合図も見えない。彼が予定どおり昼前に着いていたとしても全員避難完了というのは無理難題だろう。

 ここを離れてしまえば遮蔽物も高所も無くなり、もう打つ手は完全にない。最後の手段としてはタブまで戻って人手を頼るしか思いつかない。

 村には盗賊に対する警戒でしっかりとした柵が備えてあったことが救いだ。


 何もしてなければ三百のゴブリンがもうそろそろ村に着いていただろうから……稼げた時間は四時間くらいか。

 足止めとしては大した成果ではないが、頭を潰して数を半分には減らせた。村に引き込んで戦えば少なくない犠牲者も出るだろうが、他に手立てがない。


「クロは一人で先に村へ戻れ。エリックさんがいるはずだから状況を伝えるんだ。俺はここで小鬼族(ゴブリン)を待って、奴らの動きを確認してから帰る」


 距離的には八割方タブ、違っても北のエブールだろうが、万が一南に向かったら対応を変えなきゃならん。


「わかったわ。どのくらいかかるの?」


「二つの群れが合流して、ここまで来ると……暗くはなるだろうな。奴らも朝から歩き通しなんだし、この草原なら狩りの獲物もいるから……もう一晩くらい休んでくれねえかな?」


「まっすぐ村に行くと考えとくべきでしょ。あと(かね)二つ分ってとこかしら」


 うん。理解が速くて助かる。希望的観測もしない。冒険者のパートナーとしては掘り出し物だったな。こいつをタダでくれた奴隷商人のホルダンさんにはどれだけ感謝しても足りない。もし面倒ごとを頼まれたとしても無下(むげ)には断れないなあ。


「そうだな。それまで飯でも食って休んどけ。俺がいなくてもエリックさんが一緒だから大丈夫だよな? 困ったら頼れよ。あと小遣いも渡しておくから。村の人には迷惑かけるんじゃないぞ?」


「子供か! それくらいわかってるわ」


 ちょっと多めに銀貨を渡しておく。俺達ならここから村まで三十分(さんじっぷん)もかからないから何かあっても行き来は容易(たやす)い。


 ……おおぅ。あいつ一人だともっと速えな。伝言しっかり頼んだぞ。


 さて、ゴブリン共が来るまで休憩しながら自作の矢を補充しておくか。魔力智覚の範囲内で身を隠せる林を探そう。



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