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第38話 蛇食いまでは死ぬほどやったけど4は未プレイ

38


「……というわけでこの森に食える獣はいない。おかげで危ない獣もいない」


「ぐぬぬ」


 エブールの領地の東にある深い森。日暮れが近づいたため、辺りは少し暗くなり始めた。そうでなくても人が踏み込むことなどほとんどないであろうこの森の廃村で、俺は犬の獣人娘クロと二人きりだった。

 手分けして周囲を偵察してみたが、草刈り部隊からはぐれていたゴブリンなどもなく、目下(もっか)の脅威、東の三百はまだまだ魔力智覚(まりょくちかく)の範囲にかすりもしない。仕事をするのに邪魔が入ることはなさそうだ。


「まあ、拠点の横穴に食料を取りに行く暇くらいは作るつもりだけど。それよりもさっきの話繰り返して言ってみ?」


「陽が暮れて真っ暗になったら小鬼族(ゴブリン)三百がこの村へ来て寝る。明日の朝、奴らが西へ向けて出発したら夜にはタブ村が襲われる」


「はい。防ぐために?」


「エリックが今タブ村へ知らせに向かっているけど、今夜は岩山の横穴で休むから村に着くのは明日の昼」


「猶予の半日でタブ村の人がその知らせを信じて、荷物をまとめてエブールへ逃げ着くのは?」


「無理」


「よくできました」


 こんな時のためにいくつか隠し持っていた値段の高い干し肉をやろう。


 ……おお。食いつきが違う。もうそろそろ普通に撫でても噛みつかないかな?

 いや、やめておこう。あんなに動いている尻尾を見るのは初めてだ。


「おっさんの話を聞いた兵士さん達が必死に説得してくれれば、その次の日くらいには避難に出発してもらえるかもしれんな」


「……んぐ。村からかなり離れないとだから、丸一日くらいは稼ぎたいわね!」


 そんな顔しても簡単にはやらんぞ。…………ほれ。


 実際どうなんだろうな? 緊急事態の人間心理なんて知らん。平和な領地だから日本と似たような感覚でいいのか? それとも魔物のいる世界、みんなそれなりに意識高いのか。


「ま、できることをやるだけだ。よし、そろそろ行くか。井戸の次は……」


 日没まではもう少しある。辺りが見えるうちに本格的に森で足止め工作だ。あと陽が沈みきったら近くまで戻ってきて、奴らが本当に村に留まるのかの確認はしておかないとな。


 ……ふうぅ。寒いのは平気だけど、夜眠れないのはしんどいなあ。






「……()っっっぶ!! なにコレ!? 真っ白じゃないの!」


「お。早かったな。よく眠れたか? 敵はまだ動きそうにはない。頼んでた物は、持って来てくれてるだろうな?」


「ほい」


「ん。ご苦労。……野菜もあるな。干し肉を少し残して粥にしてしまおう」


 昨日の昼からゆっくり食事する余裕がなかったからな。ここで朝飯にちょっと暖かい物を腹に入れておこう。固焼きのビスケットも煮た方がうまい。

 こんなこともあろうかと廃村で穴の開いていない小鍋を拾っておいたのだ。磨いて炙れば一回くらいは問題なく使えるだろう。


 東の廃村にいる奴らからは少し離れてるし近くにも反応はない。小さな火なら煙も大丈夫だ。

 森の小川のほとりで夜を明かした俺は、交代で仮眠して戻ってきたクロから食料を受取り、朝食の準備に取り掛かる。


 時刻は……正確にはわからないが、時期と明るさから言うと朝の六時は過ぎてるかな? 俺が川の水に魔力を流して作り出したこの(きり)がなかったらもう少し周囲の様子は視認できるはずだ。

 夜明け前の今はまだ日差しも一切見えず、冷たく青白い(もや)の中に近くの木々だけが(かす)んで見えている。さすがにこの寒さでは魔力伝導(まりょくでんどう)で体温を保たないと動きに支障が出るな。


「あんた、あたしが横穴に行ったあれから……ホントにずっと川に手、突っ込んでたの?」


「そう言っただろ。ま、たまに村のほうに動きがないかは確認に行ってたけどな。どうだ? 結構な広さで目眩ましになってんじゃないか? 風魔法で散らしながらのツラい作業だったよ。もう二度とやりたくない」


 廃村でも少しは畑をやっていた痕跡があったので、探せばそれほど遠くない所に小さな川があった。クロの鼻に頼ればすぐに見つかった。やや西向きに流れているこの川は、たぶん俺達の拠点近くの水場まで繋がっているのだろう。

 さらにこの森でもつい最近、雨が降ったのは幸運だった。水の量は十分なものがある。大気が乾燥していたらこの霧もうまくいかなかったかもしれない。


 もっとも川上ではゴブリンらも多数が水を飲みに群がったであろう魔力の動きがあったので、井戸を埋めたのは嫌がらせくらいの効果しかなかったか。


「横穴からここまでの道沿いくらいしか見てないけど……だいぶ西まで霧の中よ。これなら昨日の仕掛けも効果があるわね」


「よしよし。お前、ちゃんと寝てきただろうな? 今日は長いぞ」


 俺が取れた仮眠はだいたい昨日の二十時くらいから深夜一時くらいだ。ちょっときついが、いよいよとなったら多少の眠気は魔力でコントロールできる。一日二日の徹夜は確認済みだ。

 その間は夜目と鼻が利くクロに森の作業を任せていた。夜中に起きて交代した後、魔力のないコイツは森の中では火を焚かずに眠れないだろうから(あし)を活かして岩山の拠点へ戻らせたのだ。

 ……お、話をしてるうちに煮えたようだ。味付けは肉の塩気だけだが、火が通りゃ食えるだろう。


「お前も食うか?」


「いい。それはあんたのでしょ。あたしはエリックのを食べてきた」


 何だと。いいなあ。俺もそっちがよかった。


「……その話を聞いてしまうと、これの味気なさが一段と引立つな」


 目的は栄養補給だ。ぱぱっとかき込んで仕事にかかろう。






 刺すような冷気が漂う木々の間を進む。前方十メートルほどに、道をゆっくりと歩く二つの背中を目指して。

 やはり頭上を覆う雲と枝葉、そこに新たに加えられた霧。視界の利かない森の中でも、俺はその魔力反応を、クロは足跡に残る特有の匂いを辿り、目標との距離を見誤ることはない。


 見守るためか、見張るためか。役目にうんざりしたのか、少し離れ過ぎていたのだろう。その二つの足音が聞こえなくなったことに気が付いた者は……さらに前を行く集団にはいないようだ。


「……この最後尾の二匹は割と魔力反応が強いほうだな。戦士か」


「あの特に遅い奴らをまとめてたみたいね」


「クロ、毎回首を落としてたら小刀(ナイフ)も腕も最後までもたないぞ。喉からこう縦に突くんだ」


「わかった」


 服も毛も返り血塗(ちまみ)れだけど、躊躇(ちゅうちょ)は一切無いなコイツ。不潔なゴブリンは鈍感なほうだが、さすがにそれはちょっと落としておかんと血の匂いで気づかれそうだ。


「一応この二匹は道から外れた所に隠してから行こう。あれならすぐに追いつく」


 ゴブリンどもが廃村を出発したのは夜が明けてしばらくしてからだった。ある程度気温が上がるのを待っていたとしたら、睡眠時間を削ってまで霧を起こした甲斐があったというものだ。

 明らかに昨日よりも遅い足取りで、のそのそと西へ向かって廃村を出発した奴らを離れた位置でやり過ごし、俺とクロは隊列の後ろに回り込んだ。


 その先頭はいまだ魔力智覚(まりょくちかく)の射程内にある。数は正確にわからなくても進む方向はしっかり(とら)えているぞ。百メートルを超す大蛇の鈍間(のろま)な歩みは俺達の想定どおりのようだな。


 時間稼ぎの策として、初めは西への道に周りの木を切り倒して塞ごうかとも考えたが、廃村から森の出口の草原までは十キロ近い距離がある。

 二人で寝ずに木を倒して回っても、半端に道を塞いだがために三百のゴブリンが散り散りになって西を目指そうものなら足止めもままならない。腹を空かした奴らがバラバラになってしまうと何処へ被害が出るかわからなくなる。


 ならば逆に道を作って誘導してしまえばどうか。俺達が全て始末したが、奴らにとっては西に向かって姿の見えない先発ゴブリン部隊がいる。彼らが露払いをしていたと考えれば、歩きやすそうな道が森の中をぐるぐる回っていても疑わないのではないか。


 クロに俺の剣を貸し、自分は風魔法で。昨日の動けるうちに微妙に西には向かわない道を作ってやった。元々の痕跡も大木を避けて大岩を回り込むぐねぐね道なのだ。プラス俺が仕掛けたこの濃霧。徐々に北に向いて曲がっていてもすぐには気が付くまい。


 ゴブリンの死体を茂みに隠し、クロの頭とマントの返り血を落とす。毎回はやってられないから、次からはちょっと注意してくれよ?


 ……うん。やっぱり後ろを行く奴らはかなり弱ってるんだな。まとめ役を失ったら隊列が崩れ始めた。こいつらを削りきってからが、本番と言っていいだろう。



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