第37話 作戦会議
37
森の中を一人、西の廃村へ向かって走る。枝葉の間からわずかに見える空は厚い雲に覆われており、日差しが二重に遮られているために辺りはかなり暗い。時刻で言うならまだ午後三時くらいだと思うんだが。
明るさは心もとないが、足場はしっかりしている。奴らが整えてくれたこの道の上を、魔力による身体強化でかっ飛ばして戻れば、先に引き返しているおっさんとクロに追いつくのはすぐだろう。
本来ならば巣と思われる東の廃鉱山へと、三人チームで探索に向かっているはずだったが、ほんの一時間前に状況は大きく変化してしまった。これまで息を殺して潜んでいた無数のゴブリンが廃鉱山を離れて西へと動きだしたのだ。
目指している場所、目的は予想がつく。昨日からこの森に獣の気配がないのは、おそらくゴブリンどもが狩り尽くしたせいだろう。
廃鉱山で増え過ぎた魔物は……食料を求めて人間の領域へ移動を開始した。
だが、あの数がなぜ今になって? もっと早くタブ村やエブールへもやってくるはずだ。普通ならとっくに騒ぎになってるんじゃないのか?
……おっと、二人の背中が見えた。けっこう速いな。獣人娘のクロが余裕なのは驚くことじゃないが、おっさんも魔力が使えないにしてはなかなかの移動速度だ。鍛え上げたベテラン冒険者の健脚だな。装備も軽くはないだろうに。
よし、ここまで来てたのなら廃村まで戻って少し休憩しよう。あそこなら水場もあるし、火を焚いて煙が上がってもゴブリンどもに不審には思われない。
「……さ、三百、だと!? 間違いってことはねえのか? 魔力じゃ正確な数まではわからねえんだろ?」
「数えた訳ではありませんが、魔力反応とあわせて隊列をこの目で確認してきました。甘い見積もりはできませんから」
「三人じゃあ、……ちょっと無理ね」
多数のゴブリンの西進に気が付いた俺達は廃鉱山への移動を中止し、魔力智覚による遠距離の感知が可能な俺だけが偵察に出た。
現状を正確に把握した上で、この緊急事態を一刻も早くタブ村の領主兵に伝えるためだ。
「ただ、腹を空かせてるせいか進行は遅いです。おそらくこの廃村へ到着するのは数時間後、日没の後でしょう。……昼の奴らはそのための準備をしてたんですね。ここには大量の薪が用意してありますし、この寒さの中、夜を徹して移動するつもりはないと見ます」
「よ、よし! すぐに領主様に知らせよう。タブ村の連中が危ない。もう面子とか言ってる場合じゃねえ、伯爵様に軍をお借りするんだ。二十人ばかりのエブールの兵士じゃ村に集めても三百なんて防げない。領内の冒険者も今は頭数が足りねえ。いや、まず先にタブの奴らを村から離すべきか……」
危ないのはタブだけとは限らない。これまでは一度も町や村へは姿を見せずに、街道だけで商隊や旅人を襲ったというのだから、逆にエブールとタブの位置は把握しているだろう。
奴らがこのまま西に進行して森を抜け、岩山の窪地の道から出てしまうと、後はもう平地だからどんなルートでどっちへ動くか予想がつかない。いくら歩みが遅いと言っても明日の午後にはそこまで進むだろう。
「エリックさんは申し訳ないですが、一人で急いでタブ村へ戻ってください。奴らが朝動けば夕方にはタブに着きます。できるだけ速く領主兵に伝えて対応をお願いしましょう。馬があるからすぐにエブールにも連絡がいくはずです。避難なり援軍なり、そこからは領主様の仕事です」
「……あーぁ」
「俺一人で? お前らはどうするんだ? ……まさか!」
「いやいや。ただの時間稼ぎですよ。ちょっと足止めを試してみるだけです。……おいクロ、大丈夫だって。お前一人にやらせたりしないから。ちゃんと俺も一緒だよ!」
「……仕方がないわね。無理せず、ヤバくなったら逃げるのよ?」
何でちょっと上からになってんだコイツ。……あ、もしかしてお前がしてるのは俺の心配かよ!
「……理想はあの岩山の出口に伯爵様の軍とやらが陣を敷いて、出てきたところを叩ければ皆殺しなんですが……」
「明日の昼に布陣なんて絶対に無理だ。いくらエルミラ様でもそこまでは手配してねえ」
「ですよね。じゃあその軍が小鬼族より先にタブ村に着いて守りを固めるか、住民を避難させる。奴らがどこへ行くつもりかわかりませんから、北西に向かうのならエブールの壁外の集落も危ないと思います」
エブールの人達なら、町の中へ避難するのは間に合うだろう。門を閉じれば数が多くても、奴らの装備で町を落とすことは不可能だ。市壁での防衛戦ならギルド長やエルミラさんを始めとする魔力持ちが何とかしてくれるだろう。……その代わり壁の外の貧しい集落は荒らされるけど。
「伯爵軍が間に合わなくても、タブとエブールの連中がみんな壁の中へ避難すれば人命だけは助かるってことか」
食い物が目的なら、さらに南のブエラ村まではすぐには行かないと思う。タブの近くまで来れば獣もいる。
「歩みを遅らせなければ、最悪明日の夜がタブ村の最後です。もしもその時避難民がまだ町への街道を北上してたりしたら……」
エブール領から伯爵様の街ってどれくらい遠いのか知らんな。経験豊富な領主兵からの伝達が完璧で伯爵軍が神速だったら助けが間に合うのかな? そんな軍の噂は聞いたことがないし、この領地は平和な田舎だ。
……伯爵の軍はアテにせずにタブ住民のエブールの市壁への避難完了を計算して時間稼ぎをするのが最も現実的だな。
実際この報告も裏付けは二十三匹のゴブリンの耳だけだ。ウチの領主のウィルク様は信じてくれるだろうが、他領の軍をありえない速度で動員してもらうには弱いかもしれん。
突然ですが明日ゴブリン三百に襲われます、助けて! なんておいそれと信じてもらえるか?
小さい領地でそんなんなるまで気が付かない領主は何やってたんだよ、ってなるよな。
「……わかった。今のままじゃあ確実に間に合わねえ。少しでも食い止めてもらうしかないな。何か考えがあるようだし、正面から戦うわけじゃないなら俺がいないほうがお前らもやりやすいだろう。無茶はするんじゃねえぞ? 死ぬなよ!」
「エリックさんこそ慌てないでくださいね。今日は岩山の横穴まで戻ったら、日が沈んでなくても無理をせず休んでください」
疲れた身体で慣れない夜道は危険だし、よしんば深夜にタブ村に着けたとしても、そこの領主兵にとっては突然の話だ。ロス無しで即座に伝令が出られるかはわからない。
「なるほどな。危険を冒しても速いとは限らんわけか。確かにあの丘の荒地で道に迷って崖から落ちでもしたら、終わりだな。お前らの苦労も無駄になる」
「僕とクロも適度に休息を取ってから、ここより西の森で足止めの手を打ちます。クロ、手始めに井戸を埋めるぞ。最後の分、飲みたいだけ汲んどけ」
「りょーかーい」
廃村を休息の場所として整備していたあのゴブリンどもは、井戸も使えるように掘り直してあった。ご苦労なことだが当然このままにしておくわけにはいかない。
魔物であるゴブリンは人間よりも丈夫なので、飲まず食わずで動ける時間も人のそれより長い。しかしあの人数分の水を探して汲むとなると時間も体力もけっこう奪えるだろう。奴らには井戸に汚物を放り込んだ程度では効果がないしな。
「エリックさんは先に僕らの水、あるだけ詰め替えるので持ってってください」
「おお、悪いな」
「後、大事なことを忘れてました。タブ村の住民の避難が完了するか、守りが整うかして時間稼ぎの必要がなくなったら狼煙でも上げてもらえますか? 夜だと無理ですが、日中に村の方角に煙を確認したら逃げます」
「わかった。タブ村住民の不安がなくなれば、必ず何か坊主にわかるような合図か報せを送ろう。それが見えたらすぐに自分達の身の安全を図れよ?」
「了解です。タブ村が空だったら僕らもエブールの町へ向かいます」
おっさんは俺が満タンに入れた革の水袋を受け取ると、朝に通ってきた道を西へ向かって走って行った。ここから向こうは道じゃなくなるけどな。
さて俺も汲んだ水を浄水したら仕事にかかるかね。
お、クロは言われずともさっさと井戸に石を放り込んでいる。さすがのエリックさんも敵の数を聞いて動揺が見えてたが、こいつは変わらないな。
俺も今は落ち着いて状況を整理できているが、また目の前で斬り合いになったらテンパるかもしれん。次は本当に桁が違う。
……クロがいなかったら俺も足止めしようなんて思わなかっただろうな。
周辺配置図
(―は等距離ではありません)
伯爵領
|
エブールの町
|
タブ村―平地―岩山―草原―森―廃村―森―鉱山
| (この辺り真東でなく北よりです)
ブエラ村
|
ラタ村




