第35話 乱戦
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俺達が生活しているこの国は王様と貴族諸侯によるいわゆる封建制によって統治されている。
初代の王が仲間と力を合わせて多くの強力な魔物を討伐し、様々な部族諸勢力を取り込んで国を興したものの、やはり大陸の全ての魔物を滅ぼすということはできなかった。
それらの魔物は確立したはずの人の領域に紛れ込み、また新たに生じ、増えて人に害を為す。王国に生きる人々は村を柵で囲い、町を壁で覆って襲いくる魔物から身を守るようになった。人を襲うのが魔物だけということもないが。
平野、山林、河川、海岸。各種産業に適した豊かな領地であっても、防壁による限られた土地で身を寄せ合う生活を余儀なくされる。
さらに領主が治め、管理する領地というのは都市や町村とその周辺の経済活動の及ぶ地域を指す。森や畑に囲まれた村同士は遠く離れることもあり、隣接した他の領地とは明確な境界線が存在しないところも少なくない。
今俺達が目指している廃鉱山は昔は東隣の領主のものだったらしい。今でこそ放棄されているが当時はそこから産出される銅を中心に人や物、金が動き、そちらの領地を大いに潤したことだろう。
おそらくエブール領としてもウマ味のおこぼれにあずかろうと中継地となる村を近くに建ててみたものの、当然領地が違うため西のこちらへの恩恵はそれほどでもなかった。タブ村から離れた辺鄙なところに作られ、道も碌に整備されないまま、鉱山が閉鎖されるとさっさと棄てられたのはそういうことではないだろうか。
獣人との戦争で手柄を立てたという今の領主コリンズ子爵家がやってくる前の話であり、若いエリックさんなんかが知らないというのも……失策をなかったことにされているためな気がする。
「エリックさんこれは。ひょっとして……」
「わかるか坊主。……獣じゃあない。もちろん人でもないな」
陽の光を遮るほどうっそうと生い茂る深い森の中。周辺よりも比較的木々の間隔が広く、幾分障害物の少ない草の中を道と想定して歩いていると、道草に何者かが踏み通ったような足跡があらわれた。
「おいクロ。獲物探しはこれまでだ。諦めろ。町へ帰ったら、今度こそ腹いっぱい食わしてやるから。本命だ。油断するなよ」
「……わかった。今度は約束したからね?」
昨日、森の手前の岩山に魔法で拠点となる横穴を掘った後、三人で夕食の獲物を狩りに出たが、水場周辺から荒地、森の中まで獣の痕跡は一切見つからなかった。猪はおろか鹿の足跡、兎の巣穴などの一切がだ。
やっと手に入った獲物は……大きくもない野鳥が一羽。これにはクロががっかりしていた。それでも今回は鍋をちゃんと三人で分けて食べたが。俺とおっさんには十分だったが、当然彼女には足りなかったようだ。
魔力が扱える俺と獣人のクロが一般的な冒険者に比べれば重い荷を持てるため、三人チームの冒険者としては食料を少し多めに持ってきている。なので別に獲物が取れなくても一週間程度の探索なら問題はないが、しょっぱくて水気のない保存食はおいしくない。早いとこ巣を見つけて数を数えたら町へ帰ろう。
「わかる範囲目一杯にはいないと思います。……たぶん」
「よし。坊主は魔力を使って主に前を見てろ。アテにはしてるが油断は無しだから気を悪くするなよ。後ろから右はクロだ。俺が左を確認しながら進むぞ」
ここまでの道中でおっさんからゴブリンに関するレクチャーは受けた。奴らは力があるくせに知能もそこそこある。こないだの奴は鎧を身に着けてたしな。
さらに技術は低いが弓矢なんかも作って使うらしい。武器と頭数を使いこなして獲物を仕留める連携は、実に盗賊顔負けだとか。やべえなあ。
魔力智覚の射程内に反応はなかったが、魔力は魔物を魔物足らしめる、生きる力であり強い想いが影響する力だ。
怒りや食欲で興奮してるゴブリンはわかりやすいが、寝ていたり落ち着いているヤツは反応が弱いので見落とす可能性もなくはない。
怖えなあ。先手だ。絶対に先手。先にこっちが見つけないと。
「…………エリック。火よ。どっかで焚き火してる」
「何。匂いか? ……全然わからん。風上は……進んでる方向だな」
おっと、匂いの元と風によってはクロの鼻のほうが魔力智覚より早いな。
「…………エリックさん、クロ。います。このまま歩いて十分くらいの距離。五匹以上です」
「そろそろだとは思ったぜ。この辺は畑の跡のようだ」
「五匹以上って何よ。何匹いるの?」
しばらく前から道の周囲の木々が減り始め、森が開けて少し視界が明るくなったところでまずクロが異常を察知した。前方に見えるのは納屋だろうか。木々の間にうっすらと建物の影が見え始めた。
魔力の反応では複数いることはわかるが、正確な数を数えるのは難しい。五十はいないと思う。
「よし。二人とも、近づきつつ村を見下ろせるような地形を探すぞ」
エリックさんについて道を外れ、高いほうへ登るように魔力反応に近づく。奴らはだいたいが村の中に集まっており、見張りや見回りのように離れた場所にいる個体はない。警戒は特にしていないようだ。
東の山手側から村全体を見渡せる位置につく。煙の上がっている広場らしき所を中心に周囲の草木が切り払われ、規模は小さいながらもそこにゴブリン達の集落が存在していた。
「いるわ。何かしてる。草刈り? 見えているのは十くらいかしら」
「全部だとその倍くらいはいますね」
「何だ? 群れって雰囲気じゃあ……ねえな。作業目的の部隊ってとこか。ここが巣ではなさそうだ」
「これ気づかれてないですよね? 仕掛けましょう」
「……二十程度なら、俺達でもいけるか……。坊主の魔法は届くのか? あの炎はダメだぞ。とんでもない山火事になる」
「わかってますよ。風魔法を一発打ち込んだら気づかれますからその後は……」
ふう。よしよし、向こうに気づかれる前に絶好の奇襲のチャンスだ。
『……両手の、魔力よ……、風の……矢となって……、穿て!』
俺が放った風の魔法は、狙いをつけた最も体格の大きいゴブリンの背中に文字通り風穴を開けた。そいつが切り倒そうとしていた大木もろともに大きな音を立てて崩れ落ちる。
「おいおい、やり過ぎじゃないか? 力抜けよ?」
エリックさんは弓で、クロは投石で、まだ状況を把握できていないゴブリン達を攻撃する。少し距離を取り過ぎたか命中率は低く、当ったものも致命は少ない。
俺も素早く弓を持ちかえて矢を放つが、襲撃に気が付いたゴブリンどもが建物に引っこみ、武装を整えて出てくる。ちっ、盾なんか揃えやがって!
「来るわ! 速いよ!」
「お前ら俺の後ろに下がれ!」
エリックさんの怒号とともに上空から無数の矢が降ってくる。潜り込んだ頭上の鉄板張りの盾に鈍い音が響く。
「止まってたら的だ! 囲まれないように端から潰していくぞ!」
おっさんの盾を先頭に姿勢を低くして、三人で固まって回り込む。接近してきたゴブリンの構えた盾におっさんが自分の盾をぶつけて弾き飛ばす。崩れたところをクロが左からナイフで首と腕を斬り落とす。開けた射線を逃さず俺の矢が後衛の弓持ちのゴブリンの眉間を貫く。
向こうは山なりだから射程は俺の方が上だな!
「クロ! 足でいいぜ! 動きさえ止めれば先に弓からやっちまおう」
『右手の魔力よ、大風となって吹け!』
降り注ぐ矢を強引に逸らす。おおまかな範囲に大雑把な魔法ならすぐに撃てる!
棍棒、盾装備の前衛ゴブリンと弓装備の後衛ゴブリン。その部隊の間に左側から飛び込んだ俺達は前衛をおっさんが押さえ込んでいる内に弓隊に斬りかかる。当然の如く魔力による身体強化は全力だ。弓を剣に持ちかえようとするゴブリンの胸を突き、その剣を投げつけて別のゴブリンの頭を砕く。
後残りはいくつだ!? 後ろに回られてないだろうな!?
おっさんは無事か? フォローはいらないのか?
ああクソ! 口が乾いてきた!
「レノ。あたしと一緒に行くのよ。この程度なら怖いことはない」
おお? 声に気がつけばクロが俺と背中合わせに立っている。周囲を見回すと弓を持つゴブリンは後二匹だ。
「……ふう。そうだな。行くぞ」
いつの間にか流れていた頬の汗で唇を湿らせる。真っ直ぐ飛んで来た矢に対してクロを背中に庇い、剣の腹で受ける。この威力で一、二本なら脅威はない。二射目を番える間を与えず二人で斬り伏せる。
「落ち着け坊主。らしくねえな」
背を向けたおっさんがゆっくりとこちらに近づいてくる。武器のバトルアックスは背中に背負ったまま盾だけで複数の前衛ゴブリンの動きをコントロールしているようだ。
横幅はないと思ってたけど、意外にゴツい背中だな。
盾を失った奴、足を引きずる奴。敵の動きはそれぞれバラバラだ。
……ふと気がついたが、さっきの剣を持ってた奴が隊長っぽい格好をしてたんじゃないか? だとしたら、この有様では満足な連携はもう取れないだろう。
「三人でなら、後は一匹目と同じ要領だろ? 片付けるぞ」




