第33話 神経痛、冷え性、関節痛、慢性消化器症、筋肉痛
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町の外で魔法を使い自力で武器の修繕に成功した俺達三人は、できあがった剣の拵えを依頼するために再び武具屋に立ち寄った。
そこでの話の流れから、近隣でゴブリンの拠点となっている可能性が高い場所について、店主のサイモンさんから情報を得ることができた。
現状と地図をもとに検討した結果、俺とクロはリーダーのエリックさんの判断に従い、魔力体力の回復を確認した上で明日の昼からゴブリン探索に出発する予定を立てたのだった。
話が終わって店を出ると、すでに陽は暮れており雨が降り出していた。
しかしいくつかの店や工房はまだ明かりを落としてはいない。職人街には賑やかな作業の音と職人たちの怒号が今も響いている。通りを行く人々の足が速い理由は雨だけではないだろう。
「ちっ。降ってきやがったか。……坊主、宿はどうすんだ?」
「これから探します。暗くなる前には、と思ってましたが仕方ないですね」
「俺が使ってる部屋は三人は無理だからな。領主様んとこ行けば泊」
「それは嫌です。まだ何にも仕事してないですからね」
領主のウィルク様も魔法使いのエルミラさんも獣人には理解があるようなので、クロを連れて行っても普通に歓迎はしてくれるだろう。たぶんエルミラさんは違う意味で面倒くさいと思うから、なお頼れない。
考えた結果、他に当てもないので素直にエリックさんからおススメの宿について教えてもらう。
獣人を連れて泊まっても面倒くさいことにならなそうな宿は、予想通り町の東側にあった。安くても教会の施療院はやめておいたほうがいいらしい。
市壁の外にも割安で条件のあう所はなくはないとのことだが、今夜は金額よりも距離が近いほうを選ぼう。
おっさんの住処も町の東なので、夜の雨の中を三人で走り冒険者通りで別れた。明日の待ち合わせは冒険者ギルドへ一つの鐘と決める。
エリックさんも今日ギルド長が不在なことは確認していたようで、寄らずに宿へ帰り、巣に関する新情報の報告は明日にするとのことだ。
「ほら、こっち来い。熱かったらちょっと冷ますから、手入れてみろ」
「…………え、ええ」
大きな樽一杯の熱湯からもうもうと立ち上る湯気。それを見て固まっていたクロが俺の声に返事をする。
「…………うん。……大、丈夫」
「自分の身体くらいは自分で綺麗にできるよな? お湯が汚れてもかまわないからしっかり浸かって頭まで洗えよ? あと汚れを落としたり体調が回復する効果が少しあるけど、肌がピリピリするとか、お湯がおかしいと思ったらすぐに声をかけろ。その角の向こうで洗濯してるから」
「えぇ……? ……魔法って何でもできるの?」
「何でもは…………できるのかもしれんな。俺もまだ勉強中だからわからん。それじゃあそっちにいるから、ゆっくり浸かって温まるんだぞ?」
「わ、わかった」
町の東まで移動して辿り着いた宿。その裏口で風呂を自分で入れる。ここには宿の建物と厩舎、納屋を繋ぐように屋根がついているので雨に濡れることはない。
厩舎にも馬の気配はなく、他の泊り客はいないようだ。部屋も二人部屋を借りることができた。
この宿の若い女将は見かけによらず無愛想だったが、水も薪も無しで大き目の樽だけ使いたいという要求にも、何も聞かずに金額だけ提示して応じてくれた。
フードを取ったクロにも、雨に濡れたコートにも特に反応を見せなかったので、客の事情に深入りしないがサービスもそれなりというタイプの宿だろう。
この後食事を頼んであるが……贅沢は言えないかな。昼を食べた酒場も来る前に覗いてみたが、すでに満席で入れなかった。
かなり空腹なせいもあって晩飯のことばかり考えながら、雨に濡れた装備一式を風の魔法で乾燥させる。魔物の毛皮は普通のモノよりも色々と丈夫で助かるな。
昼に綺麗にした物はまだ丸洗いの必要はないだろう。今夜のところは部分的な泥を落として乾かせば十分だ。
「おーい。脱いだ服取りに行くぞ。湯加減はどうだ? 痒くなったりしてないか?」
「ちょっと! こっち来んな! 呼んでないから!」
「心配しなくても暗いから見えないよ。気になるなら肩まで浸かっとけ」
今ここの明かりは宿で借りたランタンを樽の傍の地面に一つ置いてあるだけだ。しとしとと降り続く雨のせいで星空も見えない。
ぼんやりとした蝋燭の火だけでは、安全を優先して足元くらいしか照らせない。そりゃ俺が手に火を灯せば明るくはできるけどね。
……肌を晒す羞恥心は普通にあるのか。そういや齢の話は、結局聞けてないままだったな。
「なあ。前に聞きかけたんだけど、お前齢いくつなの?」
「…………せ、成人してるわよ。十五よ。あんたはどうなのよ」
ほお。獣人も十五が成人なのは一緒なんだな。つか、嘘くせえ。
俺は当年とって十三歳だが、前世知識による幼少期からの栄養摂取と鍛錬によりこの世界の大人とさして変わらない体格を手に入れている。それを差し引いてもコイツが俺より二つも年上だとはとても思えない。
……いや。種族が違う上に、さらに異世界知識で判断するのもよくないか。頭は良さそうだし、サバを読むのは子供扱いされたくないということなのかな。
「そうか。俺は今十三だ。お前のほうが齢上だな」
「……え。……あ、いや。郷の同じくらいの子が、そう言ってたから……」
…………こいつ、自分の齢を知らないのか。
……ダメだな。せっかくのリラックスタイムで楽しくない話は風呂が台無しだ。突っ込んで聞くのは今度にしよう。もうちょっと時間が経てば、話しやすくもなるだろう。
「寒くないか? お湯沸かしてやれるぞ?」
「あっ。うん! 大丈夫! ちょっと熱過ぎるわ。これ」
……ちっ。こいつ賢いなあ。
「…………ちょっと。さっさと向こう行ってよ。魔法で見えてるんじゃないの?」
「そんなことしてねえよ! ……これ、カゴに朝の服と手拭い入れて置いとくぞ。あ、上がったらよく拭いて尻尾は出しとけよ? 髪と一緒に魔法で乾かすからな。風邪引かれちゃ仕事に障るからこれは命令だ」
「…………はぁい」
命令には従っているが、嫌そうな返事だな。洗濯物みたいにされると思ってるんだろうか。
……しかし、コイツ状況わかってんのかね? 今奴隷なのは完全に俺のほうだぞ。村長夫人のウチの母さんよりはるかに待遇いいんだからな今日のお前……。
「……ふう。どうだ何か文句があるか?」
「…………おおぉ。……ない。…………ありがと」
湯から上がったクロを部屋の暖炉の傍で椅子に座らせ、濡れた毛を魔法で丁寧に乾かしてやった。俺の力を見くびっていたようなので本気の仕事だ。
ふわふわになった尻尾は今日イチの仕上がりだろう。櫛があればもっと綺麗になるな。明日買おう。
「……お風呂って……スゴいね。……最高だわ。あんなたくさんのお湯使ったことない」
……湯上りの今のクロはさすがに上機嫌に見える。浴槽は金持ちくらいしか持ってないし、これまでも楽な暮らしはしてなさそうだから、冬場に風呂で温まるのは初めてなんじゃないだろうか。ストレス発散ができたのなら何よりだ。
「腹減ってるだろうけどもうちょっと待ってろよ。俺も風呂入ってくるから」
「……ん。仕方ないわね」
クロを部屋で休ませておいて外へ出る。俺も腹が減ったので急いでいたが、樽の湯はランタンのか細い明かりで見ても物凄い汚れようだったので張り替えずには使えない。
さっさと入りたいから俺はもうタダのお湯でいいや。あいつには複数の温泉をブレンドしたくらいの勢いで回復効果を盛ってやったが。
…………おっふう。
周囲を気にせずゆっくり入れる風呂はやはり気持ちがいい。
ラタ村では魔法でくり抜いた沢の大岩を湯船にしていたので、ここの樽では少し狭いんだけどな。さらに景色と天気も劣るが、まあ仕方ない。大勢に見られていた昨日よりはマシだ。
さっと上がるつもりだったが外気の寒さについ長湯をしてしまった。自分の指先一つで追い炊きができるので、好みの温度が常に保てるのだ。しかもこの日は魔力を使いすぎたせいか浸かったまま寝オチしそうにもなった。
宿に伝えてあった食事の時間に遅れてしまったが、無愛想な女将は口では文句を言わなかった。代わりに目がかなり怖かった。以後気をつけます。




