第32話 ゴブリンの巣への手がかり
32
「……坊主の槍はひどいな」
「まじすか」
「昨日見た時も思ったが、基本を知らねえだろ? 握りも構えも足運びも何もかもおかしい。よくそれで組合長の剣が防げたな」
実際のところ防ぎきれてはいなかった。槍は育った村でも使えるような人がいなかったので、俺が参考にしているのは前世で見た時代劇やアクション映画なんかの演出バリバリのフィクション槍術だからな。
あの時はギルド長の手加減の上、魔力による身体強化と魔法で誤魔化したに過ぎない。
エブールの町の外、北の林の中での模擬戦闘による訓練は順調に進む。三人での冒険者チーム結成の初日は体調と天候を考慮して、装備の入手に訓練と、ゆっくり準備に充てることにしたのだ。
今はエリックさんに木剣で武器有りの稽古をつけてもらっている。おっさん相手には身体強化は無しだ。
町に来てみて初めてわかったことだが、思うように魔力が使えない状況というのも今後珍しくはないだろう。そんな時の為にも、基礎的な技術は身体強化に頼らずに生身で覚えていなければ使いものにならない気がする。
武器は林の木を魔法で加工し、俺は槍を模した長い棒を使っている。エリックさんは普段はバトルアックスをメインに使うらしいが、今回はロングソードくらいの長さで太めの木剣を用意して打ち合っている。
……もう一人の仲間である獣人の少女クロは今はお休み中だ。町を出る際に北門の近くで買っておいた食料をオヤツに休憩したところ、クロが俺のコートを奪って横になり、そのまま寝入ってしまったので仕方なく放置してある。
訓練の時は魔力を使った俺に勝てなくて少々機嫌が悪かったので、食って寝たら直ってくれてるといいんだが。
「俺も、槍は詳しくはねえからなあ。まあ魔法もあるし、このへんの魔物相手には今のところそれで十分だろ。若いんだからこれからだ」
……魔物も人間も勝てる相手かどうかはよく見極めないとな。上には上がいる。まあギルド長のように長く積み重ねているような人達には、簡単に通用するとは考えていない。
エリックさん相手の模擬戦も素手同士ならば割と実力差は小さく、俺が勝つこともあったが武器有りだと完全に勝てない。俺の拙い棒捌きはベテランから見れば隙だらけということだ。
おっさんの動きも訓練を始めた時より良くなってるし、昨夜の酒は完全に抜けた感じだろう。
さらに彼は槍は門外漢だと断りつつも、基本的な構え方と突き方をいくつか教えてくれた。これは明日から反復練習だ。
「……うぅっ。冷えてきたな。今日はここまでにするか」
「ありがとうございました」
荷をまとめて帰る準備をする。陽の落ちる速さそのものに変わりはないはずだが、何故か今の時期はゆっくりしているとあっという間に暗くなってしまう。
……今日は魔力もかなり消耗したし、朝から色々あって疲れたな。特にクロとの訓練は途中から趣旨が変わってしまって調子に乗りすぎた。しかし久々に魔力を酷使したおかげで、現在の魔力量をある程度把握することができたのはよかった。
「……おい、クロ。起きろ。俺の外套はそのまま着てていいから、敷いてるお前の円套貸してくれよ」
「……んー? んん。……ん」
寝足りないのかぐしぐしと目をこすりながらマントの上から退く。めっちゃ爆睡してたな。それは魔物の毛皮だからフードも被れば暖かさはマントとは比べ物にならないだろう。
こいつにも少し無理をさせたかもしれんな。今日は明るいうちに宿を探して早めに休もう。
「…………なん、だこりゃ」
「おっちゃんその二本の拵え一式、大急ぎで頼むわ。こいつらそれがないと探索に出れねえんだ。そっちのは俺のだから急がない。いつでも手の空いた時でいいから預けとくよ」
「ひ、昼に……持って行ったのが……全部、か? ……陽も沈まんうちに……しかもこの仕上がり……」
北門から市壁を抜けて町へ戻り、サイモンさんの武具屋に寄る。約束通り修繕の終わった剣とナイフに鞘を作ってもらうためだ。
剣はエリックさんのも含めて三本とも綺麗に魔力で磨き上げてやったので、見た目には新品同様の輝きを放っている。ここで昼に買った時とは完全に別物だ。こういう作業は嫌いじゃないから凝りすぎたかもしれん。
「鞘と柄をお願いして……あと油か。三本それぞれいくらぐらいの仕事になりますかね?」
「……」
「へへ、俺のはちょっと奮発してこうだ、大銅貨七枚! カッコいいのを頼むぜ? おっちゃん。先払いしとくからさ」
「……」
「じゃあ僕らのは大きさも違うので、銀貨で二枚なら無理を聞いてもらえますか? こっちは頑丈なら飾りとかいらないんで大急ぎでお願いします」
「…………おいエリック。お前のやつは……俺に売らねえか? ツケはこれで全部チャラにしてやる」
「ええ!? いや、それは坊主にもらったものだから……借金のカタに売るような真似は……ちょっと」
エリックさんが俺とサイモンさんの顔を交互に見ながら口ごもる。売れば助かるんだろうな。あげたんだからもうそれはエリックさんの物でいいんだけど。
「単なる練習用なんで別にいっすよ。あ、なんならもう一本ちゃんとエリックさん好みに仕上げますから、また折れてるやつでいいの選ばせてもらいましょうよ」
「……!!」
「いいのか!!? 本当に!? 悪いな坊主! サイモンさんそれでどうだ?」
「……エリック。一本と言わずに箱の中の剣、全部持っていってもいいぞ?」
サイモンさんの提案に、一瞬エリックさんが雷に打たれたような表情を見せるがすぐに頭を振る。
二人が何を考えたかはよくわかるが、エリックさんなら俺を金儲けに使うような頼みごとはしないだろう。
……いや。別にヒマな時なら悪い稼ぎ方じゃあないのか。覚えておこう。おっさんのツケがいくらか知らんから価値がわからんけど。
もちろんエリックさんは剣は一本だけを選び、サイモンさんの話は断る。店主は残念そうな顔はしたが、俺の頼んだ仕事は今夜寝ずに仕上げてくれるという。
一点だけ、ナイフについてどんな風に身に着けるつもりか聞かれた時は、クロが会話に参加したので少し驚いた。そのホルダーも合わせて明日の昼を過ぎる頃には受け取りが可能らしい。
「まかせろ。明日は南のタブの村へ出向くつもりだったが、取りやめだ。護衛はすぐには見つからねえし報酬も値上がりしてて引き合わん。この仕事が先だ。こいつは腕の振るいがいがある」
「あー。……小鬼族を何とかするまではそうなんでしょうね」
「サイモンさん奴らが住み着きそうな場所知らねえか?」
「…………ん。……ああ。あるな」
何。
「ここと、南の村を結ぶ街道が危ないってんなら……その東だ。ちっと距離があるが、森を越えて谷まで行けば銅山と町があったらしい。銅が採れなくなって閉鎖になったのは、死んだ俺の爺さんが若い頃の話だ」
ああ。廃鉱山というやつか。
「そこまでの間にあった村も、もう廃れて長いことになるな。……爺さんが子供の時分は行き来があったらしくてな。遠くて苦労したそうだ。ふふ、思い出したよ。懐かしいな」
「へえ。東のあの峡谷にそんなものがあったのか。隣の領地へ行くなら北回りの道が便利だから、今じゃあの辺りは誰も近寄らねえな」
「サイモンさんその廃村の場所ってわかりますか?」
「ああ多分な。……もうエリックくらいの齢になると知らんのか……」
サイモンさんは奥の部屋から地図を出してきてくれた。エブールの町を中心に周囲にいくつかの村の名前がある。地図はざっくりとした物で縮尺や位置等は正確ではないようだ。森や山、川の流れも一応のものが記されている。
「たしかタブから東へまだ道の跡が残ってるんじゃねえかな。森の近くと言ってたが、今じゃもう飲み込まれてるだろうな。……このへんか」
ふむ。地図は最近の物らしく指を差した場所に村名の記載はない。当てにはならないとは思いつつ、どうしても癖で地図上の村同士の距離を比べてしまう。
……遠いな。タブ村から一日で行ける距離ではないと見積もっておいて損はないだろう。
俺にとってはこれが初めての魔物探索だ。わからないことだらけだがエリックさんに聞きながら行けばいい。おっさんが仲間になってて良かった。
「昼に武器が仕上がるなら、急げば明日中にタブ村へ着けるんじゃないですか?」
「となると……タブ村で一泊して翌早朝から東へ、か……」
リーダーの顔になったエリックさんがしばらく考えた後、悪くはないということで明日の昼の出発を予定とした。ただ、道中どこでゴブリンと出くわすかわからないので、今日魔力を使いまくった俺と、疲れの見えるクロの明日の体調次第という条件がつけられた。
サイモンさんは昼出発の前提で作業を進めてくれるとのことだ。どちらにせよ明日には武器を取りに来る約束をした。
……よし。今晩はゆっくり休んで、探索の準備は明日の午前中で大丈夫だろう。状況が変わったのでエリックさんの剣は帰ってきてからだな。




