第31話 冒険者チーム“領主の犬”結成
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三人で町の職人街を巡り、特段の問題なく装備を買い集めることができた俺達は北門からエブールの外へ出た。
まだしばらくは明るい時間ではあったが冬は陽が落ちるのが早い。加えて崩れそうな曇り空も気になったため、本日の遠出は諦めてゴブリンの本格的な探索は明日以降とした。
今日のところは武器の修繕とチームの戦力の現状把握をしておこう。
ちなみに市壁を通って出る際にも衛兵から身分と行き先の確認はされたのだが、エリックさんが俺達二人の名を告げるとあーね、という顔をされた。
クロの話もすでに知れ渡っているのは絶対にエルミラさんの仕業だろう。あの人は本当に仕事が速い。
ここで町から北へと伸びている街道の更に先には伯爵の領地があるらしい。先代コリンズ子爵が爵位をもらう前から仕えていたという伯爵様は、当然エブールよりも広大な領地と強力な常備軍を持っている。
すんません、ゴブリンが湧いてしまって手に負えません、と泣きつけば助けてはくれるだろう。しかしエブールの現領主であるウィルク様としては、面子を保つためにもなるべくそれは避けたいのだとか。
一介の冒険者と自称しながら、領主様の窮状を自分のことのように語るおっさんの忠誠心は、ちょっとした騎士並みと言える。
「……よし、乾いたぞ。向こうの茂みで着替えてこい」
「はーい」
「……坊主の魔法便利だなぁ。冬場の洗い物がコレで済むのは羨ましすぎるな」
町の北門から壁外の集落を離れ、さらに街道を外れた林の中。畑からも見えない人気のない場所で、古着屋で揃えたクロの装備を洗濯する。ゴブリンの出没は南の街道なのでこの辺には討伐目的の冒険者は来ないはずだ。
……色褪せや痛み具合はどうしようもないが、臭いや脂汚れに関しては完璧と言い切れる。クロの返事もよかったし。
「次は剣ですね。うまくいくかな」
「金属も切ったりできるのか? そういや鎧ごとぶった斬ってたか」
ゴブリンに食らわせた攻撃魔法の風の斬撃は大技過ぎるので細かい加工には向かない。さっきの乾燥の風魔法を応用して、この足元の小石を使おう。
左手に練習用にもらった安物の剣を持ち、右手に砂利を握る。
『右手の魔力よ、風となり、小さな渦となって舞え』
この渦の中に砂利を含ませたまま、高速で回転させる!
イメージは電動のグラインダーだ。それ!
「あ痛てててて!!?」
「うおッ!!? 危ね!」
ぐほっ! ……ぶえっぺっぺ! ぺっ!
金属の削れる物凄い不快な騒音と共に、火花と破片が顔面を直撃した。
やべっ! 毛皮が痛む!
……折れた剣の断面は滑らかに削れ始めているが、これは続けられない。
指先から離しては風の渦のコントロールができないし、保護マスクみたいなもの無しじゃきついか……。
「エリックさんちょっとこの剣持っててくれませんか?」
「ええ!? 嫌だよ! 勘弁しろよ!」
「いや、大丈夫です。左手を空ければもう一つ魔法が使えますから」
嫌がるエリックさんを説得し、一応上着で自分の顔面を防御した状態で両手で剣を持ってもらう。……風は冷たいが、俺も大事なコートは脱がざるを得ない。
『……左手の魔力よ、風となり、渦となって覆え』
追加で発動させた一回り大きな風の渦によって破片と火花の飛散を防ぐ。魔法の左右併用によって右の渦も威力が少し落ちた。さっきよりも研磨に時間はかかるが、火花も騒音も小さくなったので良しとしよう。
「エリックさん下がってる! しっかり持ってて!」
「お、おう。早くしてくれ……」
…………ん。
…………うん。
…………いいね! 慣れてきた。
おおまかな形出しができれば砥ぐのはもっと簡単だ。いけるじゃん。
「何やってんの? すごい音」
練習用の剣の切っ先がうまく形にできるようになったところで、着替えたクロが戻ってきた。
お。
「何よ? 着ろっていったのあんたでしょ」
尻尾が。フサフサだ。
厚手の丈夫なズボンは少しクロには大きいが、その腰には黒と茶色のツートンカラーが美しい渦を巻いている。
「……ああ、穴? 開けないと穿けないから。ダメなら先に言っといてくんない?」
「坊主。……おーい。これ後二本やっちまうんじゃないのか? 魔力切れか?」
「……え? ああ! やりましょう。じゃあ次はこの片手剣をクロの小刀にします」
いかん見とれてしまった。まさか、こうも見事な柴犬の尻尾を持っているとは……。
そう思えば眉毛もそれっぽいな。黒柴の犬獣人かこいつ。……素晴らしいじゃないか!
「どうしたんだ? ……あ! クロのだったら、本人に手伝わせたらどうだ?」
「いやいや! 焦げたらどうすんですか! あれは弁償なんかできませんよ? ほらエリックさん持っててください!」
「えぇ……。俺は奴隷じゃあねえんだが……」
おっさんの馴染みの武具屋で手に入れたジャンク品の折れた剣は、俺の魔法を使った加工により、なかなかの仕上がりとなった。
特にクロのナイフは削っては握らせ、振らせては削りを繰り返したので、重さ長さはバッチリと思われる。かなり使いやすいはずだ。
練習台にしたほうの剣は半端な長さになってしまったが、砥ぎ上げたらエリックさんが欲しそうにしていたのであげた。
「……坊主のは、それで大丈夫なのか? 確かに刃は見事なもんだが……刀身が短い割りに柄が長いし、重さも……小刀ほどには完成とは思えねえな。第一お前槍使うんじゃなかったっけ?」
俺が自分の武器として加工したモノの元は、折れた両手持ちのロングソードだ。切っ先が短くなってしまった物を無理矢理尖らせたので、このままでは妙に幅広、肉厚で、片手持ちの剣として振り回すにはバランスが微妙だ。
「これはですね、こうするんです……」
『全身の魔力よ! 鉄の棒となって顕現せよ!』
「…………なるほどな。お前さんのやりたいことはわかった。が……」
そう。武器は長い方が有利に決まっている。しかし冒険者として木々の生い茂る森林、山岳地帯を踏破し、魔物の生息する洞窟を探索する際においては。
携行する武装として必ずしも長い槍は賢い選択とは言えない。
ならば、小回りの利くショートソードに必要に応じて長尺の柄が着脱できればどうか!
「……曲がり過ぎだろ。グニャグニャじゃねえか」
「性根がでてたりして」
くそっ! 土属性の具現化で、さらに材質が鉄ともなればやはり制御が難しい! 俺は工業製品が如く完璧な直線の鉄棒を思い描いたにも関わらず、現実には太さも揃わない不細工な枝切れにしか見えない。杖にしても使いにくそうだ。
一応剣の柄には狙い通りに食いついているが、槍の穂先が四十五度近く曲がってしまった。これじゃあダメだ。槍としては使い物にならない。重さ的にはなかなかの鈍器だが。
「……これは、しばらく練習しておきます……。あと班のことですが……」
装備はまあ何とか形になったとして、三人での活動について話をする。
おっさんもなんだかんだ俺の言葉には従ってくれてるが、やはりここはベテランにリーダーをお願いし、指示を仰ぐのが駆け出し冒険者としては筋だろう。知識と経験は確実に上だし。
「……いいのか? 俺はお前の下につけられたと思ってたんだが」
「僕が自由に使っていいということなので……勉強させてもらいます」
俺の提案にクロは逆らわず、エリックさんも嬉しそうに引き受けてくれた。
すんなり決まったところで、次にやっておくべきはお互いの実力を把握するための模擬戦闘だ。動きやすい恰好も揃えたし、戦う訓練を受けていないクロがどれだけやれるのかを知っておきたい。
おっさんも二日酔いで装備を持ってきていないし……ケガをしない程度に手加減は必要だな。武器も無しで、相手の背中を地面に着けたら勝ちという相撲のようなルールでどうだろう?
「いいんじゃないか。……なあ、当てる時はホントに手加減してくれよ?」
「これは?」
「大丈夫だよ。俺を殴ろうが、エリックさんを蹴ろうが腕輪は作動しない。……いいか、ほどほどにだぞ?」
……やはりというか獣人クロは強かった。郷では素手で獲物を捕まえていたというのは本当のようだ。人間とは速さももちろん、動きの質が違う。
エリックさんはクロの動きを捉えられない。触れることもできないまま何回もひっくり返された。代わった俺も魔力無しの素の状態では攻撃を受けきれず、足を払われて負けた。
しかし滅多に見せない笑顔がムカついたのと、主人として舐められるわけにはいかないので、二回目以降は全力で魔力と身体強化を使って転がしてやった。
本気の俺に歯が立たないクロはムキになって再挑戦を繰り返したが、やればやるほど勝ち目はない。身体が本調子ではないのだから長引けば動きのキレは落ちる一方だ。
……しかし見た目にはいいけど、掴み合いの接近戦には弱点だなコレ。
背後を取るたびに魔力でブラッシングしてたらけっこう艶が出てきた気がする。やってることは訓練にかこつけたセクハラっぽいけど気にしない。
あと転げ回ったせいで土や埃がついちゃってるので、すごく洗いたい。しかし洗濯物と同じように魔法でお手軽にというわけにはいかん。古着などとは求められる繊細さが違うからな。
…………いや。さすがにそれを命令するのはやめておこう。




