第30話 ここで装備していくかい? →いいえ
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時刻は昼を回り、エブールの町の空には煮炊きの煙が多く立ち上っている。俺達が目指す方角には、さらに数多くの煙突に煙る町並みが見える。
それが原因ではないかと勘違いしそうなほどに、今日の空はどんよりとした曇りだ。夜には久々に崩れるかもしれない。
天気は良くないが、建物に風が遮られるためか通りの寒さはそれほどでもない。
ベテラン冒険者のエリックさんと獣人少女のクロを正式にチームに加え、三人となった俺たちは町の北西にあるという職人街へ向かっていた。
領主様が住むこのエブールは西に流れる川に沿って町が造られている。川の上流に近い南西には領主様の館や教会など比較的裕福な人々が居を構え、東側は冒険者ギルドや酒場、奴隷商の店などの夜の町がある。
そして今目的地としている町の北西。川の下流に近いそこは、鍛冶、皮革、織物などの職人達が工房や店を構えている地区らしい。
「……坊主。クロは、得物はどうすんだ? なんか考えがあんのか?」
「いや特には。……どうする? 狩りとかやったことある?」
「ぶん殴ってた。石とか投げたり」
おおう。石器時代かよ。まあこの見た目で鎖鎌の達人とか言われても困るが。この国に鎖鎌があるのかも知らんけど。
「じゃあ、とりあえず……小刀ですかね。後は防具というよりは、動きやすさ重視の丈夫な服でしょうか」
「ま、妥当だな。……慣れない武器を振り回す獣人と一緒に前衛、なんてのは勘弁してくれ」
筋力や敏捷性などの運動能力の高さは、人間のそれを軽く上回る獣人の特性だ。単純な殴る蹴るでも威力は高い。
素早さを生かすなら、防具も敵の攻撃よりも森や岩山なんかの周囲の地形から身を守る物のほうがいい。肘や膝を保護しておけば思い切った回避行動が取れる。
「予算に限りもあります。僕は何とでもなりますから、まずはクロの装備から整えましょうか」
「んじゃ、先にそののんきな格好から何とかするかね」
「おっちゃん、いるかい?」
「あっ! エリックだ! いらっしゃい!」
いくつかの古着屋や道具屋を巡り、旅に適した厚手の服や手袋、ブーツ、マントなどクロが冒険者として活動するために必要な装備品を買ってから、俺達は武具の店を訪れた。
「よおサラ。父ちゃんは留守か?」
「いるよ。呼んで来るね!」
店番をしていた子供は飛び跳ねるように奥の部屋へ入り、店主と思われる父親を連れてきた。
「やあエリック。……おや? 手ぶらじゃないか。装備の手入れに来たんじゃないのか?」
「よおサイモンさん。そうじゃないんだ。今日はな、」
「じゃあこんな時間に何遊んでんだよ。今が稼ぎ時だろ? サボってねえで働け。早くツケ払いやがれ」
「……サボっちゃいねえよ。仕事中だ。新人教育だよ。それと金が入ったからツケも少し払いに来たんだよ」
そう言ってエリックさんは、武器を買いに来た俺とクロを店の主人に紹介する。
駆け出し冒険者であり、さらに一見客でもある俺達を品定めするようなサイモンさんの眼。……特にクロは足元から頭の耳の先まで装いを見つめられている。
まだ着替えてはいないので珍しくもない町娘の服装だが、店主の表情は険しい。
「……お姉ちゃん、それなあに? 狼……の耳?」
「…………」
「おいサラ。ここはいい。お前は奥で納品の確認を手伝え」
「え?」
「お客さんの相手は俺がするからいいって言ってんだ。早く行け!」
突然の父親の剣幕に戸惑いながらも、子供は店の奥に引っ込んだ。
「いやいや! すまねえな。今朝方ここらにも小鬼族の話が入ってきてな。店から鍛冶場から久々に活気づいてんだよ。忙しいったらありゃしねえ。で、兄ちゃん達何がいるんだい?」
「サイモンさん、こいつは心配いらないんだ。この男は魔法使いだ。この子は忠実な奴隷だよ」
エリックさんの言葉に店の主人が驚いて俺を見る。明るく空気を取り繕おうとはしたみたいだが……俺達の雰囲気にそれが失敗したことを悟ったようだ。
「……申し訳ねえ。気を悪くさせちまったようだな」
いや、それほどでも。ちょっとびっくりはしたけど。
「……エリックが連れてきたんだ。そりゃあ間違いなんかは起こるはずがねえさ。だが、それでも娘は……」
……ああ。近づけたくない、か。
他で買い物の間も店の人間とは口を利かなかったクロは、ここでも喋らない。
子供に興味深そうに話しかけられても、店主から敵意を向けられても特に反応がない。店主の視線や態度には慣れっこといった感じだ。
「……クロ。悪かった。すまねえ坊主、ここには世話になってるんだ」
「クロ。どうする? 他へ行くか?」
「別に。売ってくれないってわけじゃないんでしょ。他も大して違やしないわ」
獣人は人間を敵視している。戦争の前も後もずっと。
……一昨日、初めてクロと会った時のエリックさんの言葉を思い出す。奴隷商人のホルダンさんやこの店のサイモンさんなど、年配の人間は獣人に対する恐怖心が殊更強いのかもしれない。
……対抗する力を持たない一般市民としたら仕方のないことか。
「時間ももったいないですし、ここで買いましょう。エリックさんの認める店ですからね。サイモンさん、さぞかし安くていい品を揃えてるんでしょう?」
クロが気にしないんだったら、客として買い物をするにあたってはこっちに利がある。目一杯サービスしてもらおう。
「……お、おお。ぜひ見てってくれ」
店は通りに面した外観よりも奥に広い造りになっているが、所狭しと押し込められた商品の陳列棚が場所を取っているので歩くスペースは広くない。天井も高く、値の張る武具は手の届かない高さの壁や棚に飾られている。
日差しを嫌うのか窓も少なく、明るさは必要最小限になっている。狭くて薄暗い空間には鉄や革、古くなった油の独特の匂いがこもっている。身体に悪そうなので長居はしたくないが、これはこれで好きな奴もいそうだ。
「おい、坊主。新人ならこっちだ」
エリックさんが呼ぶそこには……大きな木箱に放り込まれて積まれた武器や防具の山があった。どれも汚れが目立ち、売り物としては扱いが雑に見える。
記憶を辿ればそれはジャンク品のワゴンセールという感じだ。
「格安の中古品だよ。綺麗じゃあないかもしれんが、使いこまれていて意外と手に馴染みやすかったり、前の持ち主が手を加えていたりしていて、結構掘り出し物があるんだ。特にクロのような身体の小さいヤツにはな」
「ほとんど壊れてるじゃないですか……」
「だから安いんだ。身体に合う物は治せば安くていいものになる。色んな品があるからな。見てみる価値はあるぞ」
折れた剣の束に指先の捥げた籠手、穴の開いた革の道具袋などゴミを拾ってきたような物ばかりだ。何の部品かわからない金具もたくさんある。
鉄クズとして溶かすよりは補修なんかの再利用の方がいいってことだろうか。
……おそらく底の方は長いこと埋まったままだろう。少し触っただけでより一層匂い立つ錆臭さにクロも顔をしかめる。
手を突っ込むのは物理的にも危険だなこれ。店主も専門家なのだから、磨けば実は高値のお宝! なんてモノを見逃すこともあるまい。
あ。でも……
「サイモンさん。これとこれをください」
俺はジャンク品の山の中から折れたロングソードとショートソードを買うことにした。エリックさんにも見てもらい、折れていなければそこそこの品というものを探し出すことができた。
「おい坊主。それひょっとして短く直してもらうつもりか? いくら元が良くても、欲しい長さのものを買ったほうが早いし安くつくぜ?」
「ちょっと試してみたいことがあるので、このままで買って帰ります」
「…………他所で頼むってわけじゃあ、ないのかい? ……仕方ねえ。詫びの意味でも売ってやるよ。二本で……銀貨三枚だ」
エリックさんの顔を見る。値段については問題ないと頷く。サイモンさんの渋い顔を見るに、直しで利益を出すためにいい物も置いてあったのかもしれない。
「うまくいったら鞘と柄の新調は、お願いしに来ますよ」
「おいエリック。こいつ本当に新人なのか? 金属加工の魔法は大領地でも一流の鍛冶師の仕事だぞ」
「……色々と規格外の大型新人だよ」
このまま立ち去ればカッコよく決まるところだが、考えてることがうまくいくかどうか不安になってきたので、練習用に折れた剣をもう一本追加で買うことにした。それは普通の売り物にならない剣だったらしく、オマケしてくれた。
あと、折れてはいても裸で剣を持ち歩くと衛兵を呼ばれるとのことで、包むボロ布もサービスで追加してもらえた。
……思ったよりもいい人だった。こっちが恐喝したみたいになっちゃったな。




