第28話 ケモミミ娘と奴隷契約
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この世界では大体の人が日の出とともに起き出し、日が暮れるまで仕事をする。七日に一日、教会の定めた安息日が休日となってはいるが、生活のためには休まず働く人も少なくない。
エブールの町にある店も多くはそんな感じで朝から営業しているようだ。しかし町の東側でも冒険者通りを抜けてこの辺まで来てしまうと、夕方から深夜にかけて賑わう業種の店が多くなっている。
……必然、午前中は静かなものだ。しまったな。
奴隷商人という職種も、馴染みのない自分には朝っぱらから元気に売り買いしているという絵面は想像できない。魚屋でもあるまいし。
しかも今日この時間に訪れることも言ってない。……が、幸いにも目当ての店の入り口は開いてくれていた。
「これは、レイノルド様。いらっしゃいませ。あいにくと主は不在にしておりますが聞いております。私、ハロルドと申します」
店番の取り次ぎで応接室に案内された後、すぐに現れたのはホルダンさんの息子という男だった。
昨日保留した時には三日時間をくれと言っておきながら、翌日の朝に連絡なしで訪れたにも関わらず、クロの受け取りにはすぐに手続きが可能だという。速やかに準備されていたようだ。
「最大限、ご希望にお応えするように言われておりますが、どのような用途で使役されるおつもりでしょうか?」
「用途……っていうか、冒険者の仲間として仕事を手伝ってもらうつもりですが」
「これは……大変失礼をいたしました」
こちらの返事に恐縮するハロルドさん。いや、そんなには怒ってないよ?
ホルダンさんはこっちの考えてることも鋭く見抜いてきたけど、この人はまだまだみたいだな。
……ハロルドさんの説明によると反抗的な獣人は当然人間に襲いかかるため、安全への配慮が第一なのだそうだ。そのため人の近くで使役するのならば、奴隷環も複雑な魔法式で高価なものにする必要がある。
現実的には命令に従わずに暴れるような獣人にはそこまで手をかけられないので、多くは隔離して単純な強制労働になる。獣人の持つ腕力、体力にモノを言わせてなお、過酷な重労働に使い潰されるらしい。
「そんな大げさな物でなくていいです。一応僕も魔法使いの端くれですので、子供の獣人一人くらいなら責任を持って面倒を見ます。あと何かあったとしても、誓ってホルダンさんに迷惑がかかるようなことにはしませんよ」
もっと言うと魔道具的な機能なんかも別になくてもよかったが、市壁の結界の中では対抗する術がなくなるのでダメらしい。
魔道具として二つセットで効果を発揮する使役章は所有者の証明ともなるため、合わせて獣人奴隷には必須とのことだ。町の出入りもできなくなるらしい。
「……奴隷環って首輪じゃない形の物はありませんか?」
「ございますよ。見栄え重視の奴……場合には装飾品として様々な物がありますが、冒険者のお仲間でしたら……」
やはり獣人を人前で連れ歩くのなら、一目で拘束下にあるとわかる物が無難だと言う。指輪やイヤリングでは外れてしまうこともあり、戦闘奴隷には耐久性の面でも適当ではない、との助言を受けて手首の腕輪の形に落ち着いた。
ただ、これでも外して逃亡するケースがあったらしく、首輪に比べると注意が必要とのことだ。
「では、そのように用意をしますのでしばらくお待ちください」
「待ってる間、彼女とは話ができませんか?」
「……わかりました。先にお連れしましょう。準備ができましたら、この部屋で奴、腕輪の契約を行います」
そう言ってハロルドさんが応接室を出ていった。しばらくして別の従業員がクロを連れて入ってくる。部屋にいた俺を見たクロは驚きに目を丸くしている。
……よかった。さすがはホルダンさんだ。拘束のためのゴツい手錠こそ嵌められているものの、寒くないように厚着の町娘の恰好をしている。
顔の汚れもないし、髪も昨日より手入れがされていて綺麗だ。クロも湯くらいは使わせてもらえたようだな。
「扉の前にはおりますので、何かございましたらお声掛けください」
従業員はこちらへお辞儀をして部屋を出て行った。気を利かせてくれたようだ。……かなりの強面なのに教育が行き届いているのがちょっと面白い。
「おはよう。身体の調子はどうだい? いいからそっち座りなよ」
「…………」
来客用の立派過ぎるソファーを見て少し間があったが、クロは素直に腰を下ろした。
「とりあえず、今日からお前のご主人様は俺だから。仕事は魔物退治。強いんだろ? しっかり働いてくれれば待遇は相談に乗るよ」
ここまで来てクロの意向を確認したところで是非もない。こいつが何年行商人に連れられてたかは知らないが、いずれどっかに売られてコキ使われることくらいは承知しているだろう。
「…………あなたみたいな金のなさそうなのに買えるなんて、私よっぽど値がつかないのね」
失礼な。開口一番それかよ。昨日はそれなりに安くない昼飯、おごってやったじゃないか。
「そこを気にするなら、もう少し愛想よくしろよ」
「仕事は……魔物退治? ……あーあ。短い生涯だったわ……。獣人だもの、とんでもないところに放り込まれてすり潰されるんだわ」
「そんなことしないよ。……ならないとは言えないけど、その時は俺も一緒だ」
「じゃあ、食う物も食えず、夜は見張りで寝る間もなく、ひたすら狩りに連れまわされるのね?」
「そんな馬鹿な。飯と休息はちゃんと……、待て。お前主導で待遇の言質をとるんじゃない」
口を開くようになったかと思えばよく喋るやつだな。
「ご飯は?」
そうだった。コイツ割と生意気な上に賢いんだったな。人を見てモノを言ってやがる。同情心につけこまれるようじゃ、ナメられてるなあ。
……上下関係はこれからきっちり躾けないとな。
「働き次第だと言ったろ? あと俺の命令には絶対服従な。拒否権はない。そんな口が利けるのも今だけだぞ」
「……ふん」
とりあえず俺の言いたいことは伝わっただろう。扉の前の男に声をかけて話が済んだことを伝える。ほどなく魔道具一式をトレイのような物に乗せてハロルドさんが入ってきた。
「レイノルド様は魔法をお使いでしたね。恐れ入りますが魔力をこちらのここへ流してください。少しでかまいません」
渡された腕輪には内側に読めない文字が刻まれている。言われた所を指で押さえて魔力伝導を試みると、魔力が文字を伝うようにゆっくりと流れて光る。流し続けると内周の文字全てが淡い光を持った。
「結構です。ではこちらを同じように」
ぱっと見、銀貨に見えたがそうではない。中央に穴の開いた丸い金属の板。
……見覚えのある物だ。石は嵌まっていないが。魔力を流すとやはり文字が光る。ハロルドさんが俺に礼を言う。
「クロ。あの大きさだけど利き腕じゃない方につけるぞ。どっちだ?」
問う俺の目をクロが見つめる。そのまま何も言わずに手錠のついた両手を、左手を差し出すように上げた。
「……ではこちら、今回の譲渡と契約内容に関する書面です。ご確認いただいて問題がなければ三枚全てに署名をお願いいたします」
俺の魔力を登録した奴隷環と使役章にハロルドさんが契約魔法を行使し、俺とクロの奴隷契約は成立した。
長い呪文は八割方ヒヤリングできなかったので、俺がこの契約魔法に手を加えることは現段階では難しい。
しかし書面にはここエブールの領主様の名前と紋章が入っているので、この町に店を構えているホルダンさん達がこの契約に関して俺達を欺くことはないと考えていいだろう。
書類に目を通し、内容と三枚とも同じ物であることを確認してサインする。
「……、……はい。これでいいですか?」
「……はい。確かに。一枚は控えとしてお渡ししておきます」
俺がぶっ壊した前の物とは違い、今の奴隷環に刻まれた魔法式は使役者の命令による魔力(生命力)排出のみだ。使役章の効果範囲から出ようとしない限り、別にクロが何をしようとも奴隷環が勝手に作動することはないが、しばらくはそのことは伏せておこう。
共に行動するにあたっての基本として、俺の命令を聞く、自分の身を守る、周囲に迷惑をかけない、の三つを復唱させることはできた。昼飯を腹一杯食わす約束はしたが。
「……この度はご利用、誠にありがとうございました。何かございましたらいつでもお越しください。私どももレイノルド様にお勧めできる品を揃えて、またのご来店をお待ち申し上げております」
……ちょっと待って。やめて。ほいほい買えるようなお金ないから。そんなこと言うならもう来ないよ?
退店の背中越しにかけられたハロルドさんの聞き逃せない挨拶に振り返り、要るときはちゃんとここへ声をかけるので、先に仕入れたりするのはやめてもらうようしっかりとお願いをした。
よく考えたら獣人奴隷はここじゃ儲からないはずだから、まあリップサービスの定型文だろうけど。
もし次に来た時にクロみたいなのを並べられたら…………領主様に仕えるか。
いかん、間違いなく少女奴隷を手に入れて舞い上がっている。我に返り、浮かれた妄想を振り払ってから店を後にした。




