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第26話 ゴブリンの群れ調査依頼

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 エブールの町に到着して早々に接触してきた領主配下の魔法使いエルミラさんに呼び出され、領主ウィルク様の屋敷で夕食をご馳走になることになった。

 エルミラさんの狙いはやはり予想通りというか、俺を領主の家臣としてスカウトすることだったようだ。


 領民でかつ村長の次男という立場でもあるため、命令とあれば穏便に断ることは難しい。が、若い領主は意外にもそういう横暴なタイプではなく、冒険者になりたいという俺の意思は尊重された。


 八年前の五歳の時、名の通った女冒険者と二人がかりだったとはいえ、幼い子供が魔力を使って熊の魔物を倒したことは当時の先代子爵にも大いに興味を持たれたらしい。

 両親と師である神官様の所にも先代からの実態調査、ないしは召喚命令のための人間が使わされていた。しかし「まだ七歳にもなっていないような幼児に対して、貴族たる領主様が何をバカなことを。必死か」という意味合いの母の主張によって突っぱねられたようだ。


 ここに来て初めて当事者の話を聞くに、亡くなった先代の領主は割と必死だったらしい。ここコリンズ子爵家の家臣、配下には魔力を使える人間は少なくないものの、戦力としての魔法使いはエルミラさんを除くと心許(こころもと)ないとのことだ。

 向いの席で夕食を共にしている女魔法使いさんも、こう見えて孫のいるような(とし)だ。なるほど若い才能は取り込みたいと考えても無理はないのかもしれない。




「……なのに坊主が楽しげに話しかけるんですよ? こっちはいつ暴れだすか気が気がじゃないってのに。で、そのまま(ろく)に仮眠もとれず夜を明かして……でも陽が(のぼ)ったら、不思議と坊主の言うことは聞くようになってましてねぇ。まあ、何とか面倒も起こらずに、町中も引き渡しまで無事済みましたよ」


「そんな状態から、よく懐いたね?」


 エリックさんがクロについて昨日のことを領主様達に話す。俺はもうぶっちゃけてもいいかと思っていたが、気が利く彼は魔道具の焼失は事故としてぼかしてくれた。


「……しっかし酷い話だねえ。その行商人、獣人奴隷の扱いは素人だなあ。そんな状態じゃもう買い手なんかつかないし、実力もないのに相手の意思を一切無視して抑え込もうだなんて危なすぎる」


「大方よく知りもしないままに儲け話とでも騙されて、つかまされたのではないでしょうか。力のない人間と同じ扱いをしていたようですね……」


「ホルダンの奴も、そんな行商人と付き合いがあったばかりに余計な仕事が増えたわけだ」


 やはり貴族といった人達は獣人、人間を問わず奴隷については詳しいみたいだ。しかしそんな危険な商材を知識もないのに取り扱うなんてあの行商人、案の定クズだったな。


「……そのホルダンさんも、坊主と繋がりを持てれば金になると踏んだようです。コイツは妙に大人びてますから一旦保留にしやがったんですけどね。欲しいんならもらっときゃいいのに」


「欲しいっていうか、まだ小さいから親元へ返してやれないかと思ったんですよ。でもそんな高価なものをいきなりもらうってのも……」


 欲しいか欲しくないかと聞かれると欲しいけど。


「……あの男、転んでもタダでは起きないわね」


「レノ。その奴隷は……心配するほど高くもないよ。さらにここじゃ獣人奴隷の(あきな)いを()め上げるために税を上げてるからね。ホルダンも僕らに高い税を持っていかれるくらいなら、人脈作りに気前のいい所を見せようって考えだろうね」


 ウィルク様の話によると、獣人の売買で値がつくのはまず赤子。性格が穏やかな者。需要に見合った戦闘力を持つ男。人間ならば若い女性は高価だが、獣人はまず危なくて奴隷環(どれいかん)で拘束してもそういう用途には使いづらい。後、そんなに俺が思うほど需要も多くないようだ。人間の方がいいらしい。

 そのため女でも成長して自我を持った、特に反抗的な者は売値に対して維持管理のリスクもコストも見合わず好まれないとのことだ。


「あなたが引き取ってくれるなら奴隷商人も万々歳でしょうね」


「だとさ坊主。気にせずもらっとけ。代金もいらんいらん」


 ……なるほど。やっぱりうまい話には裏がある。あの爺さんにも思惑(おもわく)があったんだな。いい話を聞けた。これだけでもここへ来てよかった。


「……そっちの趣味なら、ウチの侍女たちじゃあダメねえ」


 かなり物申したかったが、ここで反論して下世話な話を広げても俺が損するだけになりそうなので口はつぐんだ。

 俺はともかくもっと小さい子達も聞いてるんだけど。やっぱり貴族の教育方針は庶民には理解できないものがあるな。




 食事が終わっても会話は弾んでいるウィルク様とエリックさんは、まだグラスを手放さない。身分差を感じさせない仲の良さだ。

 俺が酒を飲まないと見たエルミラさんが手ずからお茶を入れてくれた。どうやら彼女は俺の勧誘を完全には諦めていないようだ。まあ領主にとって魔法戦力は死活問題ではある。


「……ははっ。魔力が強くて腕に覚えのある奴らは、北の開拓地や東の紛争地域にでも行けば、こんな平和な田舎町よりももっといい仕官の口があるからねえ。領地の豊かさじゃ西や南の王都にもかなわないし」


「俺達冒険者組合(ギルド)も似たようなもんすよ。稼ぎたい奴、稼げる奴はどんどん他所(よそ)へ行っちまう」


 ……ウチの村もそうだったけど、小さなエブール領は平和だ。周辺領地とも関係は悪くない。のんびり畑をやるならここが一番じゃないかと思う。

 もちろん領内に魔物が全くいないというわけではないが、危険な個体はあれ以来聞かない。……そういえばあの人は今頃どこで何やってるかな。


「……何をのんきなことを。そのせいで今、手が回ってない問題があるでしょう。もう少し危機感をお持ちいただきたいですわね」


「あっと。そうだった。レノは冒険者として登録したんだよね」


「はい。子供の頃からの夢でしたので」


組合(ギルド)長をへこませて即鉄札ですよコイツ」


「へぇ! あの人を!? それってけっこう凄いんじゃないかい? じゃあそこを見込んで、僕から指名で依頼をお願いしたいんだけど。ねえエルミラ」


 今ここで直面している危機といえば昨日のあれだろうな。


「ええ。そうですわね。……もちろんあなただけではなく、明日には組合(ギルド)の方にも同じ内容で依頼を出すんだけれど……今回の南の街道に出現した小鬼族(ゴブリン)、その群れの調査と……可能ならば殲滅に力を貸してほしいの」


「昨日、坊主と仕留めたのは(オス)の戦士が三匹とガキが九匹でしたね。最低でも(メス)が複数、そう遠くない場所にいるはずです」


「あれの繁殖力を考えると……群れなんていう規模ではないかもしれないわね」


「全く。そんなもんが何で突然ウチの領地に()いて出てくるんだよ……」


「我々の手勢はこの町と領内の村、街道周辺の守りで手一杯ですわ。……冒険者達の協力が思わしくなければ、伯爵様へ助力を願い出るしかありません」


「……また嫌味を言われるねえ。親父の時のようにはいかないんだよなあ」


「すでに現状の報告と、もしもの場合の準備をお願いする使いは出してあります」


 ウィルク様が眉間に(しわ)を寄せるが、報連相(ホウレンソウ)は大事ですよ。まあ何とか上司の手を煩わせることなく領内で解決してしまえば減点にはならないだろう。


「……わかりました。せっかくの仕官の誘いをお断りしてしまいましたので、せめて冒険者としてはご期待に添えたいと思います」


「そう言ってくれると思ってたよ! エリックは自由に使ってくれ!」


「ええっ? そうなるんすか? まあオルビアが動けませんから、俺もそのつもりでしたがね……。ってことだが、かまわねえか?」


 おお! 俺にはまだ近隣の土地勘がないからこれは助かる。


「こちらこそよろしくお願いします。一人ではいろいろと無理がありますからね」


「あら。あなたは一人ではないでしょう?」


 ……その話題は蒸し返さないでいただきたい。ウィルク様もエリックさんも声を出して笑う。


 うん。まあこうなれば仕方がないな。大きな仕事も入ったことだし、あいつにも手伝ってもらおう。仲間は多い方がいい。

 ……たぶん食費さえケチらなければついてきてくれると思う。


「よし、今晩は二人とも部屋を用意させよう。休んでいくといい。明日からは依頼の件、よろしく頼むよ!」






 翌朝、これまた上等の朝食をいただいたが、エリックさんはウィルク様と夜遅くまで飲んでいたらしく姿を見せなかった。執事の爺さんが昼にギルドで落ち合おうという伝言を請け負ってくれていた。


 エルミラさんと領主の長男であるアイク様に見送られて屋敷を後にする。依頼については何かわかればすぐにギルドに報告を入れる約束をした。


 風が入り込まないようにコートの首元を閉める。陽の高さと鐘の音からすると、だいたい午前八時は過ぎてるくらいか。

 さて、どうすっかな。……先にギルドへ行くか。偉い人が説明があるって言ってたからエリックさんが来る前に登録証をもらって済ませておいた方がいいだろう。


 仕事をするにあたって武器も手に入れないといけないんだけど、買い物はクロを連れてからの方がいいかな。



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