第25話 領主との謁見
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「ようこそレイノルド君! 僕がこのエブールの領主、ウィルク・コリンズです」
「……はじめまして。ラタ村の村長ロルテルの次男、レイノルドと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
食堂に入っていきなり男が握手を求めてきた。いきなり近いな。領主だというのだからもっとテーブルの端から高圧的な態度でくるかと思ったが。
「急な話で悪いね。僕もビックリしたんだよ。よく来てくれたね」
「ウィルク様」
エルミラさんに睨まれて苦笑いしている。ふふ、割と気さくな兄ちゃんだ。中肉中背で金髪くらいしか特徴がない。確か四年前に先代の領主が亡くなって跡を継いだ、ということはテオドル先生も言っていたな。
そこにいるエリックさんとはそんなに齢は離れていない計算だが、そこはやはり貴族。野山を駆けずり回る冒険者と比べると見た目はダンチに若い。
「妻は所用で同席できなかったんだけど、こっちは僕の子供達だ。ほら挨拶しなさい」
と、ウィルク様の言葉に三人の子供達が自己紹介をする。なんか色々と気安すぎだと思うが、領主がこんなので大丈夫か?
長男が十歳、長女が十六歳、次女が八歳か。淀みも無駄もない挨拶だった。みんな賢そうだ。奥様はたぶん美人だな。
「齢も近いし、仲良くしてやってくれないか?」
「は、いえ、……はい。光栄です」
ええと、何て返したらいいんだこういう時。
「ま、そんなに恐縮しなくていいよ。ウチは先代の父が戦の手柄で爵位と領地をもらってここにいるんだ。貴族コリンズ子爵家といっても日は浅い。僕も偉そうにするのは苦手な性分だし。ほらほらかけてよ」
「それは言わなくてよいのです……。最初くらいちゃんとしな、してください。子供達もいるんだから」
「エルミラもさっきは楽しそうだったじゃないか。身内みたいなものなんだろう? あ、酒飲める?」
扉の傍で聞いてたなこの領主。とは言えず曖昧な笑顔をしておく。エルミラさんがでかい溜息をつく。
「はー……。この子は……。何のためにここへ呼んだのか……」
「エリックの話じゃ、もう冒険者登録しちゃったんだろう? 僕に仕える気ないじゃん」
おいおい母ちゃんと息子の会話かよ。それでも客前ですんなよ。どんな顔したらいいんだよこういう時。
「ねえエルミラ。いくら領民でも断れない領主命令でムリヤリ勧誘とかダメだよ? 親父が村長に話をしようとしても断られたんだし。そういう無体な事は嫌いなんだ。アイク達と普通に友達になってもらえりゃいいじゃんか」
「あー、もう! はいはい! わかりましたよ! 食事にしましょう! 全く人の気も知らないで。……レイノルド、あなたお酒は?」
ふふふ。村の大人とは別の人種みたいに見えるな。庶民と貴族の違いってやつか。愉快な人達だ。このかけあいそのものが懐柔策だったらすごいけどな。
「よろしければ、レノとお呼びください。お酒は……」
大好きだ。前世では。それはもう毎晩のように。だが、今はまだ十三歳。アルコールの摂取が成長期に悪影響を及ぼすかもしれないのでこの身体ではまだ一滴も飲んでいない。村では別に飲酒の年齢制限はなかったが。
「……強くありませんので、ほんの少しだけ」
貴族の夕食に呼ばれる機会などめったにあることではない。ここで出される酒ならば、それはどんな品なのだろうか。身体にはよくないかもしれないが少しだけでも味を見てみたい。こればっかりは欲求にも好奇心にも抗えない。
コリンズ子爵家の食堂はかなりの広さだったが、食卓は人数に合わせた適度な大きさだったので領主一族とも遠すぎない距離で会話ができた。エリックさんとエルミラさんも一緒に食事を楽しむ。
給仕をしてくれるのは門で会った爺さんと侍女さん達。ウィルク様の側には護衛の人もいる。
料理は初めて目にし、口にするものばかりだがかなり美味い。だいぶ手をかけているので材料が肉、魚、野菜くらいの想像はつくが味付けや調理方法はよくわからない。でもこれはいくらでも食える気がするな。美味いしかない。
期待に打ち震えながら初めて口にした酒は……残念ながら味覚が未熟なせいか美味いとは思えなかった。
エリックさんが幸せそうに噛み締めていたので確実に高い酒なのは間違いない。悔しい。飲み慣れないとダメか。クソ、もうしばらく我慢せざるを得ない……。大人になったら絶対飲んでやる、もう一度ちゃんと飲み比べてやるぞ……。
「……にもお詳しいなんて。あなたがいなければ彼女はどうなっていたか。本当にありがとうございます。私からも何かお礼をさせていただきたいですわ」
……ん? 領主の長女様だったか。聞いてなかった。
「おい坊主。なんて顔してやがる。酔ったのか? こういう場で本気で飯食ってんじゃねえよ」
エリックさんの小声の忠告に我に返る。えーと、アルマ様だ。
「お前が助けたオルビアのことだよ。アルマ様とは同い年だからな」
「……ああ! 私ごとき大したことはしておりません。きっと神の思し召しでしょう。彼女の日頃の信心の賜物です」
知らんけど適当に持ち上げておこう。どうやら今日の処置は無事終わり、施療院からは連れ帰って自宅で療養しているらしい。
「へえ。とても町まで持つようなケガじゃあなかったと聞いてるよ。治癒魔法かい?」
「いえ。私も回復の魔法は使えませんが、先生より少しばかりの医術を学んでおります」
大部分は前世の救命講習と家庭の医学レベルだけどな。
「……レノの師はラタ村の神官でしたか。そこまで教えを受けて、よく出家せずに冒険者になれましたね? 普通はそのまま教会に入り、他の道など師が認めないものですが」
エルミラさんが問う。うすうす思っていたけどテオドル様はかなり変わり者の神官のようだ。
「何だ、レノは知らないのかい? 治癒魔法はもちろん、医療の研究は教会が最も進んでいるんだ。重い病や死に瀕するような大ケガは、だいたいあそこに頼るしかない。その点は教会側も理解していて、僕ら領主にとってはなかなか面倒くさいよ?」
……へえ。……しまった。持ち上げ方を間違えた。
「まああなたも修道士でないのならば、今は冒険者でも先のことはどうなるかわからないわよね? ……ほらほら、あそこにいる年上と年下どっちが好み?」
漫画だったら口の中のものを吹き出すところだったが何とかこらえた。酔ってんのかこのおばさん。
「おいおい。別にこいつら自身が気に入ったんならいいんだけどね。……あ! ひょっとしてあいつが今晩いないのはエルミラの仕業かよ! それだったらお前のところにもちょうどいい孫娘がいるんじゃないか?」
「もちろんケガがなければ風呂に送り込んでますわ。ねえレノ? オルビアでもいいわよ。命を助けるなんて出会いとしては最高じゃないかしら。あれ身内贔屓にしても美人だと思うけど、いかがかしら?」
うわっ。長女様の目が凄い爛々としとる。いったい何がどうなることを想像しているんだろう。
しかし、風呂場で侍女に手を出さなくてよかった気がする。この二人のキャラを見るとこの場でどんな展開になってたかわかったものではない。
まあ領主との多少の繋がりはあったほうがいいと思うが、行き過ぎた妙なしがらみは勘弁してもらいたい。
エリックさんは一人我関せずと美味そうにグラスを傾けている。畜生。話聞いてんのか。ちょっとくらい助けてくれよ。やっぱり領主の味方か。
「……子爵様。ありがたいお話ですが今日お会いしたばかりでいきなりそんな話になりますか? こんな村から出てきたばかりの子供に」
「あら。イセリーには取りつく島もなかったけど、あなたのことなら調べはついてるのよ」
「正直で礼儀正しい、狩人の腕も一流だってね。レノが村以外に卸した肉はほぼウチで食べた。料理人も褒めてたよ。もしまた獲るなら組合なんかに持っていっちゃ駄目だよ?」
あー。それほど多くはないが、村で修行中は酒場のニーロさん以外の行商人とも売り買いはしてたな。よく見かけると思ったがあのおっさんはそういうことか。
「そういやアナが肉を食えるようになったのはレノのおかげってことになるね。ほらアナ、この人が猟師さんだよ。お礼を言っときなさい」
ウィルク様に言われた次女の女の子が、少し考えた後、話を理解したらしく笑顔になって恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。くっそかわいい。
「……領主様、エルミラ様。それじゃあダメです。坊主の女の趣味はちょっと変わってまさあ」
……エリックさん酔ってる!? 突然何を言い出すんだ。あんたさっき俺に何て言ったよ!?




