第24話 齢の割には鍛えたいい身体ですがまだ子供です
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生まれ育った村を出て冒険者になるために町へやってきた俺は、その実力を測る試験に合格し、鉄札級の冒険者として登録することを認められた。
先輩冒険者のエリックさんによると、どうやら試験官を務めていたおっさんは冒険者ギルドの長らしい。どおりで強いわけだ。
その後、エリックさんの依頼についての報告のために俺達はギルド長の執務室を訪れていた。
「……なるほど。詳細はわかった。被害からすれば小勢の盗賊程度、領主様の兵が動けばさっさと逃げ散るだろうと踏んでいたが……」
「ええ。俺もです。……まさか領内に小鬼族とは。俺は……盾になって逃がすことすら……」
……ここに来て、エリックさんは今までになかった表情を見せる。
そうだ。俺は完全に自分のことしか考えてなかったが、昨日からこっち彼にとってはムチャクチャ大変な状況だ。見た目や話しぶりは落ち着いた様子だったが……内心はかなりキツかったんじゃないだろうか。
……俺のいろいろな無茶も後でもう一回謝っておこう。
その様子にギルド長も、冒険者と行商人、あり得ないことじゃあない、切り替えろと声をかける。
まあエリックさんもベテランだ。いつまでも引きずるようならここまで冒険者を続けてはいないだろう。
「……それよりもだ。この馬鹿野郎が、お前がさっさとこの男を連れてきて説明してれば俺が痛い思いをしなくて済んだんだ」
「ええぇぇ……。やってる時は楽しそうだったじゃないですか」
「うるせえ。肩は痛えし、寒気はするし……もともとはこれもお前の役目じゃねえか」
「そんな役目初めて聞くんすけど。そりゃ何回かは引き受けたこともありましたがね……」
「申し訳ありません組合長! 昨今の盗賊騒動、いや小鬼族でしたか。その対応で手の空いた職員がいなかったもので! それほどとは……すぐにお薬をお持ちいたします!」
記録をつけていた受付のお姉さんが顔を青くして謝る。ギルド長は話題を変えようとして別の地雷を踏んだようだ。今度はお姉さんをフォローしている。
「……まぁまぁ。坊主の相手が務まるのは、たぶんここじゃ組合長くらいですよ。こいつは攻撃魔法もとんでもねえっす。外でやったら組合長でも危ないかもしれませんぜ?」
エリックさんが得意気に言う。……言い過ぎだな。当然だが、向こうも全然本気ではなかったようだし勝てないだろう。
遠距離から何でもありの不意打ちならやりようはあるかもしれんが、それは暗殺というものだ。ギルド長相手にそんなことを仕掛けたら社会的に敗北する。
「ほう。ウチの職員が把握してないってことは……師は教会か! よくこっちへ来てくれたもんだ」
……あー。庶民の魔法使いは、冒険者ギルドとか教会が探し出して育成してるんだっけか。魔力が使えるだけの人間でも希少なんだから、見つけた人材の囲い込みとか普通にやってんだろうなあ。
俺の師のテオドル様はそのへんの生臭い話は全くしてこなかったけど。冒険者になることも平気で応援してくれたし。
「全くです。こんだけの力がありゃあ、わざわざ冒険者なんぞにならなくても身を立てる術は選び放題だってのに」
……脱線した話が戻らなくなったな。報告はだいたい終わったのだろうか。
「エリックさん、時間大丈夫なんですか? だいぶ陽が傾いてきましたが」
「あっ! マズい! オヤッさん報告は以上です。さっきも言ったがこの坊主は領主様に呼ばれてる」
「おお! そうだったな、いかんいかん。レイノルド、また明日にでも顔を出せ。登録証は最優先で作っておいてやる。冒険者についての詳しい話もその時だ」
「はい。よろしくお願いします」
もう一度ギルド長にお礼を言って執務室を出た。たしか約束は五の鐘だったか。もうそろそろ鳴ってもおかしくはない頃合だ。
エリックさんの慌てようからすると、ここから領主の館へは距離があるのかもしれない。おそらく教会や中央広場のある西の方だろう。
人混みの中を可能な限りの速さで走るエリックさんの案内について、俺も急いで領主の館へと向かった。
「はい。承っております。レイノルド様、エリック様。ようこそいらっしゃいました。ご案内させていただきます」
おそらく町で最も大きいと思われるお屋敷。その正門の守衛の取次ぎで現れた老齢の男性が、俺達を門の中へと招きいれる。
……五の鐘は鳴ってしまったが、人の家に呼ばれた時はほんの少し遅れるくらいでちょうどいい説があったと思う。
執事っぽい爺さんには他にも侍女が数人つき従っており、俺の武器や荷物は預けることになった。
…………。
……ふふっ。さすがに学習した。屋敷の門を境に魔力の結界が強くなった。ここではおそらく魔法使いは一般人と変わるまい。当然屋敷の人間はその限りではないだろうが。
「エリック様はこちらへ。エルミラ様がお待ちです。レイノルド様は、湯の用意ができておりますので浴室へご案内いたします」
え? いきなり風呂?
……まあ飯の前に汗を流せるのはありがたいけど。領主や貴族の家に呼ばれたことがないからわからんがそんなものなのか。
しかし訪問して即風呂を勧められるって、なんか俺が暗に臭いと言われてるみたいだが気にしすぎだろうか。確かに今日は一日忙しくてかなりの汗をかいたが、ふだんは身体も服もこまめに清潔にしてるんだぞ。
魔法が使えるようになって何が嬉しかったかって、やっぱり洗う水とお湯に不自由しなくなったことだ。村では色々と面倒なことになりそうだったから、ごく身内以外には内緒にしてたけど。
侍女さんたちに案内された風呂場は、さすが貴族のお屋敷といったきれいな浴室だった。言っても前世の銭湯とまではいかないが、個人の家にある風呂としてはゆったりとした広さと大きな浴槽がある。こっちの世界では初めてだ。
「私どもがお手伝いさせていただきます」
……手伝う、って? え? ……いやいやいやいや!?
「いえ! 大丈夫です! おかまいなく! 自分でできます!」
「そうはまいりません。お客様のお世話を命じられております」
……ひとしきり抵抗を試みたがどうしても聞き入れてもらえず、されるがままにお願いした。
湯浴み着の侍女さんたちに始めのうちは前世での邪な記憶が甦ったが、丁寧に仕事をしてる彼女たちに申し訳ないのと、ほどなく身体に塗られた油なのかゴミなのかわからない液体が気になっておとなしくなった。
……これ大丈夫かな? 身体に良くなさそうなんだけど。早く流して欲しいなぁ。
せっかくの大きな湯船だったが、周囲にずらりと他人を待たせたような状況ではとてもじゃないがゆっくり浸かることはできない。早口で百を数えてすぐに上がった。
やはりというか、着替えは仕立てのいい高そうな服が用意されていた。
「では食堂へご案内いたします」
侍女さんたちと隊列を組むように挟まれて廊下を歩く。
湯上りのさっぱりした身体に着心地のいい服。ほのかな香油の匂い。空腹感からこれから出されるという貴族の夕食に思いを巡らせる。
…………ダメだダメだ。温泉旅行じゃあないんだ。浮かれんな。俺はこれから貴族の領主に会うんだ。向こうには俺の素性も、たぶん能力も全部バレてる。こっちは何も知らない。
歓迎されてるように見えるが、ここが敵地でないとは決まっていない。魔力も使えないし警戒しない理由がない。
「あら、そんなに警戒しなくてもよろしいのですよ?」
いつの間にか隊列にエルミラさんが加わっている。出た。黒幕おばさん。
「あなた達もういいわ。ここからは私がお連れします。仕事に戻りなさい」
おっと。廊下で接触してきて人払いか。警戒するしかない。侍女さんたちは頭を下げた後、足早に立ち去る。
「お風呂でもっとゆっくりしててもよかったのに。お気に召さなかったかしら?」
エルミラさんが立ち去る侍女の後姿を見ながら言う。
「……いえ。とてもいいお風呂でした。さすがは領主様のお屋敷です」
「…………堅いわねェ。そっっくりだわ。あなた」
……えええッ!? 堅くしてよかったのかよ!! 畜生、子供にそんなことしてくると思わねえよ!
じゃない、似てるって話は……母さんか。村長の妻で魔法が使える母さんなら領主の女魔法使いとも面識があっておかしくないな。
「あの子ったら何っ、べん使いを出しても、取り合ってもくれないんだから。実はずっと会いたかったのですよ? レイノルド君」
やっぱりこっちもか。魔力が使える人間はだいたい十人に一人くらいの割合らしい。労働力としても戦力としても貴重な人材だ。
さらに五歳の子供が大人でも勝てないような魔物を仕留めたとなれば、領主としてはほったらかしにはできないだろう。事実、家にも村の教会にもそんな話がきていたようだし。
「かわいがってた弟子の、子供の顔が見たい、なんてお願いくらい聞いてくれてもイイでしょーにねェ」
あなたの立場的にも絶対そんなほほえましい話ではなかったはずだ。
「……ふふふっ、その目もイセリーと同じだわ。あなたも、孫みたいなものよ? 助けてくれた恩もあるんだし、そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
これ以上のお話は領主様から、ということで食堂へ到着する。
エリックさんも一緒なようなので、とりあえず今晩のところはエルミラさんの話を信用することにした。領主に食事に招待されたのに、頭から警戒心ムキ出しというのも失礼にあたるだろう。




