第23話 冒険者ギルドへ登録しよう
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エブールの町に入った俺とエリックさんは教会と奴隷商人の店を訪ね、それぞれ用事を済ませた。朝からの物理的な荷物はすっきり片付いたが、新たな面倒ごとが二つも発生してしまった。
領主配下の魔法使いエルミラさんより告げられた領主との謁見。まあこれは今晩行ってみるしかないから今はどうにもならない。領主とも関係浅からぬオルビアさんを助けたのは事実だから、今のところそれほど危険もないと思う。
もう一つ、奴隷商ホルダンさんからお礼として差し出された獣人奴隷。こっちは全く予想外の展開だった。さすがに即答はできず、受け取るかどうするかは考える時間を三日もらった。
とりあえず夕方の領主との約束の時間までは余裕があったので、今はおっさんに冒険者ギルドへ案内してもらっている。農家から借りたロバはもう馬車を引いていないので装備と荷物は当然各自で持つ。
ギルドの建物は奴隷商人の店からはそう遠くないらしい。
「……気に入ってたみたいだし、喜んで受け取るかと思ったんだがな」
「そんな馬鹿な。僕は今朝この町に着いたばかりですよ? 職も拠点もまだ何にも定まってないのに、奴隷なんか囲えるわけないじゃないですか。今晩のこともありますし……」
「ま、そりゃそうだ。……しっかしお前さん、冒険者になりたくて初めて町へ出て来たガキの振る舞いにしちゃ、可愛げが無さ過ぎじゃないかね」
「そこまで子供じゃないですからね。二つともエリックさんの付き添い程度のつもりだったのに、いきなり神経つかう話ばっかり振られて参りますよ……」
ホルダンさんとか何を企んでいるのやら。……でも前世じゃ十三歳の中学生の時は怖いもの知らずだった気がするな。偉い大人なんか舐めくさってたわ。獣人奴隷なんかもらったら絶対ロクなことしねえだろな。
「ふふっ。……あ、見えたぞ。あそこが冒険者組合だ。俺は荷を置いた後、ロバを返してくるから先に入って待ってろ。登録するんだったら受付で聞きゃあだいたい教えてくれる。お前なら大丈夫だろう」
「わかりました」
おっさんはこの近所に定宿があるらしい。今日はもうギルドへ報告して俺を領主の館へ案内するだけなので斧や鎧といった重い装備はいらない。というより血だらけ埃塗れは着替えてくるべきだろう。
背中を見送ったその場所には、やはり石造りの立派な建物があった。教会がそうだったように町の公共施設は有事の際の避難所や防衛拠点の役目を兼ねているらしく、頑丈な造りになっている。
通りを見渡せば近隣は軒先に意匠を施した看板の店が並ぶ。酒場、武器、防具……道端に商品が広げられているあそこは雑貨屋かな。なるほど、ここを利用する客層に合わせた店構えだ。さしずめ冒険者通りといったところか。
よし、この町へ来た最大の目的を果たそう。あと大体の問題は金があれば片がつく。仕事をして稼げばいい。壊したものは弁償し、商品には真っ当に代金を払えばいいのだ。
と、不安な気持ちをとりあえず切り替えて、俺は両開きの大きな扉を押し開けた。
「……はい。これが冒険者組合の登録証です。さっきのお話で、何かわからないことはありますか?」
「……えー、と。これが木札の登録証で、仕事をしたかったら掲示板の左側で探して、あっちの窓口へ持って行く」
「はい。そうです」
「掲示板の右側にある仕事は鉄札の登録証がないと請けられない」
「はい」
「鉄札の登録証はどうやったらもらえますか?」
「はい。鉄札の仕事は、木札に比べるととても危ないものです。なので私たち組合が、やらせてもよい、と決めた人にしか、鉄札の登録証はあげられません。そのためには、」
「あー。はい、試験のようなものを受けて認められる必要があるわけですね? できればすぐにお願いしたいのですが」
「……わかりました。少々お待ちください」
カウンター向こうのお姉さんはそう言って席を立った。そんなに幼子に噛んで含めるように説明せんでもわかるんだが。
受付のお姉さんを待つ間に周囲を見回してみる。入り口の扉を開けて入ったこの部屋は大きな広間になっていた。吹き抜けの二階部分の大きな窓からは、外の光が十分に入ってくる。明るくて開放感のあるきれいなロビーだ。
待合所か休憩所といったテーブルとイス、壁には大きな掲示板。長いカウンターで隔てられた向こうの部屋には、書棚に囲まれた机で忙しそうに事務作業をするギルド職員達が見える。
冒険者ギルドが前世でいうところの職業安定所だとすれば、だいたい似たような感じだ。珍しいものは特にはないかな。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
お姉さんについてドアを抜け、建物の中を移動する。
連れてこられた中庭には一人の男が立っていた。背が高くがっしりとした身体付きで齢は壮年くらいに見える。
雰囲気的に冒険者だとは思うが、それにしてはこざっぱりとした服装だ。
「おう。お前さんか。いきなり鉄札の仕事をやりたいってことは……腕には自信があるんだよな?」
「あ、はい。レイノルドと申します。あなたが試験官ということでしょうか?」
「あー。試験とかそんな面倒くせえモンじゃねえよ。木札と鉄札じゃ仕事は別物だ。ある程度物のわかる頭と身を守る力がいるんだ。頭は大丈夫そうだな。武器は何だ?」
「えーと、どうしようかな。……槍にします」
実際に村で振り回していたのは単に長い木の棒で、槍を握ったことはまだない。選んだ理由は単純に武器は長い方が有利だと思うだけだ。まあそれなら弓もあるんだが、身を守る力って言ってるんだから遠距離はダメだろう。
「わかった。俺は剣だ。おい!」
お姉さんが向こうとこちらへそれぞれ長さの違う木の棒を渡す。背負ってた荷物を下ろし、コートを脱いでから受け取った。
太さ長さを確認して握りを確かめてみる。二メートル足らずの、槍としては短めの棒だ。
「齢は十三だったか。よし来い。とりあえず全力でやってみろ」
あーっと、町中には結界があるから全力は無理だな。攻撃魔法はなし、身体強化は使えても荷運び程度か。
……よく考えたらこんな強そうな人と腕試しするのは初めてだな。なんか楽しくなってきた。
「お願いします!」
試験官の男が右手に剣を構えたのを見て、まずは正面からいきなり踏み込んでみる。
「!? ちっ!」
やった! 速さは男の想定以上だったようだ。俺の突きが右肩に届いた。穂がついていたとしたらもう剣を持ってはいられないだろう。
「……速えじゃねえか、この野郎」
男の雰囲気が変わる。さっきまでの木剣の子供相手という緩みはなくなってしまった。
「……一本入ったので合格では?」
「そんなこと言ってねえ。もう一回だ来い」
怖え。気の短いおっさんだな。だがまだ受けには徹してくれるのかな?
再び構えを取った男の、右側に回りこむようにゆっくりと間合いを詰める。
「……!」
俺の穂先が届く間合いに入った瞬間、男が魔力を身に纏った!
「む!?」
「はぁッ!!」
ちっ! 俺が気合とともに放った突きと払いの連続攻撃は難なく捌かれる!
……ああくそ、またやっちまった! 感知したことを悟られた。瞬間的に魔力を察知すると身体が反応してしまう癖を直さないとな。まあそのゼロコンマの遅れがなくても防がれてただろうけど!
「おらよッ!」
げ! 男がかわし様に槍を掴み取り、動きを封じて上段に打ち込んでくる!
こちらも身体強化を使い、強引に振りほどいて受ける!
「はっは! だろうな!」
相手の攻めは終わらない! 身体強化は反応速度の向上にも効果がある。が、ここは剣の間合いだ。もう防ぐのが辛い! 後退を試みるが男の追い足が速い!
……ぐっ! ダメだ! 何とかして離れなければ!
『左手の魔力よ、水となって顕現せよ』
「な!? ふぐっ!」
空中に発生させた水の塊に男が顔を突っ込む形で攻めが途切れる。その隙に地面を転がって距離を取る。すぐさま立ち上がって槍を向ける!
「……がっ、ごぼっ、……エフッ! えぅっ。……フスンッ!」
男は中腰の姿勢で鼻を押さえている。効果は抜群だ。ひょっとしてこの人泳げなかったりして。
「……ぅあー、びびった。組合の中庭で溺れるどば思ばなかった」
「まだ……続けます?」
「ずびっ。うおっ、寒い! いや。もう十分だ。……本当に、いるんだな。お前みたいなのが」
「合格ってことですね? ありがとうございます。あ、すみませんすぐ乾かします」
魔力の水とは言え冬場に乾くのを待つのは辛いだろう。
「組合長、そいつですよ。俺が昔助けたとんでもない子供ってのは。どうです? これで俺の話、信じてもらえたでしょう?」
声に振り返ると、こちらに向かって来る受付のお姉さんとエリックさんの姿があった。




