第22話 奴隷商人の提案
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「これはこれは、エリック様。この度は災難でございましたねえ」
「すまん。……俺の力不足だ。申し訳ないことになっちまった」
「いえいえ。旅から旅の行商人、珍しいことではございません。すでに小鬼族どものことは、商売人の間では噂になっております。お二人が生きて戻られただけでも幸いです」
店番に呼ばれて奥から現れた店の主人は、頭を下げるエリックさんに対して仕事の失敗を責めることなく、その無事を穏やかに喜んだ。すでに事の詳細は把握済みのようだ。
……この人が奴隷商人ホルダンか。奴隷商なんて恐ろしげな肩書にそぐわない普通の、人の良さそうな爺さんだ。呼んできてくれた従業員はガタイのいい、いかにも荒くれ風の男だったから意表をつかれた。
店は中央広場や大通りからは離れた、東の市壁に近い町の外周部にあった。エリックさんによると女性や子供は近寄らない区画らしい。なるほど、店の従業員は一般市民とは違った雰囲気をまとっている。
奴隷商の店といってもこの場で商品を陳列展示しているわけではなく、ちょっとした広さの事務所みたいな部屋だ。仕切られたカウンターの向こうの棚には沢山の書類や本が積まれている。
記憶をたどれば派遣会社や不動産屋なんかに似ている気がする。
「……で、ヘンリーさん達はすでに教会へ送ってきた。後のことは頼めるかい?」
「はい、もちろんでございます。こういう時の助け合いが組合の役目でもありますので。後ほど私どもで教会へ伺います。司祭様ともお話をした上で、ヘンリーとフランツの故郷へも伝えましょう」
「それとだ。彼の荷馬車は触らないように頼んで、表に止めてある。……言いにくいんだが、」
「エリックさん。あれの話なら僕が自分でしますよ」
俺がカッとなってやってしまったんだから、誤魔化しの説明は俺がする。おっさんに嘘をつかせるのはいかんだろう。
幌馬車の荷台の檻に入っているクロについて、経緯と今の状態を伝える。いざ他人に説明してみるとけっこう苦しいストーリーかもしれないが、ここに行商人の糞野郎の死体はない。
魔道具のペンダントは身に着けていたらしいから戦闘中に落としたものをゴブリンと一緒に焼いちゃっても筋は通るんじゃないだろうか。
「失礼! ちょっと荷を見てきます! おい! あれ持って来い!」
話の途中だが、ホルダンさんは俺の心配とは全く別方向に顔色を変えて飛び出していく。
「……な、坊主。枷のついてない獣人ってなこういう扱いなんだぜ?」
ばたばたと店員が動き出し、店の前が慌ただしかったかと思うと、ホルダンさんがクロを連れて戻ってきた。何か仰々しい手錠がはめられている。これも魔道具っぽい。予想はできたがホルダンさん魔力使えるんだな。
「お、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。ヘンリーの話ではかなりの乱暴者だと聞いていたもので……」
「そうなんですか? ここまでおとなしいもんでしたけど。賢い子だと思いますよ。もっと大事に扱ったほうが値がつくんじゃないんですか」
「…………なんと。まさか、これが抵抗しないのはあなたの魔法で?」
「えっ、いや、手荒なことはしてませんよ? 普通に話が通じますが」
「……ほう。それはそれは。獣人は、恐ろしくはないのですか?」
「……はあ。特には。見た目かわいらしい女の子じゃないですか? 獣人そのものも初めて見ましたし。種族とかってわかるんですか?」
「どうも、この坊主の言うことは聞くみたいだ。ま、取り押さえるくらいには腕が立つってのもわかってるんだろうが。……そうでもなきゃのんきに街中を連れては来れねえよ」
エリックさんの言葉に驚いた様子のホルダンさんがこちらをじっと見つめる。
……なんだか目が怖い。さっきまでの人の良さそうな爺さんはどこへ行った?
妙な空気になりそうだったので手短に用件を済まそうとしたが、このまま立ち話で帰すわけにはいきません、とばかりに別室へ通されてしまった。クロは店の従業員に連れて行かれたのでこの場にはいない。
やたらと座り心地のいいソファをすすめられ、大きな商談用のテーブルにつく。部屋には出されたお茶のいい香りが満ちている。
「お若い魔法使い様。この度は私どもの組合員のためにご面倒をおかけしました。ここまで荷を届けていただいたのも……あなた様のお力だとか」
「あ、レイノルドです。ええまあ。……しかし行商人の方々は救えませんでしたし、僕もいろいろと荷馬車を利用させてもらいましたので」
「いえいえ、それでも。おかげさまでヘンリー達を弔ってやれます。彼の家族にもかなりの金を渡してやれるでしょう。……命を落とした行商人としたらツキのあるほうですよ。本当にありがとうございました」
「ああ、そうだ。ホルダンさん、これに荷から使った品を書きとめてある。後で清算を頼む」
エリックさんが自分の荷物からメモを取り出して渡す。律儀な人だ。うん、仕事を頼むならこういう冒険者だよな。ホルダンさんも満足そうに受け取る。
そうだ、自分もこのままでは帰れないんだった。
「あの、ホルダンさん。僕が壊してしまった魔道具なんですが。……貴族の物と聞きました。知らなかったでは済まないと思いますが、どうなるのでしょうか?」
「ああ、使役章を小鬼族と一緒に灰にしたのでしたな。まあ荒事用の奴隷なら、奴隷環の紛失破損は珍しいことではございません。契約時に領主に納める税には、それも込み、ですよ。死亡、解放時にモノが無事なら原則返却が義務、といったところです」
「では、お咎めはない、ということですか?」
「事故の報告は、必要ですがね。犯罪者や捕虜などの危険な奴隷は治安に影響しますから。それもあって奴隷の取り扱いは領主の権限で行われます。奴隷環には領主の紋章が刻まれてもいますので、故意に粗末に扱うと罰せられますよ」
……魔法使いとか獣人がいる世界で社会秩序を保つのも大変だな。スネに傷持つヤツなら、領主もどこで何してるかはある程度把握してないと怖いだろうし。まあリスクの分うまく扱えば恩恵もでかいんだろうけど。
「あの獣人奴隷には新しい物が必要ですから、不要の奴隷環の返却と報告は私どもでやらせていただきます。……たしかエブールではなく捕らえられた東の、獣人の領域に近い領地だったと思います」
おお? ここの領主じゃないのか! よかった、この後会うのに負い目を感じなくて済むのは助かるな。
「しかしレイノルド様、その若さでそれほどの魔力を持ち、魔物の群れを退けるとはたいしたものです」
「エリックさんがいましたからね。一人ではとてもじゃないが無理です」
俺の返答にホルダンさんは深く頷く。
「……私ども商売人はそちらのエリック様のように、実力のある冒険者様とはよい関係を築きたいと考えております」
「おいおいホルダンさん、まだ登録もしちゃいない未成年だぜ?」
ほんとだよ。奴隷商と付き合うつもりはないよ。買うほどの金もないし、まさか仕入れてきて売るなんてことも有り得ないだろう。
「レイノルド様がよろしければ、でございますが……あの獣人奴隷、今回のお礼として私から差し上げましょう。諸経費も全て私どもが負担いたします」
……。…………え?
……くれるの? タダで?
「魔法をお使いならば、丈夫な前衛はお役に立ちますよ。獣人が嫌だという方もおりますから、無理にとは……申しませんが?」
いかん。ホルダンさんが笑顔だ。俺が獣人を忌避するような人間でない、むしろ興味津々なところは完全に看破されている。そんな話になるとは思ってなかったから隙だらけだった。
安いモノでもないだろうし、仲良くなりたいって言ってんだから……受け取ったら面倒なことになるんじゃないだろうか。タダより高いモノはない、というやつだ。
「……獣人奴隷っていくらぐらいするもんですか?」
ホルダンさんには聞こえないようにエリックさんに耳打ちする。
「知らん。相場も変わるしな。以前人間の男で銀貨四十枚くらいという話を聞いたことはある」
……村でなら一年は暮らせそうな額だな。あんな獣人で女の子ならさらに高そうだ。
「逃がしてやりたいんだろ? だったらもらっときゃいいじゃねえか」
ああ、逃亡奴隷になることなく、郷に帰すことができるのか……。
……いや、待てよ。さっきの話じゃまず奴隷環をつけてないと町中は連れ歩けないんだよな。逃がすっつってもそのへんの人間の領域で放してトラブルにでもなったら、当然管理責任のある俺が怒られるんだろう? 引き取り手のいそうな故郷まで連れていかんとマズいんじゃないのか?
「言う事聞かせられるなら、戦闘じゃ役に立つと思うぜ。飯代くらいお前なら稼げるだろ」
ああ、そうだ……。あいつけっこう食うしなあ。あれを毎日養うとすると……。
……ダメだ。即決できない。
「…………ホルダンさん。すみません、急なお話なので……考える時間をいただけますか?」
とりあえずエリックさんの支払いを済ませて、三日後に返事をする約束をして店を出た。
ちょっと冷静になって考えよう。まず領主に呼び出されてるし、今晩のところは身軽な一人の方がいいだろう。




