第21話 領主配下の魔法使い
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ようやく北の町エブールに到着した俺達は、市壁を抜けて中に入り、医者を求めて荷馬車とともに町の大通りを進む。土の道を多くの人々が行き交い、通りの左右には立派な木造の建物が並ぶ。
門を通るまでに抜けてきた壁外の集落とはだいぶ様子が違うなあ。外は何というか粗末な作りの家が多かった。ウチの村みたいな。家畜もよく見かけたから周辺の農地で働く人々だろうか。
壁の内外でわりと貧富の差があるようだな。町の建物は二階建て、三階建ての物もあり、道に面して隙間なく建てられている。
ラタ村に限った話ではなく、領地全体が平和だから人が増えているんだろうな。お、この辺の建物は店が多いようだ。武具の店はどれだろう?
「ここを曲がった先の区画が教会だ。医者がいる施療院は教会に併設してるんだ」
「施療院って動けないようなケガ人も置いてくれるんですか?」
「ああ。もともとは教会が始めた治療所だったんだが、冒険者って商売もケガはつきものだからな。冒険者組合と、この町じゃ領主様も運営に協力してる。格安で寝泊まりも、飯が食えるところもあるぞ」
入院施設もあるのか。しかし宿より安いのなら寝床とか食事の質はお察しだろうな。それでも存在するだけ、想像していたよりも社会福祉的なものは随分マシだ。それに教会の偉い人なら回復魔法とか使えるんじゃないのかな。
「ここの教会にはそこまで上等な魔法使いはいねえよ。医者といっても心得のある修道士達だしな。魔力があるやつももちろんいるぞ。司祭とか」
回復魔法はないのか。……じゃあ念のため、教会に送る前にオルビアさんには魔力治癒のかけ直しをしておくか。
ここの教会の人間がどんなやつかもわからんし、こっちはできるだけ隠しておこう。今度は油断するまい。エリックさんもあまり敬っている風ではないし。
教会は、領主の住む町に相応しい立派な石造りの建物だった。広い敷地も石壁で囲まれている。突然運び込まれたケガ人と遺体に、司祭や修道士は驚きはしたがすぐに落ち着いて対応してくれた。
教会の裏手に移動し、別棟といった建物の前で荷馬車を止めて司祭と話をする。ここでも細々とした話し合いはエリックさんの仕事だ。俺の魔力については聞かれない限りは黙っててもらった。
「……この娘は一応の手当はしているが左腕の傷が大きい。血もだいぶ失っている。連絡はしてあるからすぐに使いが来るはずだ」
「……わかりました。できるだけのことはしてみましょう。……お連れしなさい」
「こっちの二人はホルダンさんとこの所属の行商人と部下だ。この後話をしておくから、連絡を待ってくれ」
「……司祭様」
教会の方からやってきた修道士が司祭に耳打ちをする。一言聞いた司祭は指示を出し、こちらに向き直って微笑む。
「この娘さんのお身内の方が見えられました。お二人にもお話があるようです。教会のほうへ戻りましょう。ご遺体とオルビア様はこちらにお任せください」
「げっ。もう来たのか……しかも自ら」
……エリックさんは知り合いみたいだな。オルビアさんの家族はこの町に住んでんのか。冒険者とはいえこんな若い娘が死にかけたら気が気じゃないよなあ。
あんまり気にしてなかったが、おっさんと女の子のコンビって普通なのかな? いろいろと危なくないかな? 女冒険者ってのはどんくらいいるもんかね。
教会の応接室に通された俺達は、ここの司祭とオルビアさんの身内と思われる女性とテーブルを囲んでいる。部屋の調度品も家具もさすが、ラタ村の教会とは比べ物にならない。
居心地が悪いことこの上ないが、外で待つことも許されず着席を促された。女性のお付きの人や修道女達が何人も立ってるのは気にしないようにする。
「レイノルド様」
正面の女性がこちらに向かって口を開く。質のいいローブに身を包んだ上品な美人だ。
「私はこのエブールの領主に仕えている魔法使いのエルミラと申します。我が孫娘の命をお救いいただいたこと、心より感謝申し上げます」
うわあ。通された部屋の時点でおかしいと思ったが、かなりの大物っぽい。オルビアさんいいとこのお嬢さんか。もし治療に失敗してたらヤバかったな。
「い、いえ。できることをしただけです。それに僕もこのエブールの領民です。そのような物言いは不要です……」
「そうですか? でしたら率直に行きましょうか。ラタ村の村長の息子レイノルド君。領主様が今回のお礼をしたいと、あなたに会いたいとのことです」
おおう。いきなりか。仕事早いなこの町。昔の話も知ってそうな口ぶりだね。これ物言いは優しいけど拒否権ないんだっけ。
「……承知いたしました。この後、馬車を届けないといけないんですが、それが終わってからでもよろしいでしょうか?」
「では、夕食にご招待しましょう。今日の夕方、五の鐘くらいに屋敷にいらしてください。エリックさん、案内をお願いいたしますね」
「は、はい。かしこまりました」
この場でポンポン決まってんだけどいいのかな。領主の都合は大丈夫なの? 普通忙しいんじゃないの?
……ああ、ひょっとして全部エルミラさんが取り仕切ってんのか。おっさんにも有無を言わせないし。ただビビってるし。
その後、詳しい話は領主の館でということになった。エルミラさんはお孫さんのことで司祭と話をするというので、俺とおっさんは教会を後にした。荷馬車を連れて次の目的地へ向かう。
「エリックさんは領主様の部下なんですか?」
「そういうわけじゃねえが、まあ冒険者としては贔屓にしてもらってるな」
確か八年前のラタ村のこともこのおっさんが領主に報告したって言ってたな。この町を拠点にずっと活動してるとしたら、もう家臣みたいなもんだな。オルビアさんとの関係も何となく見えたし。
「……次は、ホルダンって人の店でしたっけ?」
「ああ、この町の奴隷商人の一人でな、俺達に今回の仕事を紹介してきた人でもある。町の顔役だ。……頼むから、おとなしくしててくれよ?」
「わかってますよ。それよりそこへ行く前に昼食にしませんか? 店よりも露店か屋台で何か食べられませんかね」
「ん? ……ああ。そこまでしてやるかね。まあ、それなら中央広場に何か店が出てると思うが……」
「ふふふ。そんな顔しなくても、僕が払いますよ」
意図を理解したエリックさんが渋い顔をしたので、そこまで甘えるつもりはないことを伝える。奴隷商に引き渡したらまた食うや食わずの生活になっちゃうだろうし、昼飯くらいはいいだろう。露店ならそんな贅沢でもないよな。
教会からそれほど離れていない場所にこの町の中央広場があった。円形に設置されているたくさんの花壇は、春ならばさぞ見応えがあっただろう。
日中はいくらか過ごしやすいとは言え、開けた場所に来ると風が肌寒い。元気なのはやっぱり子供くらいのものだ。
そんな広場の風景を眺めがら荷馬車の御者台で手製のホットドッグを齧る。露店で適当に買ったパンとソーセージとチーズを組み合わせて魔法で炙ったものだ。
荷台の幌の中で食べているクロも気に入ってくれたようだ。朝と比べてすっきり広くなったそこでは、他にも串焼きや揚げ物などテーブル代わりの木箱に料理が乗せられている。
屋台だから仕方ないのかもしれないが、彼女が食べたいと指をさしたそれらの料理には野菜が全く入ってない。栄養のバランスが気になるが、サラダなんかはさすがに売ってないからなあ。
飲み物に果汁が入ってるからそれだけでもないよりましか。蜂蜜も入ってて味も体にもいい感じだ。安くはないけど。
「……よーしよし。もうちょっと頑張ってくれよぉ」
一足先に食べ終わったエリックさんはロバに水と飼い葉をあげている。おっさんが早食いなのはやっぱり冒険者の性なのかな。
……それにしても、相変わらず三人では全く会話にならないなあ。おっさんは慣れたのか昨日ほどはビクついていないが、クロの態度は変わらない。
「……うまいか?」
「……。……ん」
声をかけても返事は素っ気ない。そんなことよりといった感じでもしゃもしゃと食事を続けている。
……うまそうに食ってくれてるからまあいいか。もうすぐお別れだ。これから大変だろうけど元気でな。いい人に買われることを願ってるよ。




