第20話 北の町到着
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夜明け前に出発した俺達は、まだ気温の上がらない朝の街道を荷馬車を引いて歩いていた。冒険者のエリックさんも隣で並んで手伝ってくれている。
町まで人力で馬車を引くなど無茶な話か、とも思ったが、道は北の町エブールに向かってごくわずかに下り坂のため、身体強化も合わせれば思っていたほど重労働でもない。ケガ人はもちろん、他もどうせ運ぶ必要のあるものばかりだ。
野営地から町まではこの状態で数時間といったところらしい。けっこうな距離だがそれぐらいの道程ならば魔力切れになることもない。トレーニングだと割り切って頑張ろう。
獣人のクロはまだ体力的に無理はできないだろうから馬車に乗せている。荷台の檻よりはマシなのか、御者台で毛布にくるまっている。揺れるから眠るのは難しいだろうな。
おっさんはまだ彼女を警戒したままだが、それでも昨夜から何事もなく一緒に出発している。無言ではあったが朝食も一緒に取ったし、考えなしに暴れるような子じゃないということは何とか納得してもらえたと思う。
「……さっきの人達はお知り合いですか?」
「領主様の兵士はな。これでも町じゃけっこう頼りにされてんだぜ?」
ついさっき街道ですれ違った集団は、旅人や行商人の集団を四名の兵士が護衛しながら南へ向かうところだった。エリックさんが兵士達だけに昨日の状況を伝えていた。
彼らはすでに南の村にいる先遣の兵士と合流して村と周辺の街道の警備、探索に当たるらしい。出たのは野盗ではなくゴブリンの群れという情報に驚いていたが、話を疑う様子はなかった。
領主への報告はエリックさんが請け負っていたし、冒険者としての信用は確かなようだ。……昨日の襲撃はさすがに魔物の数が多すぎた。相方のオルビアさんも見た目や装備からして駆け出しだろうし。
「小鬼族も、あれが全部じゃないですよね。新手に襲われないといいんですが」
「……ああ。だが、まとまって行動するのはいい手だ。使えそうな奴も多いし俺達の時よりは安全だろうよ」
町へ近づくにつれて道幅は広くなり、路肩の草もきれいに整えられている。視界の右方向に広がる草原は多少の起伏があり、今は左手に流れる川に向けて少し傾斜がついている。水があるおかげか周囲は緑も多い。
街道の東は緩やかな草原の丘、西は眼下に背の低い木々が川を覆い隠すように緑の葉を敷き詰めている。
降り注ぐ今日の柔らかい日差しは寒い冬にはありがたい恵みだが、今現在奴隷並みの荷運びをしている俺達には無用だ。北風のほうがありがたくすらある。
もちろん毛皮のコートなんかは着ていられないので汗で汚れる前にクロに預けた。着ているからあいつはすこぶる快適だろう。
「町に着いたらオルビアを医者に見せてから商会だな。あ、金はあるのか? 町に入るには金がかかるぜ」
「ええ、少しなら。エブールだといくらですか?」
「身分証がないのなら大銅貨一枚だ。今回は俺が払わせてもらおう。冒険者登録するつもりなら次からは免除だがな」
町に住むまっとうな人間なら、出入りの際には所属するギルドや雇用主から身分証を持たせてもらえるらしい。それが無い者は他所者としてそれなりの通行税が必要になる。
領内の村から用事で町に来る時も村長の手紙などが身分証になるとのことだ。身分証があれば通行税は安くなるのは知っていたが、冒険者はタダとは。
「クロはどうなります?」
「行商人の荷物にも税がかかるんだが……今回は事情が複雑だからな。俺が衛兵と話をつけよう」
この荷物は行商人の所縁のある商会が現金化して遺族に相続されるんだっけか? そこから関税も払うんだろうな。商会の取り分も相続税も取られたらガッツリ目減りしそうだな。
「本来なら荷馬車ごと預けて衛兵に任せるところだが、遺体はともかくケガ人も運んでるからな。俺達で商会まで届ける代わりに使わせてもらおう」
襲われて商人は死んだのに荷物は無事だった、なんてケースがそうそうあるとは思えなかったが、事故や病気で……ということもあるか。このおっさんみたいな律儀な冒険者じゃなかったらアウトだろうな。
「お。町が見えてきたぞ。……ふう、もう少しだな」
言われてふと見渡すと、木々のまばらな草原にいくつかの民家と農地が現れる。さらに遠く街道の先には沢山の建物が密集している。町の中に高い壁が見えるのは壁の外にも建物が増えたということだろうか。
「……よし坊主。ちょっとここで待ってろ。この先の農家に知り合いがいるから驢馬でも借りてきてやる。このまま進むのは目立ちすぎるからな」
おお? エリックさん気が利く。湯気が出るほど汗だくなのでしんどいのも本心なんだろうけど。魔力が使えないってのに、何も言わずに一緒に引っ張ってくれた。
注目を浴びるのも止むなしと思っていたが、何か引かせる動物が借りられるならありがたい。
「……それじゃこのまま施療院に行ってからホルダンさんの所に荷馬車を届ける。エルミラ様には早めに報告しといてくれるか?」
「承知しました。領主様の館にはすぐに報せを送ります」
「ああ。あと荷物の獣人奴隷は使役者がいない状態だが、俺とこの魔法使いの坊主で責任持って連行しておく。税についてもホルダンさんと話をしてくれ。あ、坊主の通行税はこれだ」
「はい、確かに。町中ではくれぐれもお気をつけて。……君、名前とどこから来たのか聞かせてくれるかい?」
「あ、はい。レイノルドと申します。南の、ラタ村の出身です」
「そうか。冒険者志望だったか? すでに実戦で通用する魔法使いとは頼もしいな。ようこそエブールへ」
壁の外にできた集落を抜けて、市壁の南門に着いた俺たちは詰所の衛兵に事情を説明する。話をしたのは主にエリックさんなので俺は道を歩く人を見ていた。
出入りの混雑は早朝がピークらしい。今は落ち着いたようで、門を通る人はまばらだ。聞こえてきた鐘から察するに午前十時を回ったところだろう。
そんなことを考えていると荷物の確認が終わった幌馬車が戻ってくる。……クロは檻の中で大人しくしてくれていたようだ。
「よし。行くぞ坊主、まずは医者だ」
二人で衛兵に礼を言ってから、ロバの手綱を引くエリックさんに続いて門をくぐる。
…………? なんだ? ……魔力か? 町の空気が……。
「……ああ、町に来るのは初めてだったな。レイノルド君。大丈夫だ。これは領主様の魔道具による結界だ。町中で一般人は大きい魔力は使えないようになってるんだ。……君もそのつもりでいてくれよ?」
足を止めた俺に門に立っている衛兵が教えてくれる。……ん。何か衛兵が全員俺を見てるんだが。通っただけだぞ。何もしてないぞ?
しばらく視線に晒されたがそれ以上は何も言われず、特に引き止められているわけではないようなので早足でエリックさんに追いつく。
「結界なんてものがあるんですね」
「知らなかったのか? ま、俺も理屈はわからんが、市壁内の魔力の濃度を一定以下に保ってるらしい。作業程度の身体強化や魔法は問題ないが、威力の高い攻撃魔法は使えなくなる。外から撃ち込まれても大丈夫なんだと」
ほう。さすがは領主の住む町だ。そんな魔道具があるとは。試しに右手に魔力を集めてみる。
……あ。吸われてく。一定以上に高まった魔力は空気中へ霧散し、留めることができない。これ怖いな。一般人ってことは取り締まる兵士は影響を受けない装備でもあるのかな。
「……おい坊主、町中では昨日みたいな無茶は勘弁してくれよ? 衛兵には名前も背格好も完全に覚えられたからな? 結界を認識できる魔法使いは少ないんだ。要注意人物になったんだぞ、お前」
何。しまった。魔力智覚か。油断した。あー、兵士にはバレたよなあ。
……うーん、なるように任せるしかないか。どうせ最初から素性は隠してないし、領主と敵対するようなことになったら普通に村に迷惑がかかるだろう。
奴隷環ぶっ壊した件がかなり不安だが……怒られたら全力で謝ろう。次からは結界がありそうな所には注意が必要だな。
「……気をつけます。いろいろと」




