第02話 魔法との出会い
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「父さん、何か手伝うことある? なかったら戻って遊びたい」
「はははっ、手伝ってくれるのか。まあでも……ちょっとまだ、お前が持てる物はないなあ。草むしりも終わったし。いいよ、遊んでおいで。でも村の外へ出たり、危ないことはするんじゃないぞ」
がしがしと頭をなでられる。節榑立った働き者の手だ。今の父は確か三十歳前後だったと思うが、年よりは少し老けて見える。平成日本とは環境が違うのだから俺の主観でしかないが。
「うん。暗くなる前には帰る」
畑から水路に沿って村の方向へと歩く。
ごめん父さん。けっこう前から村の外にある森では訓練しているし、多少危ないこともすでにやってます。しかしそれを正直に言うわけにはいかない。最近は割と大人しくしているし。
服を汚さず、いい子にして少しはポイントを稼ぐ。そして村の中で魔法に関する情報を集める。おそらく注意深く観察していなかっただけで、特に魔法の存在が秘匿されていたわけではないように思う。
……人によっては教えてくれることもあるはずだ。
魔法を使える人。家の使用人ジェーン。彼女はライター程度の火は珍しくないと言っていた。ということはこの村にも魔法を使える人間はまだいるに違いない。
あとどうもジェーンは父さんに俺が魔法に興味を持ったことは黙っていてくれたようだ。
魔法について調べる前にまずはこの村についてわかることをまとめよう。小さな村だが話をした事のある人はまだ多くない。
誰が、どの職業が魔法の適性を必要とするだろう? 鍛冶屋、医者、兵士。どれもこの村にはいない。まだ会ったことが無い。
まあ真っ先に思いついて、この村にいることが確定しているのは聖職者。教会にいる神官の爺さんだ。あの人なら立場的に俺の知りたいことを全部知っている気がする。
ここでの人望も篤く、子供が好きで年長への手習いも熱心に行っている。魔法について自分の望むことを率直に相談してみよう。
教会の窓から中を覗いてみると、目当ての小柄な爺さんが綺麗な女性の肖像画に向かって跪いている。
確か去年の収穫祭の時に母が信仰については簡単に教えてくれた。あの絵の聖女がこの教会のシンボルらしい。
その昔、神様からの教えを守り広めつつ、この国を襲ったという危機から民衆を救ってくれたとか。それによって元祖の神様より聖女様として人気がでてしまったとか。
前世の聞きかじりで未発達な文明の宗教はちょっと不安だったが、ここの教会の神官様においては心配はなさそうだ。お祈りが終わったらしく、綺麗な所作で立ち上がったタイミングを見て教会に入る。
「こんにちわ! テオドル様!」
「はい。こんにちは。レノ君、いつも元気だね。今日はケガはしていないかい?」
…………あ。合点がいった。この人黙って回復魔法かけてくれてたな。
森でトレーニングの真似事をした帰りにテオドル様に会った時は、妙に傷の治りが早かった気がする。
こないだまでは魔法なんて発想がなかったから気がつかなかった。
「今日は大丈夫だよ。いつもありがとう」
「……どういたしまして。今日はどうしたのかな?」
「テオドル様。僕、魔法使いになりたい」
俺の不躾な、いきなりの発言にもかかわらず神官様は笑顔のままだ。少し考えた後、ゆっくりとしゃがみこんで答えてくれる。
「そうか、魔法使いになりたいのか。レノ君は……もうすぐ五つになるのかな? 魔法を覚えるのには、ちょっと早いかなぁ。今は元気に遊んでいる方が大事だよ。もうちょっと大きくなったらまたおいで」
「七歳になるまで?」
「そうだよ。知ってるじゃないか」
「じゃあ、魔法が上手く使えるようになるために必要なことを教えて? 僕は強くなりたいんだ。そのためにできることを今からやりたい」
「……君は、まだ五歳になってないんだよね? にしては……体格も他の同い年の子とはずいぶん違って大きいけど……」
ふふふ。今できることは全部やる。身体作りもその一つだ。
食事は家族が驚くくらい食べている。もちろん好き嫌いなどはない。森の木の実や野草で食べられそうな物、に似た物は見つかり次第試した。前世の記憶を頼りに味や食感で栄養のありそうなものを集めて食べている。
しかし子供の身体は苦味酸味に弱く、美味しいものは本当に少ない。魔法で火を通すことができれば食べられる物が増えるし、弓矢が使えるようになればタンパク質がもっと取れるんだが。
「ふむ……。よしわかった。次はご両親と一緒に教会に来るといい。君はちょっと他の子とは違うようだね。ご両親ともちゃんと話をした上で、魔法の指導について考えよう」
やはり親を蔑ろにはできないか……。しかしテオドル様に話をしたことは正解だったようだ。両親の説得さえクリアできれば、魔法について教えてもらえるかもしれない。
……おそらくこの村で一番の使い手はこの爺さんだろう。まあ、俺に魔法の才能が無かった、という悲しい可能性もまだあるが。
テオドル様と話をしてから二週間が経った。
あれから俺は両親の顔色を常に窺っている。前は割と言うことを聞かなかったりして怒られることもあったが、今はできる限り見える地雷は避けている。
そんな俺を見るジェーンの目がとても優しい。話はしてないが企んでいることがバレているのだろう。
彼女も俺に協力的だ。俺がいくら品行方正に良い子を演じても、他の要因で両親の機嫌などすぐに変わる。日頃の家事の仕事ぶり、農作業の進み具合など夫婦喧嘩の原因としてはありふれたものだ。そこをフォローしてくれるジェーンはやはり凄腕の使用人だ。
今年は気候もよく、麦の実りも昨年以上のものになるそうだ。兄も仕事の手伝いに慣れ、よく父の役に立っているらしい。今晩の食卓は笑顔で会話が弾む。
……よしジェーン、この後食器は俺が運ぶ。食後のお茶をいい感じで頼むぞ。俺の手振りにジェーンがうなずく。
「お父さん、お母さんお願いがあるんだ」
父は上機嫌に紅茶を飲みながら振り向いたが、こちらを見ていた母は笑っていなかった。
「なんだよレノ、お前この間新しい靴買ってもらってたじゃないか」
あれは履き潰して口を開けてしまったんだから仕方がない。……兄がいない時の方が良かったかな。
「うん? 何だ、何か欲しいものがあるのか? 収穫が終わるまで待てないのか」
「あなた、この子は玩具なんか欲しがったことはないですよ。というか、こんなにあらたまってものを言い出すなんて初めてです」
両親と兄が静かになるのを待つ。視線が集まるのを待って話を続ける。
「……あのね、教会の神官様が不思議な力を使ってるのを見たんだ。それが魔法だって教えもらった。いろんなことができるようになるんだって」
少し間を取って両親の顔を見る。
「僕も使えるようになりたい。それでどうしたら魔法を教えてもらえるのかも神官様に聞いたら……父さんと母さんの許しがいるって言われた。ご両親と一緒に教会に来なさいって」
「……魔法なんか覚えてどうするつもりなの?」
母さんの表情が一際厳しくなった。
「……僕は強くなりたい。村の外には人を襲う危ない生き物や、悪い人がいるって言ってたのは母さんだよ。だから、僕は強くなって家族や友達、僕の好きな人達を守りたいんだ。その為の努力はしてる。できることが増えると守れる人が増える」
「レノには魔法の才能があるのか!? 母さんは魔法が使えるけど、俺と父さんは使えないんだよ。いいなあ!」
え! 母さんも魔法使いの適性があるのか。魔法の能力は遺伝するのか?
うわあ顔が怖いよ母さん。出だしでちょっとマズい雰囲気だが、母から顔を背けつつ父に向かって話を続ける。
「使えるかどうかはまだわかんない。でも……」
「なんだテオドル様に見てもらったんじゃないのか? 親と来なさいと言うなら、明日行くか?」
「ちょっと! 魔法の伝達は七歳からです! あなたはライの時も守らずに連れて行きましたよね……。レノもまだまだ早いですし、もし才能があったとしたら適性を調べた時には、魔力の扱いができるようになってしまいます。五歳にもならない子供には……特にこの子にはまだ早いです。あなたも村の長なら自分の子供の特別扱いは特に控えてください」
ぬわ、ダメか。二週間程度では取り繕えてなかった。
……そうだよな。訓練自体はもう二年近く続けているし、生傷はもちろん小学生未満なのにけっこうなケガをして怒られたこともある。父さんはそのへんおおらかだったけど。
「テオドル様も最初は七歳まで待てって言ってた。でも話をしてるうちにご両親にも話をしたいって」
「お! 何だいけそうなのか? すごいじゃないか。才能がなければそれで終わりの話だからな」
「レノすげえな! 大魔法使いの才能があったりして」
「二人ともそんなこというのはやめて」
「魔力が使えるようになったって、すぐに魔法が使えるわけじゃないんだろう? それにこの村じゃテオドル様が見てくださるんだ。レノだってそこらの子供よりはずっと利発だし、お前はいつも心配しすぎじゃないか? もしも才能があるのなら修行は早いほうがいい。領主様もお喜びになる」
父さんが予想外の食いつきだった。……この夫婦、足して二で割ってもらったらちょうどいいかもしれない。ちょっと楽観が過ぎるよ。母さんが普通だと思う。今はありがたいけど。でも父さんだけじゃあテオドル様はよしとはしないだろうな。可否同数だもんな。
「もう。あなたまたそんなこと言って! ……私は許しません。せめて七歳になるまで待ちなさい。このお話は終わりです。もう遅いわ、ライ、レノ、二人とも早く寝るのよ。ジェーン、マルコ後はお願い」
ああああ、やっぱりダメだったか。定石どおり二年待つかぁ。それとも何か方法を考えるか。しかし母親だから心配してるのか、母さんとジェーンでだいぶ温度差があるように見えるな。何かあったのかな。