第17話 ブラックジャックよろしく(脱字ではない)
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「おい! オルビアしっかりしろ! 痛むところはどこだ!」
「……ちょっ、落ち着いてくだ、さい。エリック先輩……」
北の町エブールへ向かう街道、その林の中で、魔物のゴブリンの群れに襲われる荷馬車と遭遇した。俺の二度目の魔物との実戦だったが、大人子供併せて十二匹のゴブリンの殲滅に成功した。
数が多くてひやっとする状況もあったが、何とかなった。
しかし助けに入るのが少し遅かったようで一行には少なくない被害が出ている。確認したところ、倒れて動かない男二人は既に事切れていた。身形からして行商人とその部下と思われる。
……生き残った男女は、冒険者のコンビか。マントの下に鎧を着込んでいるおっさんは元気そうだが、若い女性の方は大きなケガをしているようだ。
「大丈夫ですか? 慌てないで、まずは止血をしないと」
「おお! 助かったぜ……って、うん? 若いの、お前さん一人か? まさか……さっきの援護は、全部お前か!?」
女性の様子を見るにゆっくり問答をしている暇はなさそうだ。おっさんにおざなりに返事をしつつ顔色の悪い彼女へ駆け寄る。一言断って血が滴るマントをめくり上げる。
冬場で厚着ではあるものの、鎧はつけていない。左上腕から肘にかけての傷はかなりの深手だ。あの錆びた剣でやられたものだろう。まずいな。
「おじさん、服か何か大きめの布を。お姉さん、袖破きますよ」
マントとケープを外し、服の長袖部分を身体強化で引き裂く。十分な長さが取れたので袖の布で傷より上の肩に近い所をきつく縛る。元素魔法で水を出して傷口を洗う。寒いところにただの水で申し訳ないが今は余裕がない。
「……きゃっ? ちょっ、君?」
水の冷たさに驚く声にも張りがない。出血がひどい。おっさんからもらった服を包帯代わりに傷口を堅く縛って止血を試みる。
おっさんが彼女に青いポーションを飲ませる。魔力回復の赤は高価で効き目もわかりやすいが、それと比べて安価な青ポーションは薬草類を原料とする栄養ドリンクや弱い抗生物質程度の効能だ。外傷に即効性があるとは聞いたことがない。
……駄目だ。やはり血は止まらない。危険だがもう少し待とう。
「……オルビア!! おい若いの! これマズイぞ!」
「レイノルドです。薪を集めて火を起こしてください。必ず助けます」
ラタ村の神官テオドル先生が使っていた魔力による手当てを、俺は勝手に魔力治癒と名付けた。当然修行期間中に教えを受けて練習したが、やはり先生の域に達することはできなかった。
まず魔力治癒に限らない話だが、他人の身体を魔力伝導で操作することが難しい。生物の持つ魔力、生命力は初めから他者の魔力に対する耐性を備えているため、その耐性を上回る制御技術が必要なのだそうだ。
俺も自分の身体にかける魔力治癒はすぐに会得できたが、狩りの獲物で試した動物実験ではかなり苦労した。約一年前、最近になってやっと、気絶させた状態であれば動物に対する魔力治癒は成功するようになった。しかし村を発つ最後まで、村のケガ人に対する臨床試験は先生の許可が得られなかった。
まあ、この前試した父親の切り傷もまだ止血できなかったから当然だが。軽い切り傷だったので父も快く付き合ってくれた。しかし血が止まるのに時間がかかり過ぎて、成功したのか自然に止まったのか判断がつかなかった。
父からは魔力が身体を流れるのが気持ち悪いからもうやめてくれと言われた。
気を失った人間に試すのはこれが初めてである。今の状態ではどんなに急いで運んでも北の町にも南の村にも間に合わないだろう。やるしかないし、成功させるしかない。
「……オルビアさん」
声をかけつつ左腕に手を当てて意識を集中。傷口の血が瘡蓋となって固まる様子を思い浮かべる。返事をしない彼女の眉間に皺が寄るが魔力の通りは悪くない。
いけそうだ。実際の傷口は布で覆われているので血が止まったかどうかはわからない。
「おじさん、昼ご飯は食べた?」
「……あ? ああ、林に入る前に見通しのいい所で済ませた。なあ、お前ラタ村から来たのか?」
火が安定するように薪をくべるおっさんが答える。よかった、胃が空でなければ少しは無理も利くだろう。治癒能力を促進させて自力で血を増やさせる。俺の魔力も血に換えて補えば……
「……あせるな。血は止まってるはずだ」
…………よし。血圧と脈拍が安定してきた。この状態を維持できれば町まで運ぶこともできるだろう。しかしこのスピードでは戦闘中に他人の治療はできないな。こればっかりは反復練習も難しい。
しばらく様子を見た後、上腕の布を取って傷を見る。血は止まっているようだ。ならば肩の止血帯も取る。確実に縫合が必要な裂傷だが、そんな道具は無い。この布でがっちりと固定して止血しておけば町までは持つ。後は医者に任せよう。
血塗れの布とケープとマントは、元素魔法で出した水の塊で洗浄する。生地を傷めずにしつこい汚れを落とせるようになるのに苦労した魔法だ。続けて風の元素魔法で高温の渦を起こし、殺菌乾燥させる。もちろん着心地抜群のふわっと乾燥だ。
傷口の方も今度は消毒効果のある温水でしっかりと洗って乾燥、さっき綺麗にした布をきつめに巻いて保護してケープ、マントを着せる。斬られて穴が開いているが火の傍なら寒くはないはずだ。
「……もう大丈夫です。峠は越しました」
「山? 何を言ってるのかわからねえが助かったんだな?」
言ってみたかっただけの上に伝わらなかった。ゴブリンの死体を集めて積み上げながらおっさんが安堵する。
行商人と部下の男の遺体は別に布でくるまれて寝かされていた。そうだ、他にも処理が必要なことがあるんだった。
「ありがとうよ。野盗が出るってのも半信半疑だったが、小鬼族の群れは完全に想定外だ。お前が来なきゃ俺らも餌だったな。助かった。……しっかし、ここまでとんでもない魔法使いになってるとはな」
あ。さっきも何か言いかけてたな。俺のこと知ってるのかこのおっさん。冒険者の知り合いなんて一人しかいないぞ。こんなむさくるしいおっさんではない。
「ひでえなあ。でも仕方ねえか。ちょっと背負って運んだだけだものな。エリックってんだ。久しぶりだな、坊主」
あ、いた。もう三人。けど仕方ない。ほとんど話もしないまま寝込んで挨拶もなしだった。名前も聞いた気がするが覚えていない。八年たっておっさんになってるし。
「ああ! はい。失礼しました。その節はお世話になりました!」
「しかしでかくなったな。昔も丈夫そうな子供だったが、だいぶ鍛えたようだな」
お互いの素性がわかり、少しの間昔を振り返ったがすぐにこれからの話になった。エリックさん達は行商人の護衛として南の村に向かう途中だったが、この有様では依頼は中止だ。盗賊がゴブリンだったことも報告しなければならない。
遺体が二つ、重傷者が一名。馬のいない荷馬車が一台。ゴブリンの死体は討伐の証明として右耳を切り取れば後は埋めるか、燃やしておくのが決まりだそうだ。確かに放置してもいいことはない。
行商人とその部下の遺体は、可能ならば北の町エブールへ荷物とともに届けてやるのが筋らしい。この行商人が懇意にしている商会へ届ければ、遺族への連絡や葬儀等の手配は頼めるということだ。
部下の男は奴隷だそうで、おそらく行商人の借金奴隷らしいとのことだった。
「馬を失ったのが痛いですね」
意識の無い重傷者の搬送が必要なので荷馬車を町へ届けることに異論はない。最悪の場合、俺が人力で運ぶことになるかもしれないので、悪いが積み荷を確認させてもらおう。
俺がそう思って荷馬車の後ろに回り込むと、何かが荷台で動く気配がした。
「あ、坊主。ちょっと待て」
ゴブリンの仲間がまだ荷を荒らしている!? 身体強化をかけて幌の入り口を開けてみると、荷物の奥に、布をかけられた箱が置かれている。人が入れそうな大きさだ。
荷台にゴブリンは、いない。そもそも魔力が感じられない。右手にナイフを握ったまま箱の布をまくってみると、そこにいたのは檻に入れられた女の子だった。
意外な光景に言葉を失った俺を彼女が睨む。手足を拘束されたままこちらを見上げる双眸は激しい敵愾心を宿らせていた。




