第16話 街道での惨劇
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村を出て三日目。まずは今のところ順調だ。道連れの人は一つ目の村までなので昨日の朝に別れている。
ラタ村を離れて一人になったので野営も試してみたいところだが、季節的にも治安的にも危ないので日が暮れるまでには次の村に入れるように移動している。
今日の日暮れまでには北の町エブールに着く予定だ。
故郷では南に見えていた山ももう見えなくなっている。周囲にはちょっとした林と背の高い草地が点在するものの、視界の大半は荒野だ。今は人影も見えない。丸二日以上歩いてみて、前世の日本は狭かったのだと痛感する。
北海道へは行ったことがないが、俺の生活していた街では少し移動すると山が見え、少し移動するとすぐに海に出た。さすがに日本では徒歩ではなかったが。
丘や岩で多少デコボコしているものの、周囲全方向は平らな地平線ばかりだ。今の世界では俺の歩いているところは日本よりも遥かに広い大地なのだという実感が湧く。
人の手による建造物が全く見えないのはちょっと楽しい。
「……お。そろそろ昼飯にするか」
街道から少し離れたところの林に、群れの鳥が羽を休めている。この木には葉がないから狙いやすい。保存食に加工する暇はないから、これくらいのもので十分だろう。俺は静かに荷を下ろして弓を構え、適当な距離にいる手頃な大きさの鳥を射抜いた。
ばばっと羽音を立てて散り飛んでいく群れ。林に入って地に落ちた一羽の鳥を拾い、魔力を流し込んで血抜きをする。
「毛を毟るのも血抜きみたいにできると思うんだけどなあ」
何回も試してはいるが、未だにうまくはいかない。結局は手作業だ。一応周囲の様子を確認してから身体強化を使って素早く羽を毟る。
拾い集めた薪に元素魔法で火をつける。毛を全て毟られおいしそうな丸鳥となった肉をナイフで切り分けて炙る。塩しか調味料がないので全て塩味の焼鳥だ。小さい鳥なので可食部は全て胃に収めて、残骸と灰は地面に埋める。
……うん、もうちょっと食べたかったな。泊まった村の食事で出る肉は保存がきくように加工されている。鍋で野菜とともに煮込まれたスープもうまいが、つぶしたばかりの新鮮な鳥の脂は育ち盛りの中学生にはたまらない。
自分で肉を調理するときはだいたい焼いてばかりだ。手の込んだ料理に挑戦するなら調味料やら器具がいる。北の町への三日間の旅路、今は最低限の物しか用意していない。
荷物が増えるようなら師匠のように馬が必要かな……。仲間がいれば荷の負担もわけられるか。戦闘力と家事能力のある仲間がいたら最高だな。
などと、食休みに岩の上に腰をかけて先のことを考えていると、北の方角、林の中を通る街道からごく僅か、微かに魔力の反応を感じる。
おっと。俺と同じようにランチか? そうでなければ……。
昨日泊まった村では領主の兵士達と出会った。俺が旅人と知った彼らが教えてくれた話によると、噂の盗賊はエブールの町への街道近辺、つまりこの辺りで出没するらしい。今まで少なくとも三件、行商人が襲われた痕跡が発見されている。
残された戦闘の跡も激しく、逃げ延びた者や目撃者もいない。状況から見て組織的に活動する集団に連れ去られていると思われ、村周辺で盗賊の拠点探索と警戒に領主の兵士が派遣されているとのことだ。
そんな盗賊がいるとすれば、この先の林の中は旅人を待ち伏せるには絶好の場所と言える。
……相手は人間、かつ多勢か……。迂回して避けるのも手だが、襲われている人がいるならば見捨てることはしたくない。まずはこっちが見つからないように注意して様子を見に行こう。
林の中の街道をしばらく走ったところで、感じられる魔力の数に驚いた。が、周囲を警戒もせずに存在を主張する不快な魔力は人のものではない。
道の向こうから男の叫び声と武器がかち合う音が聞こえる。続けて聞こえてくるのは人語ではない奇妙な掛け声。
荷物を置いて気配を殺して移動、少し離れた木の陰から戦場全体を視界に捉える。そこに広がっていたのは想像よりもおぞましい、血の匂いがここまで漂ってきそうな惨状だった。
「……クッソ!! てめえらぶっ殺してやるッ!!」
幌付の荷馬車の周りにすでに倒れている人間が……二人。それとは離れた位置で激昂してバトルアックスを構えた男が、別にもう一人を抱きかかえているがその足は力なく投げ出されている。
倒れている人達にまだ息があるのかないのか、確かめに駆け寄りたい気持ちは押さえ込む。
ただ一人、戦意を保つ彼が向かい合っている相手は……やはり盗賊などではなかった。
二本足で立ち、武器を持ってはいるが人と明らかに違う緑の肌。長く尖った耳と鼻、赤く切れ長の目と醜く不揃いな牙。獣の皮を身にまとって棍棒を持つものが二匹。それに痛んだ粗末な胸当てと錆びた剣を持っている奴が一匹いる。
そしてぴちゃぴちゃくちゃくちゃと荷馬車の前から聞こえてくる激しい咀嚼音は、馬の死体からだ。同じく人ならざる緑の化け物が十匹近く、馬に群がってそれを貪り喰っている。
「うえっ。小鬼族の子供か……。大人も三匹。数が多い。まともにやり合いたくないな」
魔物の知識も一般的なものは神官のテオドル先生に教えてもらった。
ゴブリンは人間の勢力圏にも紛れ込み、人や家畜を襲う。獣よりは知恵を持ち、力も強いので集団を相手にするのは冒険者でも油断できない魔物だ。
ラタ村の南の森での鍛錬中には会うことはなかったのでこれが初見。ちなみに南の森にも魔力を持つ生き物はいたが上空を飛ぶ鳥だったり、魔力を感知してもすぐに気配を消して逃げ去ったりと接触することはできなかった。
……魔物との戦闘は二回目となる。
「……近いな。攻撃魔法はマズい。まずは魔力無しで不意打ちだ。おっさん、もうちょっと耐えてくれよ」
手持ちの刃物はナイフだけだ。あとは弓と魔法しかないので接近戦はできればやりたくない。倒れている人間を巻き込んでまで魔法をぶっ放すわけにもいかない。
今ゴブリン三匹はこちらに背を向けている。おそらく胸当ての鎧付がリーダーだろう。三対一になっても慎重に冒険者を追い詰めている。
よし。鎧のないあのデカイ奴、魔力伝導無しでなら本身の矢で……
「グギャッ!!」
「……グギギ!?」
命中補正もないので慎重に胴体を撃つ。その隙を見逃さずバトルアックスが、矢を受けたゴブリンの頭を砕く。ナイスだおっさん。しかし残る二匹と食事中だった子供の群れが一斉に周囲を警戒する。
お、鎧付が馬車を離れて木の陰に隠れた。その位置なら……
『右手の……魔力よ、風の……刃となって、切り裂け!』
二匹目だ。盾とした木も鎧も関係なく、右肩から腰に袈裟切りに両断されて鎧付のゴブリンが崩れ落ちる。念のため二発目の風魔法を構えていたが、斜めの切り口を付けた木は狙い通りに荷馬車とは反対側に地響きを立てた。
……よし! 残りのゴブリンも俺の姿を捉えてはいない。魔力智覚は使えないようだ。
冒険者の男が残る大人のゴブリンに殴りかかる。それに群がる子ゴブリンを立て続けに矢で射抜く。魔力有りなら枝矢でヘッドショットが可能だ。
「おいッ! そっちへ子鬼が向かったぞ!」
む! さすがに位置がばれたか。こちらへやってくるゴブリンの内、一匹の頭部を射抜いて残りは子鬼三匹。武器持ちはいない。弓を投げ捨て、ナイフを持つ右手を引いて半身に構える。念のため魔力伝導で身体能力を上げる。
さて、どんなもんだ?
「ギギャアアッ!!」
噛み付こうと飛び掛ってきた一匹目を左の裏拳で打ち落とす。地面に叩きつけられたゴブリンの頭が弾け飛ぶ。魔力入れ過ぎか。おっと二匹目が右足元に……
「痛ってェ!」
三匹目に左前腕に噛み付かれた! 隻眼熊のコートは俺の魔力に反応してそこそこ強力な防刃性能を発揮する。ゴブリンの歯も全く通ってはいないが、その顎の力は伝わってくる。身体強化がなければ骨は二本とも粉々だっただろう。
「グ、グ、ガ…………ゲッ!」
足元のゴブリンから距離を取りつつ、左腕のゴブリンの眉間にナイフを突き立てて投げ捨てる。……いきなり三匹同時はちょっと無理があったか。やっぱり数は脅威だな。だがもう……
「ギッ! ゲゲッ!」
俺が嫌がったと見て、再度姿勢を低くして掴みかかってくる。しかし落ち着けば慌てるような速さではない。俺が最後のゴブリンの首を蹴り砕くのと、荷馬車前のおっさんの戦闘が終わるのはほぼ同時だった。




