第15話 告白と村からの旅立ち
15
「……わたしもいく!」
教会の中、神官テオドル先生の部屋で俺は村を出て冒険者になることをみんなに伝えた。先生もシスターのテリザさんも俺の決意を応援してくれたが、黙っていたミリルが突然口を開いた。
「ミリルさん!? まさかレノ君について行くというのですか?」
おおぉ。ひょっとしたら。俺の自惚れじゃあなければ。自意識過剰でなければ。ミリルがそんなことを考えなくもないかも、と思ったことはある。
……が、俺が北の町で目指すのは冒険者だ。商人や職人といった勤め人では、ない。戦う力のない女の子を連れていける就職先ではないのだ。
俺が八年前にラタ村を脅かした魔物、隻眼熊を冒険者とともに倒した後、ミリルは俺と一緒に過ごすことが多くなった。そもそも当時はミリルの家が大変だったということも理由だが。
ケガ人と収穫と葬儀。俺の両親も村長としてモリスさんをいろいろと助けていた。俺と兄さんも手伝った。
七歳になってからは俺が森に入ることが多くなり、農繁期にはお互い家の手伝いがあって忙しくなった。それでもミリルは時間を見つけてはウチによく遊びに来ていたのだった。
後から聞いた話によると、モリスさんと父の間では長女のミハルを兄の嫁にやるから俺はミリルの婿にいく、という話もあったらしい。先生が口を滑らせて後悔していた。その話が実現していたら俺にも村での居場所はあったわけではある。
今現在、その話を持ち出す者が誰もいないのは、モリスさんが親戚の勧めで娶った後妻さんに長男が生まれているからだ。村へ来たばかりの頃は俺のこともよく可愛がってくれたその後妻さんは、男の子が生まれてからはあまり口を聞いてくれなくなった。
酒の席での話題で、きちんとした約束をしてなかった俺の婿入りは、モリスさんのために身を粉にして働くしっかりとした後妻さんの意向を受けて、今ではなかったことになったみたいだ。
モリスさんはせめてと、生まれた長男の育児が落ち着いた頃にミハルを兄さんの嫁に出した。兄とミハル姉ちゃんはお互い好きあっていたようだから万々歳のハッピーエンドだ。
しかし義姉となった彼女は俺とミリルのことになると今でも少し顔を曇らせる。
先生からの話以外の部分はそれぞれから聞きだしたわけでもなく、状況と雰囲気を見て立てた想像だ。
しかし、もしも俺がミリルの家に婿に入って猟師をしながらモリスさんの畑を継ぐことができていたとしたら、……村での暮らしを受け入れていたかもしれない。
まあ、意味のないタラレバだ。俺の本当にやりたいことは小さい頃から決まっている。ミリルには悪いが、一緒に連れて行くことはできない。
「ミリルちゃん、それじゃ誤解されますよ。さっきの話を今するのでしょう?」
突然の一言を言い放ったまま、顔を真っ赤にして固まったミリルの話の先をテリザさんが促す。
「……は、はい。……わたし、レノと一緒にいたい。けど冒険者はできない。だから、わたしも北の町で働く。今すぐじゃないけど、弟が大きくなったら。……レノのいる町で」
あ、そういうことか。うーん、とりあえず北の町エブールで冒険者として活動は始めるんだけど、ずっとそこを拠点にするかはまだ未定だ。
この世界を見て回りたい欲求もある。でもそれを今言って水を差すわけにもいかない空気だ。
……まあ、すぐにまたとんでもない魔物に出くわして大ケガを追って帰郷ということも有り得る。冒険者は命が残ったら儲けものの商売だ。先のことはどう転ぶかわからない。
「……ミリルの人生だ。家族が許すならしたいようにしろよ。俺のできる範囲でなら助けてやる」
「……うん!!」
いい返事をしやがる。テリザさんもいい笑顔だ。しかしモリスさんは娘を大事にしてるからこの話を聞いたら何て言うかな? あ、俺が面倒見るならってことになるのかなこれ。
……たしか生まれた長男が二つか三つくらいだからもうちょっと先か。いかんな、頼られたときに何とかしてやるくらいの甲斐性はこさえとかないと。
村で縁のある人に挨拶をして三日後、旅立ちの朝となった。今、麦畑の広がる村の北側、地理的には正門とも言える場所で、俺は見知った顔のみの見送りを受けている。
空は晴れ渡り、澄み切った雲一つない青空だ。見送りのみんなは寒そうに身を縮めているが俺はそうでもなかった。
魔力伝導で体温を調節して寒さを防ぐのも簡単なことだが、今は使っていない。俺の身体は見事な熊の毛皮でできたコートに包まれていた。
「……これ、すごく暖かいです。本当にいいんですか?」
「ふふふ。お前が今日、巣立つというのならこれを持たさないわけにはいかんだろう。夏ならやってないぞ?」
猟師のエドさんが皺だらけの顔にさらに皺を刻んで笑う。素材の代金が女冒険者に支払われたこのコートは決して安いものではない筈だ。俺がこの防寒着の原材料を倒したことは、多くの村人にすでに知れ渡っている。
そんな逸品をぽんと餞別にくれた老人は、俺が師と仰ぐ三人目の目指すべき大人だ。すでに猟師は引退し、村の長老のような存在になっている。この人にも返すべき恩は小さくない。
「ありがとうございます。何かお返しになる物を探して持って来ます」
生きてるうちに頼むぞ、という軽口にみんなで笑う。ふと視界の端に佇んでいる男性がいるのを思い出す。気を使って離れたところで別れの挨拶が終わるのを待ってくれている。俺と目が合ったことに気づいた彼は微笑んでくれた。
俺が旅立つ今日、同じく隣村へ行くという村人がいたので同行をお願いしたのだ。道に沿って真っ直ぐ向かえば迷うことは有り得ないが、旅慣れていない俺には道連れはありがたい。
さらにここ二日の間で隣村から流れてきた噂によると、どうも北への街道に盗賊が出ているらしい。それを不安に思っていた彼は俺の同行を歓迎してくれた。かと言ってあまり待たせ過ぎるのも申し訳ない。
家族とは昨夜の内に別れを済ませているのでここでは二言、三言だ。
父は俺の噂が村に聞こえてくるのを楽しみにしていると笑い、母は体を大事にするようにと少し目尻に涙を滲ませる。先生からは心配はしていない、思うとおりにやりなさいと嬉しい言葉をいただいた。
「……レノ。元気でね。…………またね」
「ああ。ミリルも頑張れよ」
あの日の話はミリルの頼みであの場にいた四人の秘密になっている。ミハル義姉さんとモリスさんも見送りに来てくれているので、交わす言葉は簡単なものだった。テリザさんがそっとミリルの肩を抱く。
……よし、行くか。村の方向を向いてみんなの顔を見ていると、いつまでもこのままの気がする。中身は大人なんだから湿っぽい旅立ちにはならないと踏んでいたが、そうではなかったようだ。
「では、みなさんお元気で! いってきます!」
意を決して振り向き、すっかり待たせてしまった同行者の村人に謝る。彼が言うには、隣の村まではゆっくり歩いても日が暮れるまでには余裕を持って着く距離らしい。気にすることはないと笑ってくれた。
道の左右には遠くまで麦の畑が広がっている。この道を両親と兄と並んで歩いた時のことが思い出される。
……畑が見えている間くらいは、もう少し思い出に浸っていてもいいだろう。
まだ一人前とはいえない十三歳の冬の日。俺は生まれ育ったラタ村を離れ、冒険者となるべく旅に出たのだった。




