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第14話 成長したのでそろそろ行こうか

たくさんの閲覧ありがとうございます。

ブックマーク、評価ポイントくださった方ありがとうございました。


5話のジェーン、10話のアキュレイの台詞を改稿しています。

現在主人公が使う能力の難度は「元素魔法<魔力伝導<魔力智覚」の順番です。

14


「…………遠いか? ………………(うご)、くな、……よっと!」


 放たれた矢は吸い込まれるように正確に(うさぎ)の胴体を射抜く。冷たい空気と静寂(せいじゃく)に包まれた森の中に(かす)かな鳴き声が響く。

 見た目は非常に愛らしい小動物だが、農家の息子にとっては憎たらしい害獣である。

 肉はさっぱりとしていて美味。育ち盛りに必要な栄養が()れて畑も守れる。つぶらな黒い瞳に(あわ)れみを感じなくなったのは、弓を手に入れてから割とすぐのことだった。


 季節はもう冬だ。遠く南に見える山の(いただき)には白い化粧が(ほどこ)されているが、俺が住むラタ村……この山の(ふもと)には積もるほどの雪はめったに降らない。

 農作業も一段落したこの時期は、小遣い稼ぎと修行のため森や山で狩猟に(はげ)んでいる。ぴんと張り詰める冬山の空気は前世と何も変わらない。こちらでも好きな季節だ。


十羽目(じっぱめ)っと。……もういいかな」


 拾い上げた兎に刺さっている矢を抜きながら、魔力伝導(まりょくでんどう)で血抜きを行う。この力を手に入れてから八年がたち、俺は十三歳になっていた。最初の頃は失敗していた獲物の処理も、今では無意識にこなせるようになった。


 弓は猟師のエドさんに手ほどきを受け、取り回しの簡単な小さめの弓を譲ってもらった。矢はその辺の木からなるべくまっすぐな枝を()って少しナイフで加工、(やじり)部分を(とが)らせただけのものだ。

 矢羽もついてない細い棒だが、弓に(つが)えた状態で魔力を込めて狙えば、威力と命中精度は補える。小動物の狩り程度なら、この簡単に量産できる矢で射程も威力も十分だ。


 兎を(なわ)でまとめて担ぎ上げたところで今日はいつもより早い時間だが帰宅することにした。重さはどうとでもなるが、かさばる荷物の(わずら)わしさは魔力でもどうしようもない。




「ニーロさん、こんちわ」


「おお! レノ! 今日も獲れたのかい?」


 ラタ村に一軒だけ存在する酒場に寄り、兎を半分買い取ってもらう。この酒場は村人達の(いこ)いの場であり、外からの旅人が宿泊する宿でもある。酒や保存食、少しだが生活雑貨などの(あきな)いもやっている。

 店の中には昼間にもかかわらずよく見る顔が数人、いつもの席で楽しそうにやっている。軽く挨拶をしてカウンターへ進む。


 ここの若い店主のニーロさんは隠居した親父さんに代わって五年前から店を仕切っている人だ。あと今は昼なのでいないが、酒場が混む時間には綺麗な女性の店員が四人も働いている。夕方に来ればよかったかな。


「ありがとな! 君の持ってくる肉は処理がいいから料理の味が全然違うんだよ。またこないだみたいなでかい猪を頼むよ! あ、昼飯食ってかないか?」


「……ごめんなさい。前も言ったけど酒場に出入りしてることは母さんには内緒なんだ。ものすごく怒られる。大人になってからお酒も飲みに来るよ」


「ああ。そんなこと言ってたね。まあ仕方ないか。後二年、楽しみにしてるよ。ジェーンさんにもよろしくね」


「ニーロさんもうすぐ嫁さんもらうんでしょ? まだ諦めてないの?」


 聞き耳を立てている他の客を気にしてか、しどろもどろに抗議する彼は確か二十代後半くらいのはずだ。ウチの使用人は未亡人の独身だけど、(とし)はもう四十を越えたような。いやまあ包容力抜群の美人なのは変わっていないけれども。


 ……他人の趣味をとやかく言うのはよくないな。あまり深くは突っ込まず、笑顔で謝罪して酒場を後にする。


 嫁さんか。この国では、特に忙しい農家では十代での結婚は珍しくない。住む所と仕事の決まってる農民はさっさと頭数を増やすのが効率よく生きる(すべ)だ。


 実はこの八年で俺の家も家族が増えている。二年前には妹が生まれ、昨年は義姉(あね)ができたのだ。

 俺が森で修行にあけくれても、隠れて酒場に出入りをしていても、母さんが大目に見てくれるのは()ってくる獲物が家計の足しになっていることが小さくない理由だろう。

 魔力を使えるようになり成長した今でも、母さんは俺が森に入ることにいい顔はしない。それでも肉を手に入れて帰った時には、ジェーンと義姉(ねえ)さんと嬉しそうに料理をしているのだから当てにされてはいると思う。


 しかしこんな生活もずっとは続けてはいられない。しばらく前から俺はそんな決意を胸に秘めていた。






「お父さん、お母さん、お願いがあるんだ」


 父は上機嫌に紅茶を飲みながら振り向いたが、こちらを見ていた母は笑っていなかった。

 家族と使用人が揃っての夕食後。使用人は住み込みの従業員みたいなものなので、わざわざ食事の時間や食卓を分けたりはしない。この部屋で感じられる暖かさは、決して暖炉の温もりだけのものではない。

 ジェーンとマルコはすでに席を立ち、片付けに取り掛かってはいるが。


「前回は……ああ小刀(ナイフ)だったか。今度は何が欲しいんだ? 今年は豊作だった。レノも十分に働いてくれたしな。……でも今のお前が頼むようなものは、どれだけかかるのか怖いな」


 七歳で弓とナイフと魔法を手に入れてからは農作業の合間は森に通い詰めている。獲物で稼げるようになるには二年近くかかったが、それからは家にも少しお金を入れている。

 小学生が抱えるには大きすぎた借金もすでに返済済みだ。俺が小金(こがね)(たくわ)えているのは両親には周知の事実だろう。


「俺はレノの味方だぞ。いつも美味い肉が食えるのはレノのおかげだしな。なあミハル」


 兄のライムンドと義姉のミハルが微笑む。兄は十八、義姉は十六だったかな。去年嫁いで来た新婚である。その向かいに座る母は、眠そうな二歳の妹をジェーンに任せてから俺の目を見る。


「……近く、家を出ようと思ってる。北の町へ行って冒険者になるんだ。そのために少しはお金も貯めてる。十五になる前に村を出た友達もいるし、僕も自分の力を試したい」


 食卓も、片づけをしている台所からも音が消える。家族の表情はそれぞれ違いがあって興味深い。眼を見張って驚く父、眉をひそめて目を閉じる母。兄は優しく微笑んでいるし、義姉は……少し悲しそうだ。


「……レノなら、このまま村でやっていけるだろう? 猟師でもいいし、賢いお前ならライを助けて村を守ってくれると思っていたんだが」


「父さん、レノのこれまでの暮らしぶり、知ってるだろ? こいつは最初っからそのつもりだよ。家が継げないせいで仲の悪い兄弟なんかどこにでもいる。うちは村長なのにレノがこんなだから気楽でよかったよ」


 兄さんとは子供の頃から何度も将来の話をしている。俺の夢を知っているし応援もしてくれる。反対されるなんて思ってもいない。

 本人もかわいい嫁さんもらって幸せの絶頂だ。俺がいなくなっても村のことは心配ないだろう。気がかりといえば……


「…………」


「……そうね。思っていたよりは早かったけど、家も手狭(てぜま)になったし村長の妻としては次男の若者が夢を持って外へ出て行くのを止める理由はないわ」


 うつむいているミハルの様子を(うかが)いながら、母さんが予想外の答えを出す。止められるかと思っていたが、俺よりも義姉(ねえ)さんを心配しているようだ。


 義姉は母にとても可愛がられている。こちらの世界でも嫁姑(よめしゅうとめ)確執(かくしつ)は普通にあるらしいが、直接見たことはないのでわからない。

 ウチが家庭円満の優しい世界でよかったとしか言えない。


 ちょっと部屋の温度が下がったような気がするが、誰からも強く反対されることはなかった。身の回りの片付けと、他の人にも挨拶を済ませたら村を()つことを手短に告げて部屋を出た。






 家族に宣言をしてしまった以上、できるだけ早く旅立つことにした。説得に時間がかかると思っていたから準備がほとんどできていない。いつまでも家にいたらちょっとカッコ悪い。


 翌日、まず酒場のニーロさんに話をして、出発までに預けてある肉の代金を用意してもらうことをお願いした。飲めるようになったら必ずまた村へ戻ってくることを約束し、普通の値段の酒と女ものの雑貨をいくつか買った。

 ……えーとエドさんとこからモリスさん()、あと何軒か回って教会行ってウチの使用人だな。


 自分で稼げるようになってから教会にも少しずつ喜捨(きしゃ)をしている。神官のテオドル先生からは子供らしくないと苦笑いされるが、こういう贈り物は大事だ。前世の性分(しょうぶん)は十年以上たっても変わらなかった。


 村の中をくるくると挨拶をして回り、教会を訪ねたところ礼拝堂にシスターのテリザさんとミリルがいた。家にいないと思ったら来てたのか。ちょうどいいので二人にも一緒に聞いてもらい、先生へと決意を打ち明ける。


「……ということで(もろ)(ととの)い次第、北の町へ行こうと思います。今まで色々と、たくさん教えていただいてありがとうございました。ちょっと腕試ししてきます」


「…………ついに。行くのですね。時間がたつのは早いものです。いなくなるのは寂しいですが、君は村で猟師をやるような人間じゃあない。色んなものを見て学びなさい。きっと、なりたい自分になれるでしょう」


 先生は突然の話に驚くこともなく、近隣の村から北の町エブールまでの道程(みちのり)を教えてくれる。何度か習った内容ではあるが、俺の住むラタ村を含む周囲の五つの村と一つの町、これらをまとめて領主(りょうしゅ)が治めるエブール(りょう)と呼ばれている。

 村同士でも人や作物、手紙や物資の交流は行われているが、やはり領地(りょうち)の中心となる大きな町エブールへと行き来する人々が最も多い。領内の村々からも仕事を求めて人々が集まる町。冒険者の拠点となるギルドが存在する町でもある。


「……領主様が代替わりしてからは来なくなりましたが、君が七歳になってから前領主様が亡くなるまでは私の所にも使いの(かた)がよく来ていました。町へ着いたら訪ねてみた方がいいかもしれません」


 あー、確かエブール領の領主は四年くらい前に亡くなって今は跡継ぎに替わったんだっけ。その前は村でもちょくちょく他所者(よそもの)を見かけたが、領主が俺を探してたのか。

 七歳で詠唱(えいしょう)を教えてもらった後はしばらく森の奥に入り浸ってたから、教会に顔を出すことは少なくなってた時期だ。家にも来客が頻繁だったが母さんが応対してた覚えがある。


「ありがとうございます。覚えておきます。……ミリルも、テリザさんもお元気で」


 先生とシスター、ミリルにそれぞれ用意した贈り物を渡す。ミリルにはモリスさんへのお酒も持って帰ってもらおう。先生はお酒が好きではなかったかもしれないが、教会だから何かの役には立つだろう。

 ……後は身内の使用人だけだ。今日の仕事があらかた片付き、ほっと一息をつく。


 ん? ミリルの様子がおかしいな。前はよく一緒に遊んでたけど義姉さんが嫁いで来てからは忙しいようで、今日会うのも久しぶりだ。疲れてるのかな?



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