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第13話 面舵一杯、よーそろー

13


「おーい。起きろー」


「…………」


「起きろっつってんでしょ?」


「……」


 何かが枕元で声をかけるのが微かに聞こえる。意識は覚醒したが、身体も頭も動かない。昨夜(ゆうべ)も遅くまで詠唱(えいしょう)の練習をしていたんだ。

 今日も朝から畑に出なくてはいけないことはわかっていたけど、ついつい魔法が安定して発動するようになるまでやってしまった。


「アタシがこんだけ呼びかけてるのに、シカトこいてくれるなんてひっさし振りだわー」


 何だその物言い。母さんでもジェーンでもないな? 何か懐かしい感じがする。


『------------、----、------……』


「長い長い長い!!! 何する気だあんた!!」


 身体の疲労も睡魔もなぎ倒して、本能が警鐘を叩き割る。聞いたこともない長い詠唱と尋常ならざる魔力の奔流(ほんりゅう)を感じて飛び起きた俺は距離を取ってそれに呼びかけた。


「あ。起きたー」


 そこは俺がいつも寝ている寝室ではなかった。白い、何もない、ベッドもない床だけの空間。目の前にいるのは金髪碧眼(きんぱつへきがん)の美女。全てが有り得ない状況に、恐怖心が収まらぬまま混乱に拍車をかける。


「おはよう! はじめましてレイノルド君。私の名前はウィプサニア!」


 目の前の女性は得意げに腰に手を当てて胸を張る。そんな上等の絹のドレスで胸なんか張ったら……。


「……ふふん。よろしい♪ いい反応だよ。やっぱり見た目は子供、中身は大人なんだね?」


「……ぐっ。それでご高名な聖女ウィプサニア様がこんな非現実空間で僕に何の用ですか?」


 くそ。なんだこの人。転生してからこんなふざけた女性には会ったことがない。何でそんな何でも知ってるみたいな目で見てくるんだ。ちょっとかわいいじゃないか。


「いやー、ホントはもっと早くに会う筈だったんだけどねー。一日滞在が伸びちゃってさー。帰国して慌ててアクセスしてみたら、九年たってたわー。ごめんネー」


 はあ? 何か何言ってるかよくわからんが、九年も遅刻したってことか?


「いやほんと、ごめんなさいね。こっから仕切り直すから。爆アゲ間違い無しだから!」


「ちょっと待ってください。すみません、わかるように説明していただいてよろしいですか?」


「えーと、名前は……レノでいっか。……レノよ! 貴方(あなた)は元の世界で尊い意思のもとに命を落とし、此方(こちら)の世界に(あら)たしき命を授かりました!」


 おい。何か口調が急に変わったぞ。


「貴方は生を受けし()の地で為すべき運命(さだめ)を有するもの! ()の運命を打ち破る力を授けましょう!」


 え、何かくれるの? と口に出そうとした瞬間、目の前の女性の掲げた両手が眩い光を放つ。


「此れは技能(スキル)。今此の時! 貴方に授けられる其の技能の名は"(ゲート)"!!」


 うおっ眩しい。何かお芝居が始まったのかな?


「そのような間抜けな顔をするのではありません! 一度しか説明しないからよくお聞きなさい!」


「は……はい」


 女性の両手の強い光は俺の胸に吸い込まれるようにして消える。


「この"(ゲート)"はあなたの魔力によって空間と空間を繋ぐ技能(スキル)! あなたが門を開くことさえできたのならばいかなるモノでも門を介して移動が可能!」


「え。それは狩りで手に入れた獲物の肉も?」


「もちろんです! 町の肉屋だろうと! 北の果ての氷の洞穴だろうと! 自宅の冷凍庫だろうと!」


 それは凄い。食料も武器も、荷物としたモノに煩わされることは無くなるってことじゃないか。


「しかし! だがしかし! この技能(スキル)の本質は()(あら)ず!」


 ……うん。門を開く位置に制限がなければ、敵の頭上に氷でも海水でも落とすことができる。相手を上空ウン千メートルに送って転落死させることもできる。待てよ、身体に門を繋げたら臓器を引っこ抜いて即死させられるじゃないか。

 もし相手の数が多くても、例えば海の海溝の底から極小さい門を繋げれば超水圧の海水ビームが撃てるんじゃないか? さらに後始末を考えなければ毒物だろうと溶岩だろうと敵陣に放り込み放題じゃないか。


「ふっふーん。さすがですねえ! まだありますよ。他の生き物や魔力溜まりと自分の魔力を門で繋げればMPは∞です! 元素魔法なんてケチ臭いこと言わずに、複合魔法も精霊魔法も召喚魔法も時空魔法も詠唱さえ覚えれば撃ち放題でっす!!」


 いやそれは詠唱に時間がかかるから。戦闘ならもっと効率がいい方法があるだろう。


「追いかけられて逃げるときも瞬間移動! 金が無くなったらどこぞの金庫に繋げて金貨パクリ放題! 金も女も国も切り取り次第っスよー!! 旦那!」


 最初の荘厳なお芝居はどこへ行ったんだ。なんで聖女様が小物Aの芝居がそんなに上手いんだよ。


「さらにもう一つ、失われた古代の魔法を一つ授けるッス。その名も状態表示窓(ステータスウインドゥ)!! 額に魔力を込めて『状態表示窓開示』ッス。唱えてみるッスよ!」


 おお! これがかの有名な状態表示窓か。なになに、age9、lv18、HP……


「……アンタ(とし)の割には鍛えてるわねー。大変だったでしょー? ホントごめんネー、こんな苦労wする必要wなかったのにねーwwwwww」


 おい、草はやめろ。それに人の状態表示窓を覗き込むのはマナー違反じゃないのか? あっくそ顔が近い。人の肩に肘を乗せるんじゃない。変な気持ちになっちゃうだろうが。


「ま、それも昨日までの話よ! 明日っから爆アゲだから! PVもブクマも桁違いよ! ここまでやっといて半端なハーレム作ったらアロンアルファ流し込むからね?」


 どこにだ?


「じゃあアタシもう帰るわ。起きたら後ヨロシク♪ 頑張んなさいよ?」






 ……いつもの朝よりも陽が高くなっていることがすぐにわかった。何も言わずに寝かしておいてくれる家族はありがたいが、それで農作業が消えて無くなるわけじゃない。すぐに着替えて畑に向かわなければ。


 状態表示窓の魔法はうんともすんとも言わなかった。おかしな夢を見たものだ。ちょっと畑に修行にと根を詰め過ぎたようだ……。



この話は夢です。実在の人物、名称、使用方法とは一切関係ありません。

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