第11話 魔法の習得(基礎)
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日は西の草原へ傾き、空は赤く染まっている。長かった一日も終わろうとしている。俺は冒険者の男の一人に背負われ、ミリルは神官のテオドル様に背負われて移動し、無事に草原を越えて村の南の柵へ到達した。
他の大人五名はそれぞれ熊肉を手分けして運んでおり、ここで荷車に積み込んで村へ入ることになった。
森で俺が大人達の傍を離れたことは心配をかけたようだったが、無事に戻ったことでそれほど追求はされなかった。熊を倒した話でははっきりと明言はしなかったが、その後動けないはずのケガで歩いていたのでテオドル様には俺が魔力を使えることは完全にバレてしまった。
「私が一足先に村長のところへ行きますので、皆さんはゆっくり村の集会所へ来てください。……レノ君、君は逃げて崖から落ちたので歩くのも大変な大ケガだ。荷車に乗ってくるんだよ? ご両親をびっくりさせるといけない」
先生が俺を熊の毛皮の上に寝かせて念を押す。……うん、なるほど。母さんは解るんだな。その横で冒険者の男二人が目を合わせて頷く。
おいミリル、はっとするんじゃない。忘れてただろ。頼むぞお前。
駆け足で村の中へ向かった先生の後を二台の荷車ががたごとと進む。
同じ荷車に乗っているミリルは鼻をつく血と獣の匂いに顔をしかめてできるだけ触れないようにしているが、俺はそんな元気がないのであきらめて毛皮の上に大の字だ。
嗅覚を魔力で何とかできないかとも思ったが、あんまり自分の感覚を鈍らせたり麻痺させたりするのは怖いので鼻が慣れるのにまかせる。寝心地は悪くないがまだ臭い。
あー。寝っ転がって運ばれていると、どっと身体の疲れを自覚する。魔力による身体強化で長時間無理をしていたというのもあるだろう。
草原を移動している時もそうだったが、魔力を使って荷を運んでいるのはエドさんと冒険者の男二人だけだ。あのリーダーっぽい人は使わずに俺を背負ってきてくれたけど、魔法適性無しだとしたら苦労してるだろうなあ。
ゆっくりと進む荷車の上でそんなことを考えながら、心地よい揺れの中で俺は眠りに落ちた。
「……随分ゆっくりだったな。身体は大丈夫か? 今日はもう来ないのかと思ったぞ」
「ごめんなさい。あまり沢山は持って来れませんでした」
翌日、俺が南の山の炭焼き小屋を訪れた時は昼を少し回っていた。結局昨日の荷車の上で意識を失った後、寝室の自分のベッドの上で眼を覚ましたのは今日の、もう朝とは言えない時間だった。
家族と使用人のマルコはやはり昨日の後処理のため、朝早くから村中を飛び回っているらしい。家にいたのはもう一人の使用人のジェーンのみだった。
彼女は起きて挨拶をした俺を見て泣きながら喜んでくれた。神官様から命の危険はないと聞かされてはいたが、今までで一番酷いケガをして昏睡する姿が不安でたまらなかったようだ。おそらく他の家族も、マルコにも同様に心配をかけてしまっただろう。
そこからジェーンにアキュレイさんの名前を出さずに事情を説明し、助けてくれた冒険者にお礼として食料を提供する約束をしたと説き伏せて家を出た。
家の保存食を持ち出すことよりも身体が大丈夫であることを納得してもらうのに時間がかかった。
朝から魔力で治癒促進を試みているが、実際のところまだ打撲も筋肉痛もひどく、身体強化と鎮痛無しでは歩くのはつらい。
「なあに、それほどの量は期待しちゃいないさ。この酒がありゃ十分だ。褒めてやる」
アキュレイさんの笑顔が眩しい。どうもあれは来賓用の一番いいヤツらしい。ジェーンが顔を青くしていたが、命の恩人だからと理解してもらえた。……心配はいらない。事が終わったら両親には俺が自分で謝る。怒られるのは全部まとめて一回で済むだろうから寝過ごしたことは逆にラッキーだったと考えよう。
……実質半日で魔法習得できればの話だが。
「……さて、じゃあ時間も惜しいから始めるか。お前はいくつか順番がおかしいが、一応普通の教本どおりに行くぞ」
まずアキュレイさんは魔力について説明をしてくれた。全てがわかってるわけじゃねえが、今のところこうじゃねえの? ってことになってるという前置きをつけて。
魔力というのは命ある物は全てが持っているものであり命を保つ力、心を保つ力と考えられている。そして心身の器を超える魔力を持つものが、魔法の適性を発現させ魔力と魔法を扱うことができる。
そして魔力の強さは心の強さに起因するらしい。より強い望みを持つ者が強力な魔力を持つことが多い。例としては商人や貴族の甘やかされるボンボンよりも、必死で生きる貧民街の浮浪児の方が強力な魔力を持ちやすいということだ。
しかしその後どれだけ魔力量や技術が伸びるかは個人の資質と生き方で差が出る。名を残した者は素性に関わらず長く修行に打ち込んだ者が多いとのことだ。
習得しようとする意欲が魔力の強さに結びつく、だからお前ら必死で学ぶんだぞ、というのが教師の決まり文句らしい。
「……で、魔法の研究、使い手の育成は国が進めてるからな。領主の依頼で組合や教会が子供の魔法適性を調べてる。七歳になったら魔法使いが魔力を流し込む。身体の魔力が器を超えていたら使えるようになる。……あたしは自分の腕を上げることしか考えてなかったからガキの扱いは知らん。お前には要らねえし」
「僕が自力で魔力を使えるようになってなかったら……」
「あたしにできることはねえ。せいぜい拳骨入れてみるくらいか? ……ふふふ、痛そうな顔すんな。次行くぞ」
笑いながらアキュレイさんはナイフを取り出し、近くの木の枝を切り落として地面に突き刺して立てた。
「ま、普通に指先からだな。指に魔力を集めて呪文を詠唱する」
『---、--、---』
彼女が全く理解できない謎言語を唱えると、指先から風が起こり、枝の葉を揺らした。
「今の詠唱は……まあ、指先の魔力よ風となって吹け、という感じの意味だな。方向や威力は魔力量と起こす現象を想像して制御するんだ。今の詠唱覚えたか? 暗記と発音が肝だぞ」
『ーーー、ーー、ーーー』
「違う。発音ができてねえ。ーーじゃなくて--だ」
なんだこの発音! 使ったことも聞いたこともない言語だ。……難しいな。よし、あれだ洋画のセリフを物真似する感覚だ。ちょっとオーバーにやってみよう。
『---……、--…………、---』
「おー、お? なんか顔がムカつくが結構言えてるぞ。魔力を込めてその枝に風を吹かせてみな。あ、加減しろよ? お前魔力量は多いからな」
『指先の……、魔力よ……、風となって吹け!』
俺の放った風の元素魔法は、一メートル先の地面に突き立てられた枝に向かい渦を巻いて吹きすさぶ。枝を残して全ての葉は千切れ飛んだ。
おお、魔力は結構使うが割とイメージどおりの効果が出る! 発動に時間がかかるのは要練習といったところか。
「…………今の詠唱で何でそんな攻撃魔法みたいな効果がでるんだ?」
「さあ? でもこれいけますよ師匠! 次行きましょう」
「…………じゃあ、次は火だな。土、水よりは簡単だが、風よりは扱いに気をつけろよ。これは詠唱自体は風とほぼ同じ『指先の魔力よ-となって吹け』でいけるんだが、」
『指先の魔力よ火となって吹け』
「あっ!! 馬鹿!」
熱ッッ!! 指先に灯った小さい火の熱がそのまま伝わり、俺は即座に魔力を散らして消す。以前ジェーンに見せてもらったライター程度の火を想像してて助かった。自分も熱いんかい!
「調子に乗るんじゃないよ。あたしがやれっつったらやるんだよ。火なんだから熱いに決まってんだろ。もう一文詠唱を増やすんだよ。『指先の魔力よ-となって--』ってな。意味としては指と火の間に熱を通さない小さい魔力の盾を置く感じだ。-と--だぞわかるか? 復唱できるんならやってみな」
『指先の魔力よ、盾となって熱を防ぎ、火となって吹け』
おお、今度は熱くない。しかし盾の分余計に魔力がいるな。
「……いきなり生意気なことを。まあそんなに難しいことでもねえか。そいつは耐熱魔法だから使い道はいろいろとある。魔力が持てばだがな」
なるほどわかってきた。魔力をイメージとして現象化するための語彙がいるんだな。どういう仕組みかわからんが、この言語を学べば多種多様な魔法が使えるようになりそうだ。
しかし魔力と詠唱と魔法か。この世界は俺が前世でいた世界とは根本的に在りようが違う。何となく物理法則は似通っているようだが、この魔力というものは全く前世知識では理解が及ばない。これについて探求するのも面白そうだ。




