第106話 新たな美少女
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「ってか、口を挟むとおかしくなるから黙ってたんだけど、私も工事手伝わされるわけ?」
「えっ。あっ。そっか。でも嫌なら無理にとは……。……アキュレイさんがなんて言うと思います?」
「……ああぁぁ。北への出発はまだしばらく先なのよね……。ダメだ行くな、とは言わないわね。先生は……」
「明後日の早朝、拠点になっている最寄りの村まで組合手配で馬車を出してくれるらしいですよ」
冒険者ギルドであらかたの用事を済ませた俺とエミリーさんは交易都市トレドの平民街を教会へと帰る。
ここブラウウェル伯爵領から東のゴズフレズ侯爵領への崩落した街道復旧工事という依頼を引き受けた俺は、合わせて市井一般の人の印象など侯爵家に関する情報収集も果たした。
作業現場には向こうからの人間も参加しているため、他所者の俺が名高い侯爵様を恐れるのはおかしい話ではない。ギルドにいた一般人にはそれほど不審がられることもなかったはずだ。
流れで巻き込まれてしまったエミリーさんは少しかわいそうだが仕方ない。
ちょっとご機嫌は取っておこう。
「落ち着いたところで、喉とか渇きませんか? どっか寄りません?」
「はぁ? なんで私があなたと仲良くお茶しないといけないのよ。もちろん夕食も先生と一緒よ。日が暮れる前にさっさと大聖堂へ帰るわよ」
えー。……取り付く島もないな。
「喉渇いたんなら向こうの井戸か、あっちの露店で果物でも買いなさいよ」
「じゃあ果物ですね。何がお好きですか?」
「はんっ。あんたにおごってもらう理由は何一つないわね。自分が食べる分は自分で出すわよ。あっ、先生にも買って帰らなきゃね」
店屋に入る気はないし、必要のない会話を続けるつもりもないと人混みを割って天幕の露店に向かうエミリーさん。
すげなく放置された俺のリアクションに興味も示さず、山と積まれた色とりどりの果実を物色し始めた。
うーむ。手強い……。
「――あッ!! こら! 待ちなさいよ!! 掏摸よ! 誰か捕まえてっ!」
ん? あ! 走って逃げる男をエミリーさんが追いかけだした。
店先で財布を出したところを強引にかっさらうとは大胆な。
これはいいとこ見せるチャンスか。
交易都市トレドの裏路地を太陽と反対方向に逃走するボロをまとった男。
頭上の民家の窓にロープを渡して干されている洗濯物は、もう建物が影になっていてあまり陽が当たっていない。
……貧民街があるのは北東の方角だったか。
メインストリートから外れた裏道とはいえ、通りには店屋の意匠を施した看板も目立つ。荷車などがすれ違える程度には広さがあり、行きかう人も少なくない。
行く手を遮る荷物や人、雑多な障害物を躱して他人に迷惑をかけないように盗人を追いかける。
俺達二人をそう簡単に撒けると思ったら大間違いだ。
他所者とはいえ、この町に滞在している冒険者。しかも女性が簡単なカモなわけがないんだが、そういうちょっと考えればわかる理屈もスリの頭には入っていないのかね。
「……おかしいわ。地元の人間が本気で逃げてこんなに見失わずにすむかしら」
あっ。わざとなのか。待ち伏せしてる仲間がいるわけだ――っとお!?
突然、石壁の窓から角材が突き出される。躱して転がると周囲には無数の気配。
誘い込まれた少し広い十字路には、得物を持つ大勢の浮浪者が品の無いにやけ面を並べていた。
前方左右はもちろん、今来た道である背中にも足音が止まる。
ぬ。ざっと二、三十って感じか?
「げ。ちょっと多いわね。あんた口だけじゃないでしょうね」
角材を軽く飛び越えて着地したエミリーさんには余裕が見える。
相方が本来の獣人娘クロだったら何一つ不安はないところなんだが、あなたこそ大丈夫ですかね。
「通りの連中はどってことないですが、二階三階の窓の奴らは結構面倒ですね」
穂先や刃は見えず槍のような物騒なモノはないようだが、距離を取られた状態はマズイ。奴らの突き出す物干し竿や角材を掻い潜ってさっさと間合いを詰めないと、頭上から何をバラまいてくるかわからん。
――と、方針を決めたところで囲みの十字路四方向、塞いだ浮浪者のさらに後ろ四ヶ所ともに魔力反応が現れる。
そういやここは壁の外だから魔力は普通に使えるんだっ、たッ!!
古びた石畳と基礎、中世にしては高層な木造の建物多数がひしめく路地を、上階まで震わせる四方向同時の衝撃波。
逃げ場を求める強力な風魔法の圧に舞う砂埃と不潔な人間の体臭。
不意を突かれた浮浪者暴徒はほぼ全員、俺とエミリーさんが手をくだすことなくひと息になぎ倒された。
「よぉし。取り押さえろ! 指図した者がいるはずだ。建物の中も逃がすなよ!」
「……怪我はないようだね。これは君ので間違いないかい?」
「ありがとうございます」
俺達を囲む暴徒のさらに外側に突然現れ、浮浪者どもを即鎮圧した集団。その中の一人から財布を返してもらうエミリーさん。
……その装備にブラウウェル伯爵家の紋章はどこにも見当たらない。領主の衛兵ではないな。つけられていたことには全く気がつかなかった。
「ふふふっ。さすがに勘づいているか。囮にしてしまって申し訳なかった」
俺とエミリーさんの警戒心を解く目論見だろう。謎の武装集団の中で唯一の女性が笑顔で近づいてきた。
ふお……! 動きやすいように小さくまとめられた赤い髪が鮮やかで印象的だ。今までに出会ったことのないタイプのめちゃ凛々しい美人だ。
隣の黒髪ポニーテールと比べても気品や育ちの違いを感じるのは、エミリーさんが俺にひたすら塩対応なせいだけではないと思う。
「私の名はエレナ。そう睨まずとも我々は怪しい者ではない。とある筋からの依頼を受けてこの町で調査をしていた冒険者の班なのだ」
気絶した浮浪者どもをてきぱきと身体検査し拘束していく十数人の男達。
無駄口もなく妙に手慣れた様子からはかなり対人集団戦闘の経験値を感じる。
本当に冒険者なのかと疑問符が浮かぶが、彼らと彼女の胸元には鉄札の冒険者証はちゃんとある。
「……うむ。もう少し説明しよう。この町で、君達のように街道の復旧工事依頼を引き受けた者は少なくない。しかし当日までに怪我を負ったり、何故か急に参加を取り下げたりして、多くの人間が現場には現れなかったのだ」
…………この浮浪者どもは金品を目的とした追いはぎではなく、崖崩れの工事の妨害が狙いだったってのか?
なんでまた、この程度の雑魚集団がそんな大それたことを……。
エレナさんの説明によると、二つの領地が当初計画で取り決めた人数が揃わず、伯爵領側の不自然な落ち度とも言える事情で復旧工事が遅れているという。
へえ。ギルド受付のお姉さんはそんなこと言ってなかったけど。まだギルドまでは届いていない情報なのかな。
「こいつらは我々の尋問の後、伯爵領の衛兵に引き渡す。……君達二人はずいぶん若く見えるが、他に仲間はいないのか? 帰り道はわかるか? もしも不安ならば宿まで送らせようか?」
「いえ。大丈夫です。お気持ちだけありがたく」
いや、大人びては見えますけど、あなたも言うほどエミリーさんと齢変わらないですよね。
「そうか。では気をつけて帰るといい。また復旧工事で会おう。この件が片付けば我々も作業に当たるからな。その時はよろしく頼むぞ」
おおう。カッコいい。
踵を返すその所作も凛として隙がない。そして何というか、芯をぶらすことなく地を踏みしめる歩みは素人にはない積み重ねた武人のそれだ。
お仲間さんには割とベテランっぽい男もいるが、なんか彼女だけ存在感が違う。
今まで色んな人に出会ったおかげで、歩いている姿だけでヤバいかそうでないか少しは掴めるようになった気がする。
この綺麗なお姉さんも若いけどかなりやってる人だわ。おそらく魔力も持ってるだろう。……アキュレイさんとどっちが強いかな。
「……馬鹿ね。先生に決まってるじゃない。なに鼻の下伸ばして見とれてんのよ。みっともない顔ね」
エミリーさんよりは強いな。間違いなく。




