第104話 情報収集
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ブラウウェル伯爵領の領都でもある交易都市トレド到着後二日目。
ここまでの約一週間の護衛の旅は連日連夜の襲撃を受け、かなりハードな綱渡り状態だったが、何とか到着した俺は依頼主のトラヴィス司祭より多額の報酬を受け取った。
これで今回の仕事は完了だ。俺達は引き続き東を目指し、彼らは北へ向かう。と言っても司祭様達にはこの町でも仕事があるのでもうしばらく滞在するらしいが。
「よし。用事も終わったし、大聖堂へ帰ろうか。……ああ、組合長。申し訳ないが宴席は必要ないよ。またの機会にしてくれ」
立ち上がったトラヴィス司祭にすり寄ってきたやや太り気味のおっさんは、提案を即却下されて滲み出る汗をぬぐいながら頭を下げる。
「あたしも引き続き司祭様の護衛中だから、この町で仕事はしてらんねえ。もしも指名で依頼が来たりしても、お前らで全部断っとけよ?」
師匠も顔馴染みらしきギルド職員に釘を刺したようだ。
トラヴィス様もトムさんもお忙しいだろうし、師匠は帰って寝たいだろう。
俺も今日はゆっくり休みたいところだが、ゴズフレズ侯爵様に関する情報収集はそろそろ取り掛からないといけない。西隣であるここブラウウェル伯爵領でなら、どんな貴族か調べるのは難しくないはずだ。
しかし、少し今回の仕事で派手に結果を出し過ぎたかもしれない。調子に乗ってこの町で下手に立ち回れば、向こうにも俺の存在がバレる可能性がある。侯爵領に入ったらもう仕方ないだろうが、それまではなるべく知られたくないな。
ギルド長や上級職員と思われるこの場の面々の反応をみれば、幸いここのギルドまでは俺個人に関する情報はまだ入ってきていないようだ。
「なんや知らんが、こんガキえらい教会に気に入られてるで。こら扱いには気ィつけとかんと怖いがな。かなんなぁ」くらいな感じだわ。
お前ら子供だと思って侮ってるのか知らんが、そういうの伝わるからな。
「僕は夕方まで少し組合や町をぶらついてから帰ります。調べたいこともありますので」
「ああ。そうだね。かまわないよ。……けど、もし今夜も帰らないのであれば組合を使ってでも連絡を寄越してもらえるかな?」
「あっ。そうですよね。昨夜はご迷惑をお掛けしました」
小声のトラヴィス様に慌てて謝る。戸締りの役目や、俺達の世話を任されている人にとっては無断外泊はさぞお困りのことだっただろう。
「おい、エミリー。お前今日はレノについとけ。調べモノも手伝ってやれ」
「なっ!?」
おや。意外な展開。
「治安がいいほうっつっても、他所者が慣れねえ町での単独行動は万が一もある。お前も他の冒険者との付き合い方を学ぶいい機会だ。この先ずーっとあたしとだけ一緒にいるわけにゃいかねーだろが」
「えぇっ!? わ、私がこのような男と二人きりで!?」
「大丈夫だよ。その辺のチンピラ冒険者よかマシだ。……いや、今はそうとも言い切れねーか?」
マシですよ! 大多数からはお人好しの人畜無害と評判です! 昨日までと評価を変えないでください。
「ま、嫌だってんなら、しゃーねえ。代わりにあたしが残るし、たぶん今夜も飲みに行って戻らねーぞ? それでもいいのなら――」
「やります! アキュレイ様は帰って大人しくしててください!」
「……おし。つーこって、レノ。かまわねーからコキ使ってやってくれ。真面目が過ぎるからちっと柔らかくしてくれると助かる。たぶん邪魔にはならねーはずだ」
……それって俺の面倒が増えてるんじゃないですかね? どっちかというとまた俺をアテにして、自分の都合のためにうまいこと使おうとしてますよね?
まあアキュレイさんの相棒が務まるくらいなら弱くはないだろうし、一人で行動するよりは安全なのかな?
ロビーでの話が終わり、司祭様達は護衛の師匠と一緒に上層地区の教会本部へと帰る。俺と女性冒険者エミリーさんの二人が冒険者ギルドに残った。
「さて、改めて。僕はレイノルドと申します。昔アキュレイさんに命を救われて、その時に魔法を教えてもらったので、弟子を名乗らせていただいてます。師の年長の弟子は我が師も同然。どうかよろしくお見知りおきのほどを」
「……ふん。よく回る口ね。そこまで繕い過ぎると却って信用されないわよ」
おっと手厳しい。
「そうですか。でも挨拶は大事だと思ってるだけですよ。それに心にもないことは口にしません」
「まあ、あんたがここまで聖女様の力になってたって話はよーく聞いたわ。先生の指示だし、仕方ないからこの町にいる間くらいは協力してあげる。……勘違いして私に変な気を起こさないようにね」
お。手伝うつもりはあるのか。
あとそっちのほうは間違いなく大丈夫です。見た目は良くてもその中身の幼さは好みではないので。ふふっ。
「言いたいことは口にしなさいよ。……ま、いいわ。んで何を調べたいの?」
「僕らはとある事情で東のゴズフレズ侯爵様のご不興を買ったらしく、その釈明に呼び出されてます。中央でもかなり恐れられている貴族というのは聞きましたが、直接謁見する前にもうちょい具体的にどんな方なのかなと。何かご存じですか?」
「ええっ!? あの侯爵家に? それは大事ね……。でも私も西方領域出身だからこの辺の貴族には詳しくないのよねー。知ってる話と言ったら――」
「……へええ。ゴズフレズ侯爵家の長女さんも、聖女様の生まれ変わりと言われているんですか」
「今は王都にいるらしいけど、国で十指に入る魔法使いとして超有名人よ。あんたも魔法使いのくせに知らないの?」
「田舎から出てきたばかりなので」
エミリーさんが持っていた情報の多くはここまで聞いてきた話と同じだったが、そうでない有力なものもあった。
ゴズフレズ侯爵家は王国の東の国境防衛の要。国内随一の武闘派名門貴族として名を馳せている。
中でも当代の侯爵様は現在四十前後で脂の乗り切った現役ばりばり。先代も獣人との戦を終わらせた英雄と崇められており、隠居の身ながらまだまだ健在らしい。
次代を担うお子様方も噂の長女様をはじめ、長男次男次女と武力も魔力も才能の塊が粒ぞろいとのことだ。
「侯爵領は王国東の辺境だから発生する魔物もかなり手強いわ。国境を越えて狼藉を働く獣人も少なくないって話なのに、この伯爵領は平和なものでしょ。特に混乱もなく領地をまとめてるようだから一家揃って恐ろしい手腕よね」
確か今から三十年くらい前に王国側が勝利して終わったとされている戦争だったか。
その後の獣人領域は、敗戦によって治める獣王の権力が弱まったために今もまだ混乱が続いているらしい。
おお。エミリーさんはなかなか事情通だ。大雑把で脳筋気味のアキュレイさんと比べると話も上手い。さっきの様子を見ても、お互いにフォローし合ういいコンビなんだろうなあ。思ってた以上に頼りになるのかもしれないな。
「それと、あんまり露骨に聞き込みしまくって、僕が嗅ぎまわってることが向こうに知られるのはできれば避けたいです」
「……じゃあまずはゴズフレズ領に向かう旅の護衛とか、伯爵領の東部方面の関係しそうな依頼とか見てみれば?」
「ですね」




