第102話 ふる、わっふると書き込んでください
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「…………」
「どうしたんです? 二日酔いですか? どこかで少し座りますか?」
「…………いや。そうじゃあねえ。……朝に、なってな。こう、酒も抜けて、冷静になってみるとな。とんでもないことをしでかしちまった気がしてならねー……」
宿屋で目を覚さましたのはだいぶ陽が昇ってからだったが、まだ午前中の繁華街の裏通りには人影は多くない。
横に並ばずに俺の後ろをついて歩くアキュレイさんの表情と声は、今までに見たことがないレベルで暗い。……何だかんだと言い訳しながらも、いざ事が始まるとノリノリで一緒に夜更かしした昨夜とは大違いだ。
「だーっ! それを言うんじゃねー!」
声を荒げたアキュレイさんは、行きかう人々の視線を気にして顔を伏せる。
「……やべえ。周りの人間が、全員あたしを軽蔑の目で見てる気がしてきたぜ……」
「何を言ってるんですか。んなわけないでしょ」
「……ちっ。明るいとこでよーく見りゃ、まだまだガキなんだよなあぁ」
そうなんですかね。鏡なんかほとんど見る機会ないので、自分の外見についてはあんまりピンとは来てませんが。そこそこ背が伸びてからは、年齢の自覚なんかも曖昧になってます。
「……くっ、こんなの、貴族の年増女どもが稚児趣味をこじらせて、若い男を囲うのと何が違うんだ……?」
「何でそこまでの変態扱いなんですか。こう考えましょう、師匠は断れない状況に追い込まれて悪い男に嵌められたんですよ」
「――嵌ッ……!? いや、それもどーなんだ? 師弟だってのに。……あぁ! 冒険者のおっさんが若い女の駆け出しに、師匠ヅラして仕事を教えながら手籠めにしちまう、なんてのも割と聞かなくはねー話だぜ……」
いや、それは口先男が見栄を張った法螺話系の武勇伝でしょう。もしくは下世話な創作エロ話です。そんな夢のような体験談が割と実話であってたまりますか。
……ん? いや、俺もどこかで聞き覚えがあるような、ないような……? ま、いいか。
「大丈夫ですって。それに大聖女ウィプサニア様のありがたい教えによれば、齢がいくら離れていても男女間の愛にはとても寛容らしいです。アキュレイさんに罪は何もありませんよ」
「……愛……が、あったのか……? ……ホントだろうな? お前が昨夜あたしに語った初恋だ何だって話は、勢いまかせの口から出まかせじゃあねーんだな?」
ぐっ。確かに夜の特殊な高揚感で盛り上がってした話を、終わって冷静になった朝に蒸し返されるとクソ恥ずかしい。
「だろ? それにこんなこと、他の奴らには絶対にバレちゃなんねー。……教会に帰っても滅多なコトを口にすんじゃねーぞ?」
言ってるあなたがそんなにおたおたしてたら却って勘ぐられますって。
僕が師匠に気があったのは男性陣には知られてますし、女性陣もたぶん気づいてますよ?
「…………マジかそれぇ……」
アキュレイさんの沈んだテンションを元に戻すべく、宥め賺しつつ、少々の煽ても混ぜながら町を歩く。昨日の夕食は俺達だけ外食したので、帰り道には表通りに戻ってクロにも露店で何か肉系の土産を探して買った。
交易都市トレドの平民街から城壁の門を通り抜け、教会本部エクレシア大聖堂の高い尖塔が見える頃には、師匠にも何とか笑顔が戻った。
珍しい風景を二人で観光しながら語らいながらの食べ歩きという、やってることは恋人同士のようで俺も楽しかったが、また凹まれると困るのでそれは言わないでおいた。
壁の中の上層区は街路樹などの緑も多く、さらに街並みの景観がいい。大聖堂の門まではその敷地を隔てる長い鉄柵に沿って歩く。
……すると突然。前方に俺達を見つけたらしい人影が駆け出してくる。
「アキュレイ様!!」
「――っ! エミリー!!」
師匠と名を呼びあい、道の先から突然駆け寄ってくる若い女性。
その振り乱す一つ結びの長い黒髪は少し青みがかって見える。が、埃にまみれた様は少し痛々しい。冒険者の旅装とともに上から下までボロボロだ。
「そろそろ着く頃だろうとは思ってたぜ。身体はもういいのか?」
「アキュレイ様もご無事で!! ああ、良かった! 私がおそばにいない間にその身に何事かあれば! 悔やんでも悔やみきれませぬ!」
「お、おう……。元気そうだな。あれから、何とかシェーブルまで辿り着いてな。そこでコイツと再会できた幸運のおかげで、この通りの無事さ」
「…………この男は?」
「冒険者のレイノルドと申します。師匠と班を組まれている方ですね」
うむ。聖女候補ティナ司祭御一行の北への旅の護衛、その仕事をアキュレイさんとともに引き受けたという相方さんだ。俺達と会うまでの道中で大怪我を負って、途上の村で療養していた女性冒険者とやらだろう。
……しかし、何故こっちをそんなに睨む。あんたの代わりになって大事な仕事をこなした俺は感謝されてもいいくらいだぞ?
「ああ……。あなたが補充の護衛ですか。エミリーと申します。私のことを知っているのなら、それ以上の説明は必要ありませんね」
「おいおい、そりゃねえぜ。前に少し話したことあっただろ。一応はお前の兄弟子ってことになるんだぞ?」
「……一日か二日程度とお聞きしています。師事した時間も、年齢も、私のほうが上ですから」
齢が若かろうと、一日でも早く入門したほうが兄さんと呼ばれるのは前世の芸人さんの世界だったか。
せめて同じ町の冒険者ギルド所属で、かつ直接の知り合いでもなけりゃあ、先輩後輩なんてくくりは一般的ではないってことかな。学生でもあるまいし。
「すまねえな。こいつも弟子みたいなもんなんだが、ちょっと男嫌いな性格でな。お前の五つ上だから、こらえてやっちゃくれねーか」
「近いです! そのくらいの年齢ならばもうすでに子供ではありません! 先生も離れてください!」
……十八歳なのか。アキュレイさんより少し背は低いが、細身の師匠と違って逆にフィジカルはいい。どこが大きいかは言及しないが、打撃力はありそうだ。前衛だろうか。
確か……、護衛で野営の時だったっけか。怪我をして脱落したという男冒険者が、修道女さんをナンパしたとかしないとかで揉めたらしいから、真面目でお堅い性格なんだろう。
……ああ、なるほど。この直情径行な性分では、修道女マリエルさんなら手玉に取れるだろうな。
昨夜アキュレイさんが寝込んだクロを置いてでも、無理に飲みに行きたがったのはこの子が合流するからか。
「……まあな。元気になって、無事に追いついて来てくれたのは何よりなんだが、あんな飲み方は昨夜かぎりだなー」
「だから近い! しかもまた飲んで来たんですね! 朝帰りなんて、もー!」
「はいはい、話は帰ってから聞くよ」
教会周辺の道幅はかなり広いので、人々は大騒ぎする俺達を遠巻きに眺めながら通り過ぎる。
静かな上層区の往来ではあまり褒められたものではないので、アキュレイさんはエミリーさんの背を押しながら大聖堂の門へと進む。
その後、俺も含めていかに酒が身体によくないか、女性が夜の酒場で飲むことがどれだけ危険か、マイナスでしかない飲酒の経済的な損失がいかばかりかのお小言は、教会の敷地に入っても続いた。
……この子は、酒飲みの男絡みで何か大変な苦労でもしてきたんだろうか。
アキュレイさんも彼女に反省の弁を述べながら、こちらには目線で意味深な合図を送ってくる。
……うん。俺達が昨夜どこでどうしてたかは絶対に隠し通さないとな。内緒話で耳打ち程度の接触でもこれほど嫌がる彼女に、そんなアレがバレたらとんでもないことになりそうだ。
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