第101話 省略されました。全てを読むには感想欄にわっ
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「……フォートの町じゃあ、クロにも礼だっつって飯食わせたんだけどな。いや、本当にお前らがシェーブルにいてくれて……マジで助かったよ。半端な冒険者の班じゃ、マジで全滅だったなー」
「最初に聞いてた以上にヤバかったですね。まあ何とかいい経験になりましたよ」
「ははっ、聞いた話も合わせたら、その齢でそこまで場数踏んでる奴ァいねーな。あたしよりすげーぞ? あたしのガキの時ならアレには勝てねーわ。その次のでも死んでらぁ」
確かに。まだ聖地で正式な認定を受けたわけでもなく、聖女様の候補でしかないはずなのにな。……何というか晴らさずにはおけぬ恨みを買ったかのような殺しにかかりっぷりだった。
出発時の護衛プランが間違っていたとしか言いようがない。
いつも以上に話が弾むこのテーブルは、依頼を完遂して到着した交易都市トレドの大衆酒場。仕事を無事に終えた冒険者らしくチームの仲間と祝杯だ。一人欠けているのでサシ飲みだけど。
今夜ばかりは、成長への悪影響を考慮してアルコールはダメですってのはさすがに野暮天だ。この国の法的にも未成年の飲酒は規制されてないし、今日一日くらいの弊害なら魔力による治癒で何とかなるだろ。
しかしファンタジー要素のない前世の日本ならご法度だ。前途ある若者の健やかな未来のためには、無用なリスクは避けることが望ましい。
「しかし、すごいですね! こんな魚料理、港町へでも行かないと食べられないと思ってました」
「はっはー! だろォ? コレがまた、こっちの色の無い葡萄酒に合うんだよ!」
上機嫌なアキュレイさんは、ワインの小さくないボトルを注ぎ切って空にした。
保存食でない海の魚、さらに魚介類まで食べるのは今世で生まれて初めてだ。
交易都市と名乗るからには魔法による冷凍輸送の技術も進んでいるらしい。
味はもちろん素晴らしい。が、ずいぶん久しぶりに口にする味覚は……より強く前世の記憶を想起させる。
もうほとんど忘れかけてたのに、重い扉が開いて好きだったメニューをいくつも思い出してしまった。これはしばらく後遺症になりそうだ。
そんなことを考えていると、現在の故郷、王国中央部あたりもここ東方領域とは料理の趣が違うことが頭をよぎる。まあ地元での食事はここほど豪勢ではなかったというのもあるが。
「離れてそれほどは経っていませんが、エブールの味や母の料理なんかも懐かしく思いますね」
「おぉ。イセリーにはあたしも久しく会ってねえな。……最後に顔を見たのは確かお前が生まれる前だわ」
……そう言えば、両親と知り合いらしい師匠の詳しい関係は聞いていなかった。どちらとも似てない気がするから伯母とかではない気がするが。
「イセリーとあたしが同じ村の幼馴染だよ。ラタ村の隣だ。まあ何代か前には身内だったりするんだろうけどな」
聞けば俺の母さんは、地元コリンズ子爵領では珍しい高魔力の持ち主ということでけっこう有名だったようだ。
アキュレイさんよりも五つほど齢が上の母は、十歳を過ぎる頃には当時の領主、ウィルク様の親父さんに召し上げられ、エルミラさんの弟子として魔法使いの修行と役人の勉強の日々に明け暮れたらしい。
なぁんだ。母より年下なら、師匠は想像していたよりも全然若いじゃないか。
「あたしはそれが嫌だったから魔力が高いことは隠してたんだ。お前くらいの齢には、イセリーを連れ出して二人で旅にも出たぞ。いやぁ……若かったなー」
旅から帰った母は領主様の下で真面目に役人として勤めを始め、しばらくの後、若くしてラタ村の村長をしていた父に見初められた、ということだ。
……へー。そういやこんな話、親には聞かなかったなあ。
転生者としての記憶があるせいか、思い返せば家族に対しては普通の人間よりも少し思い入れが足りてないかもしれない。
「あたしは、すぐにまた旅に出たけどな。……あんなクソど田舎で畑やる気なんかさらさらなかったからねぇ。あいつん家と違ってウチには戦場帰りの爺さんがいたから、小さい頃から棒切れの振り方は教わってたしな」
お。それは羨ましい。そっち系の大人はラタ村にはいなかったからなー。
「そうだ! クロと同じにお前にも何か個人的に報酬をやるつもりだったんだ。小刀なんかどうだ? お前のはだいぶくたびれてるみたいだしな。あたしのこれをやるから使わねーか?」
「えっ! マジですか! アキュレイさんのって、それめっちゃ良さげなやつじゃないですか!?」
……拷問で活躍してたから、いったい何人の血を吸っているのかは気になるが。
「まーな。爺さんの形見でこれも古い物なんだが、魔物素材の業物だぞ」
「……え。……いや、そこまで大事で貴重なものは……」
「お前なら大事にしてくれるだろうから別にかまわねえ。見合う働きは十分以上にしてくれたしな」
な、なんかもうちょっともらいやすい物はないですかね?
そこまでじゃなくても、報酬はたぶん明日にでもトラヴィス司祭と一緒にギルドに行って、手続きが終わればちゃんともらえるんですから。
「えぇー? ……まぁ、組合へ行けば、テキトーに預けてある荷物に貰い物の小刀や他の武具道具も大量にあるが……。ああ、どこか店でも回るか? この町で手に入るモノであたしがあげられるものなら何でもいいぞ。何か欲しい物はないか?」
…………。
………………うん。
言うだけ言ってみよう。勝算もゼロではない。
「……こっ、……この後、どこかで泊まるってのは……どうです、か?」
「…………」
「…………」
あっ。魔力で酔いを醒まそうとしてる。
「…………あたしは、何か勘違いをしているか?」
「……いえ、合ってると思います……」
「うん。ま、男だったなお前。……よし。ツテもなくはねえ。今晩すぐつけられる一番いい女のいる娼館をおごってやらぁ! この小刀よりちょっとばかし高くつくけどな。……ったく、ンなこたぁあたしなんかに頼む前にどっかで済ませとけってんだ!」
「えっ? いや! それは嫌です! つか、よく知らない女性とはそういうことはしたくないです!」
「…………。……えっ。マジであたしとなのか?」
……しばらく真剣に見つめ続けると、師匠の指先はゆっくりと自らを指し示す。
俺が頷くと、酔いを醒まして薄くなった顔色に再び血色が戻る。
「…………おッ前、それは……ダメだろォ? いや、マズいだろ……。……うん、イセリーに、あいつにぶっ殺されるだろ……。……最っ高に運が良かったとして、縁を切られるわ……」
「アキュレイさんが! いいです! 黙ってたらバレません!」
「…………」
「…………」
「あ、あたしもずいぶん安く見られたもんだな」
「見合う働きはしたと思います」
「ぐっ……」
「…………」
「……ん゛ん゛~~……。……ああ! もおッ! お前バッカじゃねえのか!? あいつは、クロはどうすんだ!?」
「あいつとはそういう関係ではないです。行きがかり上、拾っただけで親元へ返す保護対象ですよ。そんな気持ちを抱いたことは一度だってありません」
「…………」
「…………」
「…………信じていいんだな? あたしはあいつに恨まれるのは嫌だぞ?」
「はい。そんなことにはなりません」
しばらく考え込んだアキュレイさんは、隣のテーブルに料理を運び終えた給仕を呼びつける。
……え。その追加の酒、多くない? ……まだそんなに飲むんですか?
「…………お前は知らないかもしれないが、この町の平民街から城壁内へは、六の鐘が鳴った後でも通れる門がある」
俺への返事を保留にしたまま、アキュレイさんは違う話題を続ける。
「立場や身分がしっかりした者に限るけどな。他所から来たそういう旅行者達も、交易都市の夜の町ではゆっくり遊びたいという要望に応えたかららしい」
治安に難のある町の普通の市壁は、夜六時頃に鳴る六の鐘をもってその門を堅く閉ざし、領主兵などの緊急連絡以外は翌朝まで通ることを許されない。エブールもフルクトスもそうだった。
しかしこの町ではさらにもう一つ。鳴ることのない暗黙の、七の鐘が存在するというのだ。つまり午後八時が最終の門限ということだろう。もちろん通れないのは門だけであって、そこら中で飲んだり遊んだりする店は営業している。
そして俺とアキュレイさんも、聖女様一行の護衛として門の守衛には記録されているので、冒険者証を失くさなければ八時まで通行は許されるVIPらしい。
……何だと。むしろ俺は司教様のコネパワーで、真夜中だろうといつでも壁の中へ帰れる気でいた。
「……そのつもりで切り上げれば、まだ教会へ帰る算段はつくんだが……。うん。ちょっとばかし、酔いが回っちまって、強い酒を頼んじまったなあ。……こりゃあ七の鐘までに、飲み潰れないように気をつけないとなぁ……」
先ほどまでと一転して、アキュレイさんは一切こちらと目を合さない。
「……任せてください。潰れたら僕が責任持って介抱しますよ!」
その後もしばらく、かぱかぱと酒杯を傾けながら、汗を流したいとか、ベッドは柔らかすぎるよりはちょっと硬い方がいい、などの謎の独り言は続いた。
俺はそれら全部を記憶しながら酒につきあった。




